第15話

文字数 3,758文字

2年目に入ってもやることは変わらない。
仕事をして、デートをして、体を重ねることの繰り返し。
喧嘩をすることもなく、ただただ本当に円満な関係を築いていた。
君が生理前にイライラすることはあっても、僕はそれすらも愛おしかったから喧嘩になることはなかった。
このころになると君が僕のことを信用しきっていること、信頼しきっていることがよくわかるようになっていた。
やりたいことはやりたいと言うし、嫌なことは嫌とはっきり言う。
もちろん、僕はそれを拒むことなく、すべて受け入れる。
何でも素直に言ってくれる君を見ながら、まだまだ知らないことがたくさんあるんだと感動した。

もともと仕事では君に女性向けの記事を依頼していたけど、2年目に入ってからは女性の恋愛観や結婚観についての依頼を少しだけ増やした。
少しでも君が僕との将来のことを考えてくれるように。

3年目が近づいてきたころのある日。
その日は、僕の部屋で君とゆっくり過ごしていた。
僕はソファーに座って雑誌を読み、その僕の膝を枕にして君は小説を読んでいた。
雑誌を読みながら、君の頭を撫でる。

「……なるみさん、結構前になりますが、仕事で結婚観について話したのを覚えていますか?」
「んー、覚えてますよ」

何でもないことのように返事をしているけど、君が少し緊張しているのがわかる。

「あのとき、自分は絶対に結婚できないと言っていましたよね。相手に求める条件が厳しすぎるからと」
「ふふふ、そうでしたね」
「あのときから相手に求める条件は変わっていませんか?」
「えっと何だっけ……仕事に理解があって、別居婚で、選択子なしで、親族との付き合いは距離を置いて、身辺調査してって話したんでしたかね」
「そうですね。あとは婚前契約書の話もありました」
「あはは、自分で言ったことなのに忘れちゃってました」
「……その条件を全部飲んだら、私との結婚を考えてくれますか?」
「っ!?」

驚いた表情でかたまっている君。
どんどん顔が赤くなっていく。

「えっ、だって……自分でもめちゃくちゃな条件だと思うんですけど……」
「まぁ、一般的な男性にとってはハードルが高いかもしれませんが、私にとってはどれも大した条件ではありません」
「えっと……」
「仕事についてはこれだけ一緒に仕事をしているわけですから、言わずもがな。別居婚で問題はないですし、いわゆる種なしなので自動的に選択子なしになります。私のほうの親族はいませんので、なるみさん側の親族とはなるみさんが希望する付き合い方をしましょう。身辺調査も婚前契約書もなるみさんの気が済むようにしてくれていいですよ」
「……か、薫さんって詐欺師とかじゃないですよね?これって結婚詐欺……?」
「ふっ、何を言っているんですか」

思わず笑ってしまったが、君はいろいろな感情が入り乱れて泣きそうな顔になっていた。
真っ赤になった頬や耳を優しく撫でる。

「自分で言うのもあれですが、私は結構優良物件だと思いますよ」
「……優良すぎます。本当に詐欺じゃない?」
「詐欺じゃないですよ。本気です」
「……初めて薫さんと会ったとき、すごい素敵な人だなぁって思ったんですよ。好きなキャラに似てて、本当にこんな人いるんだーって」
「ふふっ、そうですか」
「面白い仕事いっぱいくれるし、いつも褒めてくれるし。一緒にご飯食べに行くようになって、やっぱり素敵だなーって思って。こういう人と付き合える人がうらやましいなー、一度くらいこういう人と付き合いたかったなーって思ってたんです」

君の頭を撫でながら、君が言葉を続けるのを待った。

「そしたら付き合えるようになって、すごく嬉しかったんです。でもどうせすぐフラれちゃうかもしれないから、あんまり期待しちゃダメだって」

確かに、最初のころは君も恐る恐るという感じがあった。
ああ、僕が君を振るわけないのに。

「でも、全然喧嘩もしないし、毎日楽しいばっかりで。薫さんのこともどんどん好きになっていって。そのうち欲が出てきて、こういう人と結婚できたらいいのになって思うようになって……でも、私の言う条件なんてめちゃくちゃだから絶対に無理だと思ってたんです。だから、今は幸せでもいつかこの幸せが終わっちゃうんだなって……終わるなら早いほうがいいのかなって思ったり、でもこんな幸せもう二度と味わえないだろうから、ギリギリまで一緒にいたいなって思ったり」
「そんな風に思っていたんですか」
「……薫さんが私と結婚したいって思うと思ってませんでした」
「何でですか?」
「だって……私、何のとりえもないし、薫さんだったらいろんな女の人から声がかかりますよ」

