少年vs決戦(2)

文字数 3,544文字

 日本武道館に拍手が響き渡る。
 オレは万雷のようなそれを聴きつつ天井を見上げていた。
「紙一重だったな」
「負けは負けだよ」
 差し出された手を取って起き上がる。たしかに、本当に後一歩のところまでこの超越寺を追い詰めた。
 でも、最終的に一本取られて負けたのはオレだった。
 最初のと違って綺麗な背負い投げだったなあ。
「やっぱ強えや、アンタ」
「なら、そんな我と互角に戦える貴様もつわものよ」
 くくく……と、いつも通りに笑う超越寺。オレも負けたばっかりなのに、なんか笑えて来た。
 本当なら悔しがるところだけど、全力で戦ったから気持ちいいや。
「はは、まあ、まだ次があるさ」
「我も去年は三冠を逃した。今年は狙っていくぞ」
「へっ、今年はオレが阻止してやるぜ」
「くくく、楽しみにしている」
「おう」
 オレ達は、最後にもう一度向かい合う。審判がまず頭を下げた。
「礼!」
「「ありがとうございました!」」



 ──で、翌日。オレは歩美に呼び出され、ある場所を訪れた。
「ありがとうございます師匠」
「うむ、オレは別の用を済ませて来るからゆっくりしているといい」
「押忍」
 車で送ってくれた師匠を見送り、それから改めて振り返る。
「でけえ……」
 都内なのにめちゃくちゃでかくて広いお屋敷。ここが鏡矢家本邸……時雨さんと雫さん、本当に大金持ちだったんだな。
 歩美達は雫さんの厚意でここに泊ってるらしい。準優勝のお祝いか逆に残念会でもしてくれるのか? そんなことを考えつつ呼び鈴を押すと、なんと親父さんが出て来た。
「よく来てくれた」
「こんにちは」
「うむ、こんにちは。疲れているだろうに、すまんな。少し付き合ってやってくれ」
「押忍」
 何をするんだろう? 首を傾げながら屋敷へ入り、廊下を歩いて行くと、やがてオレにとっては見慣れた空間に出る。びっくりして目が丸くなった。
「道場?」
「鏡矢の子は代々武術を嗜むのだそうだ」
 そのために家の中に道場を作ったのか……流石は金持ち。
 でも、驚きはそれだけじゃなかった。なんと奥から道着姿の歩美が出て来たじゃないか。
「へっ?」
 なんでそんな格好をと訊こうとしたオレに、あいつは挑戦状を叩きつける。
「私と勝負しろ!」
「なんで!?



 何故かぴったりサイズの道着が用意されていた。着替えて来たオレは道場の中央で歩美と向かい合い、ようやく気付く。
(目が赤い……)
 泣いたのか? もしかして、昨日オレが負けたから?
 表情も悔しそうだ。こいつのこんな顔、久しぶりに見たな。
 逆にオレは笑う。
「なんでお前の方が悔しそうなんだよ」
「お前が負けるからだろ!」
「ごめん」

 そうか、なんとなく、こいつのしたいことが見えて来た。

「……今度は勝つさ」
 構える。
「やってみせろよ」
 歩美も構えた。素人に見えない立ち姿。油断したら多分本当に負ける。
 審判役は親父さん。他には誰もいない。
「では、互いに礼」
「おねがいします」
「おねがいします」

 ──という挨拶の直後、歩美が先手必勝とばかりに仕掛けて来た。

「うおっ!?
 あっさり襟と右袖を掴まれてしまう。なんて速さだ。
 そこから素早く外側に右足を出し、それを支点にして体を回転させる。この背負い投げに似た動き、体落か!
 事前に親父さんから手ほどきを受けたのか本当に素人とは思えない鋭さだった。危うく投げられかけたオレは、けれど引き手の方向に自分から跳躍し、技を不発させる。そして歩美が驚いて振り返ったその動きを利用し、今度はこちらから仕掛けた。
「わっ!?
 膝裏に足を入れ重心を崩す。元々投げを仕掛けた直後で十分に姿勢を戻せていなかった歩美はそれだけで床に倒れた。怪我しないよう頭の下に手の平を入れてクッションに。
 親父さんが右手を上げる。

「一本!」

「負けた……」
 昨日のオレのように呆然と天井を見上げる歩美。
 こっちはため息をつく。
「お前、ほんっとに無茶苦茶だな」
 どうせ一夜漬けだろ? それで全国二位を追い詰めるなよ。
 やがて歩美の表情は嬉しそうな笑顔に変化していく。
「負けた!」
「ああ」
「じゃあ、いいじゃん。私には勝てたんだから、それでいいじゃん!」
「……だな」

