第6話

文字数 5,361文字

カフェでお茶をするようになり、そのうち軽く何かを食べるようになり……ここまで来ると食事に誘うのも簡単だった。
僕が「経費で奢る」と言えば、君は大袈裟なくらいに喜んだ。
そんな素直なところも可愛い。
君の好きなものは今でも覚えているから、店を選ぶのには苦労しなかった。
おいしそうに食べる君を見ているだけで、君が「花月さん」と僕の苗字を呼んで話しかけてくれるだけで幸せ。
おいしい店を選んでいるはずなのに、君のことばかりで僕には料理の味がろくにわからない。

最初は仕事の話が大半だったけど、そのうちプライベートな話ばかりをするようになった。
そろそろかなと思って、僕はその日、君と個室の居酒屋で食事をすることにした。
お酒に弱いのに、食前酒として出された梅酒をうっかり飲んでしまった君。
すぐに赤くなり、いつもよりもふわふわした感じになっている。

「鈴木さん、大丈夫ですか?」
「ふふふ、大丈夫です。ちょっとぼーっとしますけど、ちゃんと頭は働いてます」
「そうですか。仕事の話をしても?」
「もちろんです」
「近いうちに新しいコンテンツを作ろうかなと思っているのですが、ええとその……恋愛系でもややアダルトなものを考えていまして」
「アダルト?」

君が怪訝な顔をする。
そうだろうと思った。
でも、その怪訝な顔ですらコミカルで愛おしい。

「雑誌でenenというものがありますよね。恋愛とセックスの特集がよく組まれていると思うのですが、そのイメージです」
「ああ、なるほど……」
「ただ、まだ企画段階です。改めて、方向性を決めるためにも鈴木さんの体験談をお聞かせいただければと思っていまして」
「ふふふ……私、男運ないんで、本当にクズ男のエピソードしかないですよ?」
「そういうリアルな話こそ聞きたいと思っています。ただ、男の私だと話しにくいこともあるかもしれませんので、後日女性スタッフにお話しいただく形でも大丈夫です」
「……仮に女性スタッフの方に話してもその内容はそのまま花月さんに伝わるんですよね?」
「まぁ、そうなりますね」
「それなら今ここで話します!」
「あはは、ではお願いします」

僕はこっそりとボイスレコーダーのスイッチを入れた。

「えーっとですね……私、ちゃんと付き合ったのってひとりしかいないんですよ。でもその初めての彼氏が本当にやばいやつで……嫉妬深い変態ストーカー?みたいな」

ああ、僕と付き合ってからは誰とも付き合っていないのか。
よかった。
本当によかった。

「大学卒業して、職場で出会ったんですけど、当時の職場の人も裏の顔は知らないでしょうね。仕事もできる人でしたし、人当たりがいいっていうか、外面が異常にいいんですよ。職場の人はみんな『いい人だー』って尊敬してたと思います。私は仕事で一緒になることが多くて、最初からそれなりに仲良くしてたんです。20歳くらい上だっけ?結構年齢差はあったんですけど、頼れる先輩とか上司って若い子は弱いじゃないですか?それで私もちょっといいなって思っちゃったんですよね。見た目だけは若かったですし。まぁ、途中からはガマガエルにしか見えなかったんですけどね」

確かに当時の職場では評価されていた。
最初から君のことが気になっていて、仕事で一緒になるように細工をしていた。
さすがに年齢差のことは考えたけど、気持ちは止められなかった。

「メールで告白されたんですけど、今考えるとメールで告白って時点でダメですよね。気持ち伝えるならちゃんと対面しないと。メールで告白されて、私もOKしちゃって。でも話を聞いたらバツイチだったんですよ」

そう僕には離婚歴があった。
子どもは当時大学生くらいだったと思う。
元妻も子どもも、もう消したけど。

「当時はバツイチになるまでの話とかもすんなり聞き入れたんですけど、後から考えると話におかしなところが多くって。大まかな流れはたぶん本当なんでしょうけど、自分は悪くなくて相手が悪いっていう風に持っていきたくていろんなところに嘘を散りばめてたんだと思います」

そう。
君に嫌われたくなかったから。

「付き合ってみて、最初は普通というかそれなりだったんですよ。私もちょっとやきもち妬いてみたり、浮かれてみたり。でもそのうち、相手のほうが異常に嫉妬するようになったんですよね。メールも電話も1日に何回も来るし、私が相手の要求に応えないとすぐに拗ねるんです」

