大塚家ｖｓ遊園地（２）
文字数 3,078文字
オイラはお化け屋敷一筋で十年のベテランお化け。バイトが多いこの業界でずっと働き続けているプロ中のプロだ。
オイラの演技はもはやオスカー級と言っても過言ではない。強面の格闘家や数々の悪霊を祓ったという霊能力者をもビビらせたことがある。
そんなオイラの待ち構える魔窟に、また新たな犠牲者がやって来たようだ。
「とーちゃんとーちゃん！ おれ、これにはいりたい！」
「むうっ、お化け屋敷だと？ ここは魑魅魍魎の巣食う場所。本当に大丈夫か？」
「はいりたいはいりたいはいりたい！」
「ふふ、柔は私が見ていますから連れて行ってあげてください」
「ぬ、ぬう、わかった」
この声、ちびっ子にせがまれたパパさんか。なかなか渋い声だが、ちょっと震えてるぞ。強がってるだけでこういうのは苦手と見た。
クク、賢明だぜ奥さん。あんたとそのやわらちゃんって子は入らない方がいい。ここは怖さのあまり小便漏らす子が続出する危険地帯。パンフレットにもちゃんと“お子様には刺激が強すぎるかもしれません”と書いてあるしな。
ぎゃあああああ！
ひいいいいいっ！
うわああああっ！
おお、い～い悲鳴が聴こえてくる。他のスタッフも頑張ってるようだ。よし、リーダーとしてオイラも手本を見せてやるぜ。
少年！ もう後悔してる頃だろうが、おしっこちびるのはまだ早い！ 本番はここからだ！ 本物のお化けってやつを見せてやる！
足音が近付いてくる。
三……二……一……息遣いも聞こえる至近距離。ここだ！
「ぃヒャヒャヒャヒャヒャ！」
「ぬおおおおおおおっ!?」
──明らかに子供のものではない野太い声。物陰から飛び出したオイラは眼前に現れた“それ”を最初なんなのか認識できず、ゆっくり視線を持ち上げる。
壁？ いや、めちゃめちゃでかい和服の……おっ、さ……ん？
「喝ッ！」
気合と共に目と口をカッと開くおっさん。
「ぎ……ぎぃやあああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
この日、最もでかい悲鳴はオイラの口から発せられた。そこにいたのは鬼だったからだ。見上げるほどでかい鬼。オイラの育てた精鋭達を全員恐怖のどん底に突き落とし、子鬼を抱えて歩いてきたマジモンの怪物。
絶叫を腹の底から絞り出しつつ、世の中、上には上がいるのだと思い知った。
……ぬう、かなりのものであった。最初は威勢の良かった正道もすっかり怯えてしがみついておる。
「や、やだ……もう、ここやだ……」
「よしよし、怖かったな。もう外に出たから大丈夫だぞ。母さん達のところへ戻ろう」
漏らさなかっただけ大したものだ。ふふ、流石は俺の子よ。
それにしても一つだけ気になる。あれは故障ではないのか？
「お化け達が皆、我等を脅かした後に白目を剥いて硬直してしまった。スタッフに伝えるべきだろうか」
「怒られちゃったわー、大人なのに怒られちゃったー」
「あれだけ大騒ぎになったらしかたないよ」
新キャストと間違えられた上、美樹ちゃんがノリノリでリクエストに答えるものだから突発的に始まった撮影会は大盛況。あまりに人が増えすぎて本物のスタッフさん達の目に留まり、強制解散となった後で主犯の僕らは厳重注意を受けてしまった。
ちなみに、その時のやり取りの一部が面白かった。
『なんでコスプレしてるんですか!?』
『失礼ね、普段着よ』
『普段からそんな格好してる人いるわけないでしょ！ 魔女じゃあるまいし！』
『あの、本当なんです。これ見てください、僕ら家族の写真なんですけど』
『……』
『……』
『……』
『ほらね？』
『こ、今後は気を付けてください……』
『魔女って本当にいたんだ……』
『考古学者だっての』
それでもめげない美樹ちゃん。僕の背中をバンと叩きつつカラカラ笑う。
「さて、せっかく私達だけになったことだし、子供がいちゃ難しいことをしましょ」
「うん、そう来ると思ったからアプリで予約を取っといたよ」
「流石は友くん」
この遊園地、アプリでアトラクションの予約をしておくと待ち時間を大幅に短縮できる。並んでる人数によっては待ち時間ゼロですぐに乗せてもらえる。
「さあ、行くわよ絶叫マシーン巡りの旅に！」
「普段してることとあまり変わらない」
「それはそれ、これはこれ。切り替えて楽しみましょ」
「はい」
僕は絶叫系が苦手なんだけど、もちろん拒否権なんて無い。美樹ちゃんに手を引かれて連行されていくのだった。
カタカタ、カタカタとコースターは頂点に向かって昇って行く。珍しい一列三人がけの座席。オレと歩美は友美ちゃんを挟む形で座った。
「もうすぐ落ちるよ！」
友美ちゃんだけは目を輝かせ、期待の眼差しでその瞬間を待つ。
しかし、オレ達二人はそれどころではない。オレは乗ってから、ある事実を思い出してしまったのだ。
「な、なあ……歩美……？」
「な、に……？」
案の定、歩美は顔面蒼白で声も震えていた。
「お前、たしか高所恐怖症じゃ……？」
「……」
振り返り、微笑みながらサムズアップしてみせる歩美。
「友美が乗りたがってたから……」
「下で待ってたら良かったろ!?」
やはり身長制限に引っかかった友樹君は時雨さんと待機中。別に友美ちゃんの付き添いならオレ一人で問題無い。
「で、でも友美の笑顔を至近距離で見たいじゃん！」
「こ、こいつ……！」
子供好きが度を越して我が身を省みなくなってる！
「と、とにかくしっかりバーを掴んでろ！ いや、オレの手を掴め！ 絶対離さないから安心しろ！」
「う、うん」
友美ちゃんを挟んで手を繋ぐオレ達。そしてついにコースターは長い傾斜の頂点へさしかかり、ゆっくりと上りから下りへ以降して──
瞬間、友美ちゃんがバンザイした。
「わーい！」
「あっ」
「あっ」
その手が、オレ達の繋がりを断ち切る。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
「歩美いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
オレ達は二人揃って絶叫した。
「たのしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
友美ちゃんは強いな!?