実際に、この見た目になってから女性から声をかけられることも、口説かれることもそれなりにあった。
でも、僕には君だけ。
たいていの男ならすぐに落ちてしまうような美人から口説かれても、僕は一切揺らがなかった。
自分に酔っていると言われるかもしれないけど、君一筋な僕が僕自身も好きだった。

「……私はなるみさんが可愛くて仕方がないですよ。なるみさんが思っているよりも、私はなるみさんに惚れています」
「ふ、普段あんまりそういうこと言われないから恥ずかしい……」
「普段からそういうことを言ってばかりいると軽く聞こえるでしょう」

前は「好き」「大好き」「愛してる」と言葉にしすぎていたし、君はそれも嫌がっていた。
だから、今回はそういう言葉は控えてきた。
もちろん、君が望むときには言うつもりだけど、君が望まないなら口にはしない。

「でも……」
「でも?」
「……結婚したら結婚したでいろいろ不安かも」
「例えば?」
「れ、レス、とか……」
「……なるみさんがしたくなくなってしまうなら仕方がないですよ」
「ち、違う……」
「えっ、何がですか?」
「そ、その……薫さんがしたくなくなるほうが不安なの」
「ふふっ、そっちですか」
「だって、男の人って結婚した途端にしなくなるって言うじゃないですか」
「女性でもそういう人はいると聞きますよ」
「わ、私は大丈夫ですけど……」
「私も大丈夫ですよ。それなりに欲は強いほうですから」
「……薫さんってそういうタイプじゃなさそうなのに、すごいですよね」
「幻滅しました?」
「……そういうとこも好き」
「ふふっ、他にも不安はありますか?」
「……浮気とか不倫とか」
「なるみさんにされたらさすがの私も泣くかもしれません」
「わ、私は絶対にないです!」
「私よりもいい人が見つかるかもしれませんよ?」
「……薫さんよりいい人なんて絶対いないですもん。私の理想の塊みたいな人なのに。私が心配してるのは薫さんにいい人が見つかっちゃうことです」
「……繰り返しになりますが、私はなるみさんに心底惚れているので。何よりも物理的に無理です」
「物理的?」
「なるみさん以外に反応しない体になっているので」
「ふっ、ふふふっ……そういうのって女の人が『あなたなしじゃダメなの~』って言うイメージなのに」
「なるみさんはどうですか?」
「えっ?」
「私なしではダメ、というところにはまだ至っていませんか?」
「……ちょっとなってるかも」
「ちょっとですか。もう少し頑張らないといけませんね」
「ふふふっ」

君の頭を撫でて、頬から唇をなぞる。
涙がまだ残っているのか、潤んだ目で僕を見上げている。

「……不安があるなら全部婚前契約書に盛り込んでいいですから。返事はいつでもいいですし、もちろんどんな返事でも受け入れます」
「……幸せにしてくれますか?」
「もちろん」
「……よろしくお願いします」
「今無理に返事をしなくてもいいんですよ?」
「ううん、薫さんの気が変わったら嫌だから……」
「ふふっ、気が変わるわけないでしょう。……ほら、ちょっと起きてください」

僕のお腹に抱き着くように顔を埋める君。
起き上がるように促して、いつものように膝を叩く。
君は体を起こすと、向き合うような形で僕の膝に座る。
そのままぎゅっと抱き着いてきた。
背中に手を回して、優しくあやすように撫でる。

「では、今日から婚約者ということでいいですか?」
「……はい。今さらこの話、やっぱりなしとか言っちゃダメですからね」
「ふふっ、言いませんよ。……じゃあ少しずつ結婚に向けて進めていかないといけませんね。お母様へのご挨拶もまだですし」
「お母さん、たぶんビックリすると思います。私、男運悪かったから『まさかこんなまともな人を連れて来るなんて!』って」
「ふふっ、そうですか。指輪や式はどうしましょうか?」
「んー、指輪はあんまり興味ないかな。あっ、でも薫さんが指輪してるところは見たいというか、しててほしいかも」
「どうしてですか?」
「だって、既婚者ってわかれば女の人も寄って来ないかなって。あー、でも既婚者を狙う悪い女もいるからなぁ……」
「ふふっ、なるみさんは心配しすぎですよ。つけるつけないは置いておいて、指輪もそのうち見に行きましょうか」
「はい!あと、式は……私、フォトウェディングがいいんですよね」
「ああ、写真だけの式ですか」
「前は写真もなくていいかなって思ってたんですけど、薫さんのタキシード姿は見たいかなって」
「なるみさんは洋装派ですか」
「あっ、そっか。和装もありますね。あー、どっちも捨てがたい……」
「なら両方にしましょう。なるみさんはどちらもきっと似合いますよ」
「ふふふっ、楽しみ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み