 ほんと、今まで何をしてたんだろう。こいつの隣に並ぶにゃ日本一にくらいならなきゃなんて、勝手にそう思い込んでた。
 そうじゃねえよ、このくらいで良かったんだ。まあ、結局ここまで鍛えてやっと勝てた感じではあるけど。
 オレは歩美に手を差し出し、立ち上がらせて道場の中央に戻る。
 互いに向かい合って、親父さんが「それまで」と言う前に頭を下げた。

「オレと付き合って下さい! お願いします!」
「……へへっ」
 顔は見えないけど、どんな表情かは見なくたってわかる。
 歩美もやっぱりオレに向かって一礼。
「よろしくお願いします」
「だそうだ、よろしくしてやってくれ」
 俺達が顔を上げると、親父さんは静かに男泣きしていた。



 ──数日後の春休み最終日。地元に戻ったオレ達は駅前で待ち合わせ中。明日からまた別の学校でなかなか会えなくなるし、その前に一回くらいデートしようぜって話し合って決めた。
 すると、約束より一時間早く来たというのに速攻で歩美の姿を見つけてしまう。
「もう来てるのかよ!?
「え? あっ……ちょっと早かったね」
 珍しくスカートだ。制服でなら何度も見たけど、私服だとやっぱ新鮮な感動が……って違う。
「いつからここに?」
「いや、さっき来たとこだって」
「……」
 疑わしい。スマホを取り出して電話。どこか遠くから着信音が聴こえた。
「おい沙織、歩美のやつ何時からここにいた?」
「なんでさおちゃんに訊くのさ?」
『二時間前』
「どうして知ってるの!?
 やっぱり見に来てるなアイツ。ちくしょう、せっかくの初デートを邪魔されてたまるか。電話を切ってからZINEでメッセージを送る。
『帰れ』
『断る』
『いいから帰れ』
『うるさい、さっさとあゆゆをエスコートしろ。少しでもやらかしたら不合格と見なして連れ帰るからな』

 何様なんだあの野郎。親友様は彼氏より上だってのか?
 まあいい、ついて来るならついて来い。たっぷり見せつけてやる。

「そ、それじゃあ予定より早いけど行くか」
「そう、だね」
 並んで歩き出すオレ達。いつになくギクシャクしている。むしろカチコチ? とにかく表情も動きも固い。
 しかも無言。ふざけんなオレ! 何を黙ってんだよ!
 駅のホームで電車を待ちながら話題を探す。
「いい、天気だな」
「快晴、だね」
 あああ……駄目だ、こんなんじゃ。初めてのデートなのに、お互い緊張しっぱなしじゃないかよ。
 内心嘆いているとスマホが震えた。沙織のやつか?

『落ち着け。取って食われたりはせん』

 ……親父さんもどっかにいやがる。オレは周囲を見渡した。まさか他にも大勢来てるんじゃないだろうな?
 見ると、歩美もスマホを持ち上げて眉根を寄せている。
「ママ……」
 おばさんも来てるのは確定。
 オレ達は同時に息を吐く。周りが馬鹿をやってくれるおかげで、かえって緊張が解れてきた。
 だから手を差し出す。
「えっと……手、繋ぐか……」
「……うん」
 素直に応じてくれる歩美。ああ、柔らかいなこいつの手。それに小さい。子供の頃にゃ全然差が無かったのに。
 でもってやっぱりだ。こうしてりゃ喋らなくても気持ちが伝わる。伝わって来る熱とか、微かな震えとかでさ。

 ただ、言葉にして伝えなきゃいけないことも、もちろんある。

「……その服、可愛いな」
「あ、ありがと」
「髪も、アクセサリーも……すげえ良いと思う」
「そう?」
「もしかして、オレのため……?」
「……」
 無言で頷く歩美。顔が真っ赤だ。聞いてるオレも真っ赤っか。
 偉いぞオレ、よくぞ今ので気絶しなかった。
「木村も……」
「ん?」
「かっこいいと思うよ……」
「はうあっ!?

 こいつ、オレを殺す気か!

「待て! オレを褒めるのは、もうしばらく待て!」
「は? なんで?」
「嬉しすぎて死ぬ……」

 冗談じゃない、マジだぞ?

 ところが歩美は、俺のその言葉を聞いてニマリと笑う。
 あっ、やばい。

「この間の試合もかっこよかったよ」
「ぐうっ!?
「そのツンツン頭もけっこう好き」
「へえあっ!?
「背が高いのいいなー」
「んふっん!!

 そうだった、沙織の親友だけあってこいつもけっこう意地が悪い。
 歩美は勝ち誇った表情。これからしばらく同じネタでいじられるんだろう。
 やり返してやろうかとも思ったが、あまりに可愛いのでやめた。
 このドヤ顔も好きだ。いや、もう全部大好きだ。

「ふふん、こりゃしばらく退屈しないな」
「お手柔らかにお願いします……」

 念願の 初恋実り さらに惚れ

「ははは、まっ、改めてよろしくね!」
「おう」
 そんなわけで、オレと歩美の交際はスタートした。
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