第3話

文字数 1,309文字

ここまで来たら街中で君とバッタリ出くわしても何の問題もない。
でも、肝心の君は家から滅多に出てこない。
たまに買い物には出かけるけど、基本的に食材とお菓子だけ。
出前も結構使っている。
ベランダに出るのも洗濯物を干すときと取り込むときだけ。
たまにぬいぐるみの埃をはたくためにベランダへ出てくることもあるようだけど。
それでも、ここで焦ってはいけない。
時間をかけて、機会を待てばいい。

僕はサイトから君への仕事の依頼を続けた。
定期的にまとめて依頼して、いわゆる上客になれるように。
依頼内容もできるだけ君が自由に書けるように、どのような内容でも絶対に文句は言わない。
チップのつもりでいつも多めに支払う。
君の書いた記事を投稿するためだけに、新たにサイトも作った。
君の書いた記事はどれもすばらしい。
君の考えた文章はどれも愛おしい。
僕が作った、君をコレクションするためのサイト。
君にはアフィリエイトの記事だと適当なことを言ったけど、このサイトは一銭にもならなくなっていい。
僕が作った場所を君が埋めてくれるだけでいいのだから。

僕からの依頼が君の収入の結構な割合を占めるようになったタイミングで、僕は君にちょっとばかり特殊な依頼をした。

「今回はある本を読んでもらって、その感想を書いていただきたいです。ただ、その本というのがいわゆるプレミアがついているもので、今はあまり出回っていません。郵送してもいいでしょうか?」

僕からの収入を失いたくないだろう君はきっとこの依頼を断らない。
予想通りだった。

「本の感想自体は可能ですが、どのような分野の本でしょうか?」
「呪術についての本です。呪術というととっつきにくい印象を受けるかもしれませんが、中身は比較的軽くて読みやすいものなのでご安心ください」
「そうですか。郵送の場合、やはりこちらの名前や住所をお伝えする形になりますよね?」

賢い君は個人情報を簡単には伝えない。
これも予想通り。

「そうですね……営業所止めという方法もありますが、以前それで紛失してしまって戻らなかったことがあるので、こちらとしては避けたいです。もしお近くでしたら、直接お渡しすることもできます。私は○○市の○○区から○○区までなら仕事で移動する範囲なのですが、どうでしょうか?」
「○○区なら行ける範囲です。では、直接お渡しいただくという形でお願いします」
「では、さっそくですが日時を決めましょう。私は〇月〇日から〇日までお昼であればいつでもOKです」
「その期間だったら、私は〇日でお願いしたいです。お昼ということですが、3時でもいいでしょうか?」

さすがだと思った。
その時間ならお互いに昼食は済ませているだろうから、昼食に誘われることもない。
それでいて、夕食を誘うのには早すぎる。
相変わらず君はしっかりしている。

「はい、問題ありません。では〇日の3時に。場所は○○駅の噴水のところでいいでしょうか?何か目印になるものを持っていきますので」
「わかりました。私も当日、目印になるものを持っていきますね」

本当はメールアドレスか電話番号がほしいところだけど、ここで焦ってはいけない。
ゆっくりゆっくり。
できれば君のほうから言い出してくれるように。
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