腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である・十三

文字数 4,976文字

「んじゃ、あっちはあっちでまとまるだろうから、オレらはオレらの事進めるぞ。生更木とらいあは問題ない。毎度何故か、ほとんど聞いてないのに大抵知ってるから」

 ららら地区総長は地区長達に向き合い、集まるように指示した。広がっていた地区長達は少しずつ身を寄せる。
 俺も?兄ちゃん、俺地区長違う。え?当事者だろ?あ、そっか。ごめん、色んな衝撃で忘れかけてた。

「ねぇ、あなたが地区総長だっけ?初めて会ってこんなこと言うの悪いんだけどさ、あたし難しい話は副地区長いないと無理よ」

 一人が言うと数人が頷いた。

「こっちもだ。副地区長が実権握ってるから。おれは戦闘要員」

 それにも数人頷いた。「ああ、知ってる知ってる」と手をパタパタ振る地区総長。

「この村では地区長が戦闘系で副地区長が事務系なのが暗黙の事実なのはそりゃ知ってる。一応、先代直々に諸々引き継ぎされてっから。地区総長なって挨拶も無しにすぐ村から出なきゃいけなくなったのが想定外だっただけだ」

 へぇ、そうだったんだ。それじゃ俺の地区から旅立ったから俺や兄ちゃんは会った事あるだけで、無い人も居るんだ。それなのにさっき廊下で見事な連携してたんのん?さすがだんねん。

「そう、良かったわ。止めてごめんなさいね」

 始めに言った人は耳元の髪を指でくるくるしながら謝った。生地は冬仕様のふわふわなのに肩が出ている服で寒そうに見えるんだんけど、兄ちゃんは上着脱いじゃダメだんよん。貸してあげてもダメだんよん。熱あったんだから。貸してあげてくしゃみしたらモテないからね。

「気にすんな。ほぼ初めましてだろ?勝手が分からんのはお互い様だ。改めて、オン村地区総長らららだ。先代の時からのやつらも最近のやつらも、まあ、頼むわ」

 地区長達からも「こちらこそ」「宜しくー」「頼むぜ」と挨拶を交わしていた時だった。

「らいあ! うしおの声がした!」

 勢いよく襖が開いてそこから飛び込んで来た人が叫んでいる。

「うお! なんだよもう、ちくばかよ。あー皆、あいつはらいあの幼馴染みだから問題ない。ちょっと人見知りがかなり激しいがな」

「チョっとなの?カナりナの?アーあ、ビっくリしター。こノ家びックり箱よりタチわルいヨネ」

「同感だ。せいを連れて帰りたい。そうか、帰るか」

 立ち上がろうとしているおおね区長の腕をららら地区総長が全身で掴みにかかる。

「いやいやいや帰るなよ! これからだぞこれから」

 それでも立ち上がれたおおね区長の腕にぶら下がったららら地区総長に、肩を出している区長は『かわいくないコアラ?』と呟いてた。

 気を持ち直し再度座ったおおね区長。地区総長は溜め息を一度吐くと、前髪をバサバサ指で掻いて顔を上げた。一旦弛んでいた目が鋭くなった。

「あー、なんだっけ?そうそう、最初に一つ確認するが、何処の地区も副地区長達は地区に置いて来てるよな?」

 一斉に返る「ええ、地区の本部に居るわ」「地区に居る居るー」「本部に居るよ」「居る」の声の中、一人だけ「居ないよ」と答えた。兄ちゃんだ。

「そういや先代も言ってたな。理由は確か帰省だったか?」

「孫の顔見せに実家にね。音風だよ。包子なんだ」

「音風?」

 地区総長がるるちゃんを見る。

「あ、るるちゃんとは違う集落だって。どちら側からも面識は無いみたいだったよ。副地区長の推薦で約十年前から毎年同じ人が代理になってる。めーさんって言うんだけど、今は本部に居るよ」

 そうだよー。皆がめーさんって呼んでるんだんけど、普段も卸し屋の事務仕事してる人で、この時期はめーさんが出張して来て地区本部の副地区長兼事務長をしてくれるんだん。書類チラッと見ただけで処理出来ちゃってすごいんだんよん。

「十年も代理してるって事は仕事内容は漏れてないんだな?なら良いか。えーっとな、昨日今日の問題は、端的に言えば、五色の地区長が申請書を提出していない者を村に入れた事と、厳密保管品の捕縛道具を勝手に持ち出してこの無茶苦茶坊主に持たせた事だ。あー、後さっきここの庭で“力”を使った事もだな」

「あレはらららかラジャなかっタの?」

 よつば区長は尖った爪の先端部分を指五本分ぶつけてカチカチさせている。ちょっと前にも言ったけど綺麗な爪だんねん。あれ?もしかして絵になってる?どんな絵だろう?後で見せてもらえるかな。

「オレからな訳ないだろ。“力溜まり”の前で“力”ぶっぱなすなんて正気じゃねえ」

「キミはぶっパナしたケど?」

「あっちがオレの顔見たら攻撃して来たんだよ。怪我する前に捕らえただけだ」

「モノはイイようダね」

 咳払いの大きいららら地区総長です。

「えーまあともかく、元五色地区長と元五色副地区長を捕らえた。二人とも元になったからな。オレへの攻撃と申請書未提出者の引き入れ、厳密保管品の扱い不適切と非申告非返還について。学塔街当主に申請書を提出するよう催促せず黙認したも事だな」