そう。
僕は嫉妬深い。
それは今でも変わっていない。

「仕事のことでもちょっと話をするときに誰に対しても笑顔を見せすぎるって文句を言われるようになって。業務連絡だってにこやかにできたほうが絶対にいいじゃないですか。そのうち、同僚の女の子と笑いながら雑談してるだけでも泣くほど嫉妬するようになって。僕と話すよりそっちのほうが楽しいのかーって。親子くらいの年齢差がある年上の男ですよ?もう頭おかしいでしょ?」

そう。
あのときは泣きながら君に電話した。

「普通のTシャツを着てるだけなのに胸のラインが出るからもっとサイズの大きいのにしろって言ってみたり、付き合って1週間で結婚したいとか子どもがほしいとか言い出したり、もう散々ですよ。結婚も子どもも考えてないって言ってるのに、お母さんに会ってほしい、妹に会ってほしいって外堀から埋めようとするんです。時間も守ってくれないし……あ、あと、そのときの職場って恋愛禁止だったんですよ。お互いにそれをわかった上で絶対にバレないようにって話をしてたのに、そのうち職場の人に打ち明けようって暴走し出して。それは何とか阻止しましたけど。おっさんが若い子と付き合って、自慢したくなったんでしょうね」

君と結婚したいのは今でも変わらない。
ただ、母も妹ももういないけど。
それに若い君と付き合っていることを自慢したかったわけではない。
君は僕のものだと主張しておきたかっただけ。

「私、外でイチャイチャするの好きじゃないんですけど、とにかく外でイチャイチャしたがる人で。手を出すのもえらい早かったですね」
「……手を出すのが早かったというのは?」
「告白されたその日のうちにキスされて、初めてのデートで家に連れ込まれました。何もしないからって言われたんですけど、まぁいろいろされちゃいましたね。部屋の中も散らかってて、あんまり綺麗じゃない布団の上で……まぁ、初デートでいろいろされる前から車の中で触られてはいたんですけど」

