四、私の罪は、幼馴染みのKという男を下宿先に招いたことから始まりました――。

文字数 1,177文字

*先生からの手紙*

私の罪は、幼馴染みのKという男を下宿先に招いたことから始まりました――。

 国許で叔父に裏切られた私は逃げるように故郷を飛び出し、東京大学入学を機に素人下宿を探して、そこへと厄介になっていました。そこはある軍人の家族、というよりもむしろ遺族の住んでいる家でした。家人は未亡人と一人娘と下女のみで、未亡人の奥さんは女ばかりの心細さから男性の下宿人を求めておりました。そこで私が掛け合い、一年程前からこの家で厄介になっていたのです。

 私はそこに友人のKを同居に誘いました。それはひたすらにKを慮ってのことでした。
「K、どうだ、この家は」
「悪くない」

 Kは無感動的にこう答えました。私からしてみれば「悪くない」などというものではないのです。Kの環境はこれで劇的に改善されるはずだったからです。


 Kは私の隣の部屋の四畳を我が部屋として腰を落ち着けました。狭苦しい上に、私が自室へ行くためにはKの部屋を通らざるを得ず、不便この上ありません。しかし、Kにとってはこれも歓迎すべき逆境だったのかもしれません。


 私がなぜ彼を自分の下宿へと引き込んだのか? Kもまた国許での問題を抱えている身だったからです。


「私はやっぱり反対なのだけどね……」
 Kが部屋に閉じ篭ると、家主たる奥さんはボソリと私に漏らしました。むずがる奥さんを無理矢理に納得させたのも私でした。
「どうか、お願いします。温かく面倒を見てやって下さい」

 奥さんとお嬢さんに私は繰り返し懇請しました。

「あの時の、僕のように――」

 私がそう言うと、二人は互いを見合わせて、はにかんだ顔で笑いました。私がこの家に来たばかりの時のことを思い出したのかもしれません。

 あの頃――、私には多分に刺々しいところがありました。目つきも不安げできょときょとしていたと思います。国許での事件が私の気持ちを厭世的にさせていたのです。叔父に裏切られた私は「人は信用できないものだ」と思い込み、親類のみならず人類をも敵視するに至っていました。ですが、奥さんとお嬢さん。二人との触れ合いが私の凝り固まった神経を少しずつ解きほぐしていったのです。


 二人はそんな私にも暖かく接してくれました。茶を入れたからといって向うの部屋へ呼ばれる日もありました。次第に私の方で菓子を買って来て、二人をこっちへ招いたりするようにもなりました。おかげで私の凝り固まった神経も次第に緩んでいき、やがて私たち三人は顔さえ見ると一緒に集まって世間話をしながら遊ぶようになったのです。


 かつての自分を思い出し、Kの部屋の方を見つめながら、私は言いました。
「Kも……僕と同じなんです……」

 奥さんとお嬢さん――、二人の温かな心が私を救ってくれたように、Kの頑なな心をも二人が解きほぐしてくれることを私は期待していたのです。あの頃の自分と同じように……。


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登場人物紹介

■先生
帝大の学生。叔父に裏切られ、逃げるように故郷を捨ててきた過去を持つ。下宿先のお嬢さんに恋心を抱いている。だが、同郷の幼馴染である親友Kを下宿先に招いたことから悲劇の三角関係が始まってしまう上に、突如としてゾンビ・アポカリプスが訪れたので、ゾンビと三角関係の二重苦に苦しむこととなる。実は柳生新陰流の使い手であり、様々な兵法を用いてゾンビ難局を乗り越えていく。

■K
帝大の学生。実父や養父を偽って進学先を変えたために勘当されてしまい、今は内職と学問の両立に苦しんでいる。そんな姿を見かねて先生が下宿先へと彼を招いたことから悲劇が始まる上にゾンビ・アポカリプスが突如として訪れたので、先生と共に房州へと旅立つこととなる。

■お嬢さん
先生とKの下宿先のお嬢さん。叔父に裏切られ荒んでいた先生の心を癒やしたことから、先生に恋心を寄せられる。Kとの仲も満更ではなさそうだが、お嬢さんの気持ちは未だ不明である。ゾンビ・アポカリプス初期にゾンビに噛まれてしまい、半ゾンビ状態に陥る。好物の茄子を食べた時だけ、一時的に正気に戻る。

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