一、私はその人を常に先生と呼んでいた
文字数 1,861文字
夏になると、私は毎日海へゾンビ狩りに出掛けた。この時期になるとゾンビは生前の習慣を思い出して海水浴に来たり、まれに外国から海を渡って上陸してくるゾンビもいる。
ゾンビを一匹狩るごとに役所から一円の報酬が出る。およそ十年前に発生したゾンビアポカリプスを乗り越えた副作用で社会のインフレは進み、一円札も私が子供だった時分の価値は到底持たないのであるが、それでも夏の浜辺は書き入れ時には違いなかった。同業者のハンターたちに負けじと、私は先を争ってゾンビの砕けた首級を集めていった。ゾンビの個体数が増えればそれだけ危険も増すが、収入増大の魅力には勝てなかった。
だが――、
そこにいたのは――、巨大な白人のゾンビであった。
亜米利加大陸から渡ってきたであろうゾンビの身体は海水を吸って二〇メートル超にまで膨らみ、異様なる巨躯を私の前に晒していた。
海中に足先を浸していたハンターたちが我先にと浜へ向けて逃げ出していくが、白人ゾンビの巨大な腕が彼らの背後からぬうっと迫り、ハンターを鷲掴んでは口の方へと運んでいく。
「アギャーッ!」
胸から上を無惨に食い千切られたハンターたちが赤い血を噴水のように噴き上げて、臓物もボタボタと海水の中へと沈んでいく。白人ゾンビは食べかけのハンターを握ったまま、その巨躯を動かし、生きた肉を追いかけた。
私を浜辺へ残してベテランのハンターたちが次々と遁走していく。迫り来る白人ゾンビの巨大な影が私の身体を包み込んだが、それでも私は踵を返して逃げ出すことができなかった。二〇メートル級の白人ゾンビ……初めて見るそのおぞましさに、私の全身は激しく震え、両足は地に縫い付けられたかの如くに動かず、瞬きも忘れ、呼吸も過呼吸寸前。目の前で牙を剥く怪物に震え続けるばかりであった。
だが、私の心中を絶望が支配した次の瞬間である。
私の頭上をもう一つの小さな黒影が舞ったのは――。その小さな黒影は、今や旧時代の遺物ともいうべき得物を……そう、日本刀をただ一振り握り締めて宙を舞い、醜怪巨大なる怪物へと飛び掛かったのだ。
その人が、すなわち先生であった。
先生の姿を確とこの目に捉えた瞬間に、私は彼の前に土下座していた。命を救われた恩義に加え、巨大白人ゾンビを一刀両断した手並みに私は惚れ込んだのである。