伯母vs日和雨(3)

文字数 1,404文字

 さて、準備は万端だ。私は急ぎ用意した“戦闘服”に身を包み、慣れない艶やかな化粧を施した顔を引き締める。姿見に映った姿は我ながらそれなりのものだと思う。
「まさか、私がこのような戦をすることになるとは」
 男性に気に入られるための戦い。大学時代に一度だけ合コンに参加したことがあったが、あれ以来の緊張に身震いする。
 あの時には何一つ上手くできなかった。酔って無遠慮に身体を触って来た先輩の鼻骨を折ってしまった苦い記憶が蘇る。今回はあんな失敗、許されないぞ。
 さあ行こう。私は意を決し、雫さんがセッティングしてくれた彼女の子とのお見合いの場へ──

「ぼく、前からしぐれさんに会ってみたかったんだ。お母さんからいつも話を聞いていたからね」

 へ、へえ。そうなんですか。

「思ったとおり、かわいい人だ。だいじょうぶ、緊張しないで。あ、甘い物でも頼もうか。僕も好きだから二人分」

 別に、緊張してなど……。
 ううむ、しかし味がよくわからない……。

「お母さんにそっくりだから、なんだかあなたにも甘えたくなっちゃうな」

 いや、そんな待って、上目遣いはずるい。
 ああっ、手を重ね、顔が近っ、いや、ちょっ、それ以上──






 ──二〇二八年六月二一日。都内某所のカガミヤ系列のホテルにて。

「しぐれ、幸せになろうね」
「あ、あれ?」

「出会って一ヶ月なのに、もう結婚しちゃった……おめでとう? なのかな?」
 呆然としながらも祝福してくれる歩美。そして親類一同。大半、どこか狐につままれたような表情。花嫁である私自身がまず、どうしてこうなったかいまいち理解が追いつけていない。
 いや、うん、話してみたら穀雨くん、良い子だったよ。若干普通の人とズレた価値観の持ち主だけど雫さんの言う通り、人々に害を及ぼすタイプじゃない。
 それに私に対しても純粋に好意を向けてくれている。見た目は十代後半でも中身が十歳だってわかってるから、甘えられるとつい嬉しくて心を許してしまって──
 そして、あれよあれよという間に結婚することに。
 参列者の中でいつも通りなのはあの人だけ。

「うむ、うむ、よくやった息子よ。やっぱり時雨は年下に弱かったな」
「ありがとう、お母さん! ぼく、しぐれを絶対幸せにするよ!」

 し、幸せにしてくれるんだ。なら、まあ……いいのかな?
 トラロックだっけ。流石は雨と雷の神だと感心する。
 見事な電撃結婚だもの。

「えーと……というわけで、もう私の心配はしなくていいからね、雨道くん」
【いや、逆に心配なんだけど……】
 久しぶりに弟の声が聴こえたような気がしたが、直後、穀雨くんが強引にキスしてきた衝撃でなんと言っていたかは忘れてしまった。

 獲物見る 獣のような 幼顔

「他の男を見ないで。しぐれはもう、ぼくの奥さんなんだよ」
「は、はひ……」
「な~んて、冗談冗談。そんなに独占欲は強くないから安心して。でも、浮気だけは許さないから。祟り神を生みたくなかったら一生ぼくを愛して。ぼくもずっと、しぐれだけのものになる」
【なんか怖いよ、この子!】
「はっはっはっ、まあ、うちの一族も大概だからバランスは取れてるだろう」

 そんなわけで私は嫁ぎ、分家の鏡矢 時雨から本家の鏡矢 時雨となったのです。結婚して姓が変わらないお嫁さんって珍しいよね。
 あれ!? 今さら気付いたけど、これって雫さんが義母になるんじゃ!?
 あああああああああああ、ますます頭が上がらなくなるうっ!!
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