よく覚えている。
車の中でキスをして、君の体をまさぐった。
今でも思い出すとたまらなくなる。

「……雑誌だと体の相性についての特集もありますが、そのあたりはどうでしたか?」
「うーん、よくわからないです。方向性は悪くなかったんですけど……ダメなところのほうが多かったですかね」
「方向性というのは?」
「えーっと……その人が前戯マニアというか、とにかく前戯で私をいかせたいって感じだったんです。私も本番というかそこには興味がなかったので、前戯だけでいかされるのはよかったんですけど、いわゆるAVを真に受けているタイプというか」
「AVを真に受けるというのは具体的にはどのような感じですか?」
「……たぶん私は潮吹きできないタイプだと思うんですけど、潮吹きさせようとしたり、胸だって大して感じないのに、乳首を強く噛んできたり。それに指を中で強く動かすので毎回ちょっとだけ血が出てたんです。痛いのは嫌なのに、やめてって強く言えなかった私も悪いんですけどね。言葉責め?みたいなこともされて、一応付き合ってはいたんですけど、正直なところ面倒でした。焦らしプレイも変に勘違いしてる感じでしたね。一番いいところはわかってるはずなのに途中やめしたり、いけないのがわかってるのにずっと中で指を動かしたり。気持ちいいところを最初から攻めてくれるのが一番いいに決まってるじゃないですか」
「他にも嫌だったことはたくさんありますか?」
「もちろん!」
「あはは、じゃあせっかくなのでここで全部吐き出してください」
「ふふふ、ここまで話しちゃったらもう恥も外聞もないですもんね。たぶん私、頭皮以外は全身舐められてると思うんですけど、顔中を舐めるようにキスされたり、耳の中を舐められたりするのは嫌でしたね。あと、足の指もお尻も嫌でした。いった後にしつこく攻め続けられるのも嫌でした。ちょっとだけ続けて、すっと引いてくれたほうがいいのにって。いった後も続ければ、ずっといきっぱなしって勘違いしてたんだと思いますけど。あ!あとその人、喘ぎ声が大きかったんですよ。それも嫌でした」
「……喘ぎ声ですか?」
「初めてだったから私もよくわかんなくて適当に声出してたんですけど、そのうち相手のほうも喘ぐようになって。喘ぎながら『ぺろぺろして~』とか言うんですから、きもくて笑っちゃいますね。しかも、汚れたまんまのをしろって言うんですよ。自分で精神年齢が3歳って言ってたから、幼児プレイでもしたかったのかもしれませんね。付き合ってからは甘えるようなねっとりした話し方でしたし。……年上って頼れるイメージがあるじゃないですか。私、年上に甘えたかったんですよね。お互いにさん付けで呼んで、敬語で話すようなお付き合いが理想だったんです。でも実際に付き合ってみたら精神年齢が私よりもだいぶ低くて、私が甘えられておもりするばっかりで、見事に理想とは真逆ですよ。当時は本当にメンタルがやばかったと思います」
「どれくらいの期間お付き合いされていたのですか?」
「3か月くらいですかね。本当に怒涛の3か月でした。最後のほうは相手から病んでるみたいだからカウンセラーに相談してこいって言われて……誰のせいだよって話ですよね。実際にカウンセラーを見つけて相談しに行ったら『どう考えてもその男、頭おかしい。今すぐ別れなさい』って。それでふっと我に返って、別れたんです。その後は家に来たり、手紙が来たり、メールが来たり、電話が来たりで、警察に相談したんですよ」
「それは……大変でしたね」
「でも、あれだけ苦しい思いするんだったら付き合ってるうちにもうちょっと好き放題しておけばよかったなとも思います」
「好き放題というのは?」
「……バイブとかローターとかそういうのも興味あったんですよね。でも私たぶんこのまま一生恋人なしの独身だろうし、使う機会もないなーって。それならあのときに言うだけ言って、使ってみてもよかったなって」
「なるほど……」
「でも、すっごいケチで私に全然お金使ってくれないタイプだったんで、自分で用意しろくらいのことは言われてたかもしれないですね。あはは!」
「では体験談というのはその彼に関するものだけという感じでしょうか?」
「あー、あとSNSで知り合った人とちょっとだけしたことはありますね」
「……SNS?」
「趣味関係で仲良くなった人だったんですけど、まぁ騙されましたね。結果的に童貞に弄ばれました。付き合う相手じゃないとそういう関係にはならないって話をお互いにしてたはずなんですけど、やることやったら切られました。やることやったって言っても、それも前戯だけなんですけど。その人には電マで軽くいじめられましたけど、ずっと当て続けてほしいのにすぐ離しちゃうから全然でしたね。最後までしたいって結構しつこく言われたのを断ったので、その点はざまぁみろと思ってますけど」

ああ、そいつを探して消さないと。
君にそんな仕打ちをするなんて絶対に許されない。

「……他にもエピソードはありますか?」
「うーん、あとはないですかね。付き合ってもいない相手からいきなり結婚の話をされたり、既婚者にしつこくされたり、その程度のことはいろいろありますけど、私って本当に男運がないんですよね」
「男運がないのではなく、そもそも今の世の中だとまともな男のほうが少ないのかもしれませんよ」
「あはは!そうかもしれないですね」

ああ、これ以上君に変な男が寄り付かないように僕が守らないと。
居酒屋での食事を終えた後、僕は家に帰ってボイスレコーダーで録音した君の声を再生した。
君の声にうっとりとしてしまう。
ただ、それだけではいけない。
君が話した内容を書き留めて、君にとっての理想にならないといけない。

・告白するときは対面する
・1日に何度も連絡をしない
・君が言うことを聞かないからといって拗ねない
・嫉妬で泣かない
・君の振る舞いや身に着けるものに文句は言わない
・子どもをほしがらない
・外堀を埋めるようなやり方はしない
・時間を守る
・暴走しない
・外でイチャイチャしない
・早くに手を出さない
・部屋と布団を綺麗にしておく
・潮を吹かせようとしない
・乳首を強く噛まない
・指を中で強く動かさない
・君が痛がるようなことをしない
・言葉責めをしない
・焦らしプレイをしない
・顔中を舐めるようなキスをしない
・耳の中を舐めない
・足の指を舐めない
・お尻を舐めない
・いった後にしつこく攻め続けない
・喘がない
・汚いものを舐めさせない
・精神年齢3歳の自分を捨てる
・君にきもいと笑われるようなことはしない
・君に甘えない
・さん付けで呼んで、敬語で話す
・君が甘えられる僕になる
・君にお金を惜しげもなく使う
・バイブとローターを使う
・電マは当て続ける

ああ、早く君を満足させたい。
君と話すたびに、どんどんリストは増えていった。
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