「二人ダけ?」

「いや、五色の本部のやつら八人もだ。足す、行方不明の三人は指名手配中」

「エエ行方不明?」

「オレが帰る少し前にバラバラに門から出てた。『仕事だ』と言っていたらしい。捕まえたやつの何人かからその三人の話が出てな。机探ったら元地区長やらとのやり取りの残った書類が一人の所から出てきた」

「アヤしいね。ワザわざ残スかな?」

「だよな。ま、そこはオレじゃわからんわ。副地区総長に任せてある」

「あの、自分は十八土炉とはどろ地区地区長のだいちです。五色は内陸部です。外へ出るには最短でも」

 感情の乗っていないだいち区長の声が途切れた。下を向き唇を固く結び眉をひそめ何かを堪える様子を一瞬見せるも、次の瞬間には真剣な無表情で顔を上げた。

「最短でも自分の地区、十八土炉の門を渡らねば通れません。考えたくはありませんが、自分の所にも内通者が居るのでは」

 地区総長は胡坐した膝に肘を乗せ肘に顎を乗せてじっと見ていた。瞬きを一つしてから静かな声色で話し出す。

「居たぞ。今のところ本部に二人、門に三人。その内本部一人と門の二人も行方不明だ」

「五人……多過ぎる。申し訳ありません。自分の管理ミスです。自分も疑われているのでしょう?取り調べを受けます。自宅は家族がおりますので、穏便にお願い致します」

「そりゃ穏便にだわな。お前の取り調べっつーか全員するぞ。どの地区もな。オレが外行ってる間、人の出入りやけに多いんだよ。ってことで念入りに調べるわ。協力頼む」

 直ぐに「はーい」「はイハい」「おうよ」「はい」「わかったー」「了解」とあちらこちらから声が返るが無言の人も数名居る。
 だ、大丈夫かんなん?

「ア、手紙鳥」

 ちくばと言う人が開けたままだった襖から、手紙鳥が入って来た。尾の長い羽根の多彩な鳥である。

「ん?ありゃあ副地区総長のだな。えー、なになに?……おいことほぎ。お前さっき、十年前からめーとか言うのに代理してもらってるって言ったな?」

「え?そうだけど」

「怪しいとこ無かったのか?」

「勿論無いよ。先代も村の人も信頼してる。仕事だけじゃない、優しい人なんだ」

 うんうん。
 兄ちゃんの横で俺はいっぱい頷く。
 めーさんは雰囲気も優しい人だった。いつも目を細めて笑っているんだ。
 片方の眉だけ下げたららら地区総長は「言いにくいんだが」と頭を乱暴に掻いた。

「あー、あのな、一時間程前にめーが外へ行こうとしてな」

「めーさんが?」

「地区長不在なのを知ってる門番が止めたらしい。そしたら門番気絶させて外へ出たとよ。今逃走中だ」

「え!?」

「ええっ!?」

 驚いて腰を浮かせる俺と兄ちゃん。副地区総長の手紙には続きがあるらしく、地区総長はそれ以上何も言わず読み続けている。

「めーさんが……?」

「兄ちゃん……」

 俺は驚いただけだけど、兄ちゃんはショックじゃないかな?仕事も信頼して任せてたみたいだんしん、家に連れてきて皆とご飯食べたりもしたんだ。

「あっ! 兄ちゃん!!」

 そんなことを思っていた俺の目の前で、兄ちゃんがとさり、と軽い音をたてて倒れた!

「ことほぎ!?どうした?おっ?熱高いな」

 すぐさまららら地区総長や数人が兄ちゃんの体調を診てくれる。幾人かのテキパキとした手付きで介抱される兄ちゃん。

 大丈夫?大丈夫かんなん?

「昨日から寝込んでたんだ」

 泣きそうになりながら訴える。

「医者は?」

「ばぁちゃんの同級生のお医者さんに見せたよ。風邪だって、休めば治るって言ってたのに」

「あの人か、なら合ってるはずだけどな。念の為医者呼ぶか。……。よし、呼んだぞ。らいあー、どっか部屋貸してくれ。ことほぎ熱」

 ららら地区総長の声にらいあ達がこちらを見る。

「なんと、熱があったのか。医者は?呼んだのか。分かった、門を開いておこう。まずは部屋と氷枕だな。客間は手前側なら開いている。後は……替えの服を持って来よう。客人用のがある」

 らいあは兄ちゃんの額に手を宛てて「ああ、これは風邪だな。休ませねば」と呟くと、「これが鍵だ」と地区総長に小振りな鈍色の鍵を渡して部屋を出ていった。

「分かった。よし、行くぞ。おおね、運ぶの頼めるか?」

「問題ない」

「ことほぎのおとウとクン、ハナシは後にしてあげルかラいってラッしゃイ」

 よつば区長に背を押されて、俺は慌てて運ばれる兄ちゃんを追う。