三、話しましょう。私の過去を残らず、あなたに話して上げましょう

文字数 905文字

 ある日、私は突然国へ帰らなければいけない事になった。


 父が危篤に陥ったのだ。四年前に噛まれたゾンビの毒が父の全身に回り、AZNAS(註:ゾンビ症進行抑制剤)の服用も限界に達していた。


「オヤジィ~~~ッッ!?!」
 半ば腐った顔面から異臭を漂わせ、うわ言を吐き続ける父の姿を前にして、私はチェーンソーを片手に号泣した。ショットガンを構えた母も病室に座して静かに涙を零していた。父がゾンビ化して蘇った時は、私のチェーンソーか母のショットガンが父に永遠の眠りを贈ることになっていた。

 先生からの郵便物が届いたのはそんな時であった。

「おい、お前宛てだ」

 全身を棘付きプロテクターで覆った兄が分厚い封筒を私に差し出してきた。

 自室に篭もり、包み紙を引き裂くように破ると、中から出てきたものは大量の原稿用紙であった。だが、それに目を通し始めてすぐに、私は立ち上がっていた。


「ウォー、先生ーッ!?」
 血相を変えた私は、肩パッドの中へ先生の手紙を仕舞いこむと、家を飛び出して東京行きの汽車へ乗った。
「話しましょう。私の過去を残らず、あなたに話して上げましょう」
 先生の手紙は私にこう語りかけていた。しかし、死に瀕した父を見捨ててまで私が汽車に飛び乗ったのは、その手紙の末尾に綴られたこの言葉が、私の目に飛び込んできたからであった。

「この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょう。――最後は、あなたの手で始末を付けて下さい」

 私はごうごうと鳴る三等列車の中で、また肩パッドから先生の手紙を取り出して、ようやく始めからしまいまで眼を通した。

「私は何千万といる日本人のうちで、ただあなただけに、私の過去を物語りたいのです。あなたが無遠慮に私の腹の中から、或る生きたものを捕まえようという決心を見せたからです。私の心臓を立ち割って、温かく流れる血潮をゾンビのように啜ろうとしたからです」

 そこには先生の犯した過去の罪が――、そして、いまだ世間の人々が知る由もなき、ゾンビアポカリプスにまつわる恐るべき真相が克明に描かれていた……。


 それは、今から数えて十五年も前に遡る物語である――。
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登場人物紹介

■先生
帝大の学生。叔父に裏切られ、逃げるように故郷を捨ててきた過去を持つ。下宿先のお嬢さんに恋心を抱いている。だが、同郷の幼馴染である親友Kを下宿先に招いたことから悲劇の三角関係が始まってしまう上に、突如としてゾンビ・アポカリプスが訪れたので、ゾンビと三角関係の二重苦に苦しむこととなる。実は柳生新陰流の使い手であり、様々な兵法を用いてゾンビ難局を乗り越えていく。

■K
帝大の学生。実父や養父を偽って進学先を変えたために勘当されてしまい、今は内職と学問の両立に苦しんでいる。そんな姿を見かねて先生が下宿先へと彼を招いたことから悲劇が始まる上にゾンビ・アポカリプスが突如として訪れたので、先生と共に房州へと旅立つこととなる。

■お嬢さん
先生とKの下宿先のお嬢さん。叔父に裏切られ荒んでいた先生の心を癒やしたことから、先生に恋心を寄せられる。Kとの仲も満更ではなさそうだが、お嬢さんの気持ちは未だ不明である。ゾンビ・アポカリプス初期にゾンビに噛まれてしまい、半ゾンビ状態に陥る。好物の茄子を食べた時だけ、一時的に正気に戻る。

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