昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・十六

文字数 2,946文字

『せっかくの“力”が消えてしまう前に直すわね』

 美子さん大半唐突だね。

『たのんまー』
『みこなおす』
「よろしく」
「あの、私は」

 おにゃもーらがおろおろ戸惑う間に、そらの前の歪みから帯状のオーロラのようなものが幾つも流れ出て、謎空間を駆け抜けて行く。

 うーん、綺麗ではあまりない。ぼくには、固まってないセメントにオーロラの帯がズブズブ入って行くように見えてる。見た目では謎空間に行き止まりはないのに、そこに壁は有るんだね。

 皆でぼんやり眺めていると、美子さんの声が先程までよりも反響して聞こえて来た。

 『おにゃもーら、あなたは求めるのは独個の道?破滅の道?理無の道?修羅の道?巡死の道?これらはね、あなた達の先祖が辿ってきた道のりよ。一度は受け入れて辿ったけれど、どれもあなた達は耐えられなくなった。数多のいのちが途絶え、消えたわ。そしていま、人間の世は一つの転換期を受け入れた。この転換期は、未来のいのちも過去のいのちも巻き込むものとなる。一つ間違えば、一度に多くのいのちが絶える』

 木霊す声は穏やかで、内容とやはり釣り合わない。

「そんな……。災害が?」

『いいえ。人災よ。既に始まっている。続くも消すもあなた達次第。始まりの楽子の応えに応えた者達よ。生と繋《つなぐ》を祈っているわ。かつて人間が歩んだ道には、調和も受祈も共信もあった。短くて広がらずとも、確かにあった。それはいまも何処かで息づいているわ。あなたはどの道を望む?どのいのちも望む力を持っている。それを忘れないでね。取り戻したあなただから、私は鍵を託したの』

 おにゃもーらは衝撃を受けた顔で空を見上げていた。ぼくも驚いていて、聞きたいことは山ほどあるけれどいまは止めておこう。おにゃもーらが決めるまでは。

『さて、あなた達、何処へ帰るの?』

 何事もなかったかのように、ぼくに聞いてくる美子さん。

「ぼくとおにゃもーらはオン村の三緒地区へ」
『おれはいのちの木のとこー』
『そらしゅゆおにゃもーら』

『それなら、じゅうのあつも外へ行ってくれないかしら?私はここで待ってるから、往復して、道の様子を見て来てほしいの』

『いいよー』

 じぃはじゅうのあつって名前なのかな。じゅう…十ノ圧?重ノ圧とか?

『“力”の均等が不均等なだけで安定はしたから通れるわよ。行ってらっしゃい』
『ありがとなー。行ってきまーす』
『みこたのむそらいくそと』
「美子さん、ありがとう!」

 おにゃもーらは何か吹っ切れたようで、ありがとうございますとお礼を言っていた。心臓の上の服を掴んで、腹を括った顔は勇ましかった。

 じぃが速さを上げ、歪みからどんどん遠ざかって行く。

『外の門番となった事、容易に話してはいけないわよ。狙われるから』

「誰にですか?!」

 遠くなる声におにゃもーらが叫ぶ。

『楽子に』

 随分遠くなっていたのに、その言葉はやけに鮮明に聞こえた。

 ……ん?そらも始まりの

じゃん。美子も

なんでしょ?どの楽子よ?どの楽子に注意するのよ?そこまで教えてほしかったね。









 ……ゆ。

 うーん、体が重い。

 ……ゅゆ。

 なんか小さい声だけどしつこい。既視感あるなぁ。

 ……きろ、……ゆ。

 あーもお、揺すらないで。もうちょい寝せてよ。大変だったんだから。

「起きろ、小僧」

「誰が小僧だああああっ!!」

「しゅゆ、君の連れを、止めてくれ」

「はぁ?ぼくの連れ?って、おにゃもーら! 生きてる?!」

 ぼくは飛び起きるとおにゃもーらの身体のあっちこっちをぱんばん叩いた。

「おにゃもーら生きてる!?大丈夫?死んでない?」

 慌てるには訳がある。美子が“力”が不均等だけど通れると言った道は、人間には、『いのちかければ通れる』レベルだったのだ。あの後、一嵐ひとあらしも二嵐ふたあらしも乗り越えてようやく出口だと喜んでぼくは気を失ったらしい。ほぼおにゃもーらに抱えられて守ってもらっていたのに。

