第11話

文字数 1,480文字

仕事のやり取りをして、普通にデートをして、僕の部屋で君を抱く。
ただ、君を抱くときは下だけは絶対に脱がなかった。
別に恥ずかしいわけではない。
君は妊娠のリスクをとにかく嫌がっていたし、怖がっていたから。
僕が下を脱がなければ、そのリスクもない。
リスクがない状態で、僕は一方的に君へ快感を与える。
ずっとその繰り返し。
もちろん、つらかったけど君が帰った後、君を想いながら抜くだけでそれなりに満たされた。
そのうち、付き合うようになって1年が経とうとしていた。
僕は君の理想であろうと努力して、君もどんどん僕のことを好きになってくれた。
昔付き合っていた頃には知らなかった表情もたくさん見せてくれるようになった。
ただ、それが「僕」ではなく「私」に向けられていると少し複雑な気持ちにもなる。
中身は僕のままなのに。

付き合って1年の記念にはホテルに泊まろうと思っていた。
ただ、その前にひとつ仕込みをしておきたかった。
僕はある日、話があるからと君を家に呼び出した。
そこで僕は、君に無精子症であることを打ち明けた。
正確には、無精子症であることを打ち明けた演技をした。

「少し前にいわゆる妊活関連の記事を依頼したのを覚えていますか?」
「はい。結構いろいろ書きましたよね」
「なるみさんには女性向けの記事をお願いしました。いくつか男性向けの記事も必要で、それは私のほうで作成したんですが、そのうちのひとつで特定のクリニックでの不妊検査について詳しく調べる必要がありました」
「そうだったんですね」
「人に頼むのもデリケートな問題なので、私自身が実際に検査を受けることにしました。そのほうが手っ取り早いですし、より詳細な記事にできると思いましたので。……結論から言うと、私は無精子症でした」
「無精子症……確かいくつか種類がありますよね?」
「2種類ですね。私の場合、簡単に言ってしまうと治療が難しいほう、妊娠が期待できないほうです」
「えっと……それはその……」
「すみません。私も伝えるべきか迷ったんですが、お互いに性病検査の結果も知っているくらいなので、これだけ黙っているというのも違うかと思いまして」
「……やっぱりショックなものですか?」
「いえ、全然」
「えっ」
「こだわりがないというか、自分の子どもがほしいという感覚もないので……やはり変でしょうか?」
「あはは、私も自分の子どもがほしいって感覚はないので、薫さんが変だったら私も変ってことになりますね。仮に私が検査受けて不妊って言われても、薫さんと同じような反応になるかも」
「……今までと同じようにお付き合いいただけますか?」
「ふふふ、当たり前ですっ」

もちろん、無精子症は嘘。
本当は君のためにパイプカットをした。
でも、君のためにパイプカットをしたなんて言えば君はきっと引いてしまう。
だからこういう小細工をした。
君は昔から子どもは絶対にほしくないと言っていたし、子どもを絶対に持ちたくないというその理由も知っている。
だからこそ、これから先、君が子どもをほしがる可能性はほぼないと考えていた。
妊娠を希望している女性にとっては無精子症の男は魅力的ではないだろう。
でも、妊娠を希望していない君、何よりも妊娠を避けたい君にとって無精子症の僕は魅力的なはずだ。
無精子症の説明をするのにパイプカット後の検査結果の書類をうまく使ったからか、君は僕の言うことを疑う様子もなかった。
いや、仮に書類がなかったとしても、今の君なら僕の言うことを信じていたはず。
僕に妊娠させるだけのものがないとわかると、君の表情も和らいだ。
妊娠のリスクがないとわかれば、君ももっと積極的になる。
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