──その後、なんとか生還したオレ達は待機していた二人と合流し、今度は平和なアトラクションへ。
「おねえちゃんたち、とんでる！」
「ほんとだ、すごいなー。次は友樹君も飛ぶんだぞ。できるかな？」
「い、いっしょに……」
「もちろん、いっしょに飛ぼうな」
袖をぎゅっと掴まれ、笑顔で友樹君の頭を撫でる。
ここは屋内アトラクション“ニャーンの翼”。背中に赤い翼を装着してワイヤーと空気噴射の併用で宙を飛び回れる。歩美と友美ちゃんは一足先に体験中。
「あはははははは！ これ面白いね友美」
「うん！」
おお、オレの彼女が天使みたいだ。羽は赤いけど。床から三メートルくらい。この程度の高さならあいつも平気なのか。まあ、子供の頃にジャングルジムとかは普通に上ってたしな。
友美ちゃんも可愛いなー。こっちはオプションの“魔女のホウキ”も使ってる。流石はあの美樹さんの娘、やけに似合うぜ。
「二人ともー、こっち向いてー」
で、時雨さんはめっちゃ写真撮ってる。しかもすげえ高そうなカメラ。オレにはスマホのカメラしかないが、せっかくだし彼女の可愛いところを撮っとこう。
「あ、やべえ。最近歩美を撮りすぎてた。容量が残り少ない」
どうやらオレも時雨さんのことは言えないようだ。
オイラの演技はもはやオスカー級と言っても過言ではない。強面の格闘家や数々の悪霊を祓ったという霊能力者をもビビらせたことがある。
そんなオイラの待ち構える魔窟に、また新たな犠牲者がやって来たようだ。
「とーちゃんとーちゃん！ おれ、これにはいりたい！」
「むうっ、お化け屋敷だと？ ここは魑魅魍魎の巣食う場所。本当に大丈夫か？」
「はいりたいはいりたいはいりたい！」
「ふふ、柔は私が見ていますから連れて行ってあげてください」
「ぬ、ぬう、わかった」
この声、ちびっ子にせがまれたパパさんか。なかなか渋い声だが、ちょっと震えてるぞ。強がってるだけでこういうのは苦手と見た。
クク、賢明だぜ奥さん。あんたとそのやわらちゃんって子は入らない方がいい。ここは怖さのあまり小便漏らす子が続出する危険地帯。パンフレットにもちゃんと“お子様には刺激が強すぎるかもしれません”と書いてあるしな。
ぎゃあああああ！
ひいいいいいっ！
うわああああっ！
おお、い～い悲鳴が聴こえてくる。他のスタッフも頑張ってるようだ。よし、リーダーとしてオイラも手本を見せてやるぜ。
少年！ もう後悔してる頃だろうが、おしっこちびるのはまだ早い！ 本番はここからだ！ 本物のお化けってやつを見せてやる！
足音が近付いてくる。
三……二……一……息遣いも聞こえる至近距離。ここだ！
「ぃヒャヒャヒャヒャヒャ！」
「ぬおおおおおおおっ!?」
──明らかに子供のものではない野太い声。物陰から飛び出したオイラは眼前に現れた“それ”を最初なんなのか認識できず、ゆっくり視線を持ち上げる。
壁？ いや、めちゃめちゃでかい和服の……おっ、さ……ん？
「喝ッ！」
気合と共に目と口をカッと開くおっさん。
「ぎ……ぎぃやあああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
この日、最もでかい悲鳴はオイラの口から発せられた。そこにいたのは鬼だったからだ。見上げるほどでかい鬼。オイラの育てた精鋭達を全員恐怖のどん底に突き落とし、子鬼を抱えて歩いてきたマジモンの怪物。
絶叫を腹の底から絞り出しつつ、世の中、上には上がいるのだと思い知った。
……ぬう、かなりのものであった。最初は威勢の良かった正道もすっかり怯えてしがみついておる。
「や、やだ……もう、ここやだ……」
「よしよし、怖かったな。もう外に出たから大丈夫だぞ。母さん達のところへ戻ろう」
漏らさなかっただけ大したものだ。ふふ、流石は俺の子よ。
それにしても一つだけ気になる。あれは故障ではないのか？
「お化け達が皆、我等を脅かした後に白目を剥いて硬直してしまった。スタッフに伝えるべきだろうか」
「怒られちゃったわー、大人なのに怒られちゃったー」
「あれだけ大騒ぎになったらしかたないよ」
新キャストと間違えられた上、美樹ちゃんがノリノリでリクエストに答えるものだから突発的に始まった撮影会は大盛況。あまりに人が増えすぎて本物のスタッフさん達の目に留まり、強制解散となった後で主犯の僕らは厳重注意を受けてしまった。
ちなみに、その時のやり取りの一部が面白かった。
『なんでコスプレしてるんですか!?』
『失礼ね、普段着よ』
『普段からそんな格好してる人いるわけないでしょ！ 魔女じゃあるまいし！』
『あの、本当なんです。これ見てください、僕ら家族の写真なんですけど』
『……』
『……』
『……』
『ほらね？』
『こ、今後は気を付けてください……』
『魔女って本当にいたんだ……』
『考古学者だっての』
それでもめげない美樹ちゃん。僕の背中をバンと叩きつつカラカラ笑う。
「さて、せっかく私達だけになったことだし、子供がいちゃ難しいことをしましょ」
「うん、そう来ると思ったからアプリで予約を取っといたよ」
「流石は友くん」
この遊園地、アプリでアトラクションの予約をしておくと待ち時間を大幅に短縮できる。並んでる人数によっては待ち時間ゼロですぐに乗せてもらえる。
「さあ、行くわよ絶叫マシーン巡りの旅に！」
「普段してることとあまり変わらない」
「それはそれ、これはこれ。切り替えて楽しみましょ」
「はい」
僕は絶叫系が苦手なんだけど、もちろん拒否権なんて無い。美樹ちゃんに手を引かれて連行されていくのだった。
カタカタ、カタカタとコースターは頂点に向かって昇って行く。珍しい一列三人がけの座席。オレと歩美は友美ちゃんを挟む形で座った。
「もうすぐ落ちるよ！」
友美ちゃんだけは目を輝かせ、期待の眼差しでその瞬間を待つ。
しかし、オレ達二人はそれどころではない。オレは乗ってから、ある事実を思い出してしまったのだ。
「な、なあ……歩美……？」
「な、に……？」
案の定、歩美は顔面蒼白で声も震えていた。
「お前、たしか高所恐怖症じゃ……？」
「……」
振り返り、微笑みながらサムズアップしてみせる歩美。
「友美が乗りたがってたから……」
「下で待ってたら良かったろ!?」
やはり身長制限に引っかかった友樹君は時雨さんと待機中。別に友美ちゃんの付き添いならオレ一人で問題無い。
「で、でも友美の笑顔を至近距離で見たいじゃん！」
「こ、こいつ……！」
子供好きが度を越して我が身を省みなくなってる！
「と、とにかくしっかりバーを掴んでろ！ いや、オレの手を掴め！ 絶対離さないから安心しろ！」
「う、うん」
友美ちゃんを挟んで手を繋ぐオレ達。そしてついにコースターは長い傾斜の頂点へさしかかり、ゆっくりと上りから下りへ以降して──
瞬間、友美ちゃんがバンザイした。
「わーい！」
「あっ」
「あっ」
その手が、オレ達の繋がりを断ち切る。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
「歩美いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
オレ達は二人揃って絶叫した。
「たのしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
友美ちゃんは強いな!?
──その後、なんとか生還したオレ達は待機していた二人と合流し、今度は平和なアトラクションへ。
「おねえちゃんたち、とんでる！」
「ほんとだ、すごいなー。次は友樹君も飛ぶんだぞ。できるかな？」
「い、いっしょに……」
「もちろん、いっしょに飛ぼうな」
袖をぎゅっと掴まれ、笑顔で友樹君の頭を撫でる。
ここは屋内アトラクション“ニャーンの翼”。背中に赤い翼を装着してワイヤーと空気噴射の併用で宙を飛び回れる。歩美と友美ちゃんは一足先に体験中。
「あはははははは！ これ面白いね友美」
「うん！」
おお、オレの彼女が天使みたいだ。羽は赤いけど。床から三メートルくらい。この程度の高さならあいつも平気なのか。まあ、子供の頃にジャングルジムとかは普通に上ってたしな。
友美ちゃんも可愛いなー。こっちはオプションの“魔女のホウキ”も使ってる。流石はあの美樹さんの娘、やけに似合うぜ。
「二人ともー、こっち向いてー」
で、時雨さんはめっちゃ写真撮ってる。しかもすげえ高そうなカメラ。オレにはスマホのカメラしかないが、せっかくだし彼女の可愛いところを撮っとこう。
「あ、やべえ。最近歩美を撮りすぎてた。容量が残り少ない」
どうやらオレも時雨さんのことは言えないようだ。