「生きている。君も、大事ないか」

 息は切れてるけど、おにゃもーら生きてる。良かった。

「ぼくは大丈夫。本当に生きてる?体調は?」

「生きていて、大丈夫だから、落ち着いて、君の連れを、止めてくれ」

「ぼくの連れって、ああ、たてこう?たてこう何処?あ、居た……なんで石持ち上げてんの?土、頭に零れてるから下ろしたら?」

 たてこうは石を頭上に持ち上げたまま呆然と動かない。

 なんだ、どういう状況だ?あれ?ここせいの家の庭じゃん。ぼくもおにゃもーらも木の根に凭れて花びらだらけだ。

「私が君を、拘束しているかと、思われたようだ」

 ああ、おにゃもーらの手がぼくの手首を掴んでるから?大丈夫大丈夫。ほら、パッと外れるでしょ?だから石置いて。うん、そうそう。

 どーどーとたてこうを宥めて石を降ろさせていると、呑気な声が聞こえて来た。

『うーん、こっちの石はサッパリ味だなぁ。暑いときゃ良いかもしんないな』

「あ、じぃ、小さい」

『おうよー。小さいじぃだぞぉ』

 花びらごと庭石をガリバリ食べている大玉西瓜くらいになったじぃ。本当にすごく頑丈な歯だね。

「そらは?」

『おにゃもーらの頭頂部』

「あ、居た。ぺしょりそらだ」

 そらは髪にぴったり引っ付いていた。ぼくの声にもぞもぞ動いている。手を振ってくれた気がするので振ってみる。

『そらぺしょりおにゃもーらあたま』

「私をぺしょりしないでくれよ。死ぬからな」

『おにゃもーらぺしょりしない』

「そうだ、良い子だ」

 良かった、みんな無事に来れた。

『さーてと、おれは帰るかなー』

「ええ、もう?」
 ほっとしたのもつかの間、じぃは帰るらしい。

『おうよー。待たせてんのも悪いからさ。そら、しゅゆ、おにゃもーら、楽しかったぜ! 待たな!』

「うん、またね」
「また」
『じぃまたあう』

 じぃは笑って首を振ると、すうっと溶けるように消えて行った。

「中と違って静かな帰宅だね」

「本当に、な」

 掠れた吐息で言って、おにゃもーらは木の根により深く凭れた。額から汗をかいて、肩で息をしていた。

「おにゃもーら、具合悪い?お医者さんに診てもらおう」

「どれ、先生が見ようかねぇ」

「わっ、びっくりした」

 しじょうが真横に居た。気配が全く無かったのか、ぼくが気付けない程消耗しているのかどちらだろう。

「待ちなさい。機構の者は機構の医師が診る」
 硬質というより怯んで固くなった声が割り入る。
 なんで庭に機構職員が三人も入ってんのさ。手前の人、そのへっぴり腰でよく声掛けれたね。鎌の錆びにしてやろうか。
 おにゃもーらが心配なぼくはこう見えて結構イライラしているのだ。

「おやおや、悠長な事を言って失うつもりかね?」

「え?おにゃもーら死んじゃ駄目だよ?」

「死なない、少し、眠い、だけだ」

『おにゃもーらしなないんぱぱーかごんぱー』

「おやおや、これはなんと珍かな。始まりの楽子の加護を賜るとは。先程の子かな?」

 しじょうはにこにこと興味深そうにそらを眺めている。

『おにゃもーらいきるんぱぱーんぱぱーかごんんぱー』

「そら、ありがとう。もう、だいじょ」

『かごんんぱー』

「そら」

『かごんんぱー』

 おにゃもーらは小声で「アレを隠した意味、無くないか?」とぼくに聞くので、「なんとか乗り切って」と応援しておいた。
 おにゃもーらは遠い目で頭から降り注ぐ光の粉を見ていた。
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