五、精神的に向上心のないものは馬鹿だ。
文字数 1,226文字
Kの返答はいつもと同じく淡々としたものでした。
痩けた頬を見せながら、彼は無感動的にそう言いました。その声音には怒りも悲しみもなく、自棄ですらありませんでした。
なぜ彼がそのような苦境に陥ったのか。実はKは養家と実家を騙し討ちにしていたのです。
実家から追放同然に養子に出されたKは、医者である養父から医学を修めるべく言い含められました。ですが、彼は黙って歴史学科へと進んだのです。そして、その虚偽を自分からバラした結果が今のこの状況なのです。
私は重ねて尋ねました。
Kのこの態度に私が複雑な表情を見せたことは言うまでもありません。ですが、Kは我関せずな素振りで続けるのです。
そうして、まるで苦行僧か何かのように、自分の逆境を有難がるのです。まるで逆境と艱苦を繰り返し味わえば、その功徳により、精神的な成長が得られ、彼の言う「道」へ近付くのだと、そのような考えに固執していたのです。Kの実家が代々守り伝えてきた精神性が、彼にこのような剛情を植えつけたのかもしれません。
ですが、Kが口でなんと言おうとも、私には彼が強くなっているようには見えませんでした。彼は単に逆境に疲弊し、摩耗していたのです。精神的にも健全とは程遠く、どんどんと感傷的(センチメンタル)になって来たように思えました。まるで、自分だけが世の中の不幸を一人で背負って立っているような、そんなことを口走る時さえあるのです。
私は、自分の処方の正しさを改めて確信しました。
逆境を有難がるKの口ぶりとは裏腹に、私のKを見る視線には心配の念しかありません。彼をなんとか救わなければならない。その一念で、私は彼に同居を無理矢理に呑み込ませたのです。奥さんとお嬢さんがKの心を救ってくれることを願って……。
Kが私を見て、逆に質問を投げ掛けてきました。
もっとも全てじゃあないが、と私は付け加えました。
私の国許での一件は、女人に全てを語り聞かせるにはあまりに戦慄的な事件だったからです。