二、私は、価値の無いものです

文字数 1,191文字

「私は、価値の無いものです」

 弟子入りを乞うた私への回答は至極あっさりとしたものだった。体良く断られたのだと考えた私は、失望を覚えながらも、それがために先生から離れていく気にはなれなかった。


 私はゾンビ狩りに出る先生を待ち伏せして、押しかけ弟子の如くに先生の傍らでチェーンソーを振るい、先生の巻き上げるゾンビ血飛沫の中を追っていった。私は若かったが、普段はこれほど積極的でも厚かましくもなかった。


「先生ーッ!?」

 なぜ、先生の場合に限って私がそれほどの執着を発揮したのか、それが先生の亡くなった今日になって、始めて解って来た。先生は始めから私を嫌っていたのではなかったのである。先生が私に示した冷淡にも見える動作は、私を遠ざけようとする不快の表現ではなかったのである。傷ましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づくほどの価値のない剣客だから止せという警告を与えたのである。他の懐かしみに応じない先生は、他を軽蔑する前に、まず自分を軽蔑していたものとみえる。果たして、先生の過去に何があったと言うのだろう。

「ウオーッ!」

 私のチェーンソーがゾンビ一体の肉をズタズタに切り裂く間に、先生の刀は五体のゾンビを斬り伏せていた。私は刀にはとんと詳しくなかったが、あれだけのゾンビを斬って刃毀れ一つ見せぬ先生の得物は相当の業物に相違なかった。

「これから折々お宅へ伺っても宜ござんすか!」

 ゾンビの腐った返り血を顔面に浴びながら私は尋ねた。先生はただ沈黙を守った。


「先生ーッ!?」

「家は、駄目です」

 先生がようやく返事を返してくれた。その口はまごつきながらも、私に理由を告げた。
「家内が、病気なのです」

 ゾンビを狩る時も狩らぬ時も、先生は始終静かであった。落ち付いていた。けれども時として変な曇りがその顔を横切る事があった。私の訪問を断った時の先生にもその変な曇りがあった。

「先生ーッ!?」

 若かった私は非礼を承知で重ねて問うた。

「先生は……何を隠しているのですかーッ!?」

 先生の顔に、ゾッ――とするような暗い影が差した。後悔と慚愧に満ちた顔を私に見せながら、先生は目の前のゾンビを叩ッ斬った。
「あなたは本当に真面目なんですか」
 そうして先生は私の覚悟を問うてきた。

「私の過去を暴いてまで、知恵を学びたいと考えているのですか」

「真面目なんです。真面目に先生の人生から対ゾンビ教訓を受けたいのですーッ!」

 私の答えを聞いた先生の顔は蒼かった。だが、先生はついにこう言ったのであった。

「私は過去の因果で、人を疑ぐりつけている。だから実はあなたも疑っている。しかしどうもあなただけは疑りたくない。あなたは疑るにはあまりに単純すぎるようだ」

「私は死ぬ前にたった一人で好いから、他を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底から真面目ですか」


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登場人物紹介

■先生
帝大の学生。叔父に裏切られ、逃げるように故郷を捨ててきた過去を持つ。下宿先のお嬢さんに恋心を抱いている。だが、同郷の幼馴染である親友Kを下宿先に招いたことから悲劇の三角関係が始まってしまう上に、突如としてゾンビ・アポカリプスが訪れたので、ゾンビと三角関係の二重苦に苦しむこととなる。実は柳生新陰流の使い手であり、様々な兵法を用いてゾンビ難局を乗り越えていく。

■K
帝大の学生。実父や養父を偽って進学先を変えたために勘当されてしまい、今は内職と学問の両立に苦しんでいる。そんな姿を見かねて先生が下宿先へと彼を招いたことから悲劇が始まる上にゾンビ・アポカリプスが突如として訪れたので、先生と共に房州へと旅立つこととなる。

■お嬢さん
先生とKの下宿先のお嬢さん。叔父に裏切られ荒んでいた先生の心を癒やしたことから、先生に恋心を寄せられる。Kとの仲も満更ではなさそうだが、お嬢さんの気持ちは未だ不明である。ゾンビ・アポカリプス初期にゾンビに噛まれてしまい、半ゾンビ状態に陥る。好物の茄子を食べた時だけ、一時的に正気に戻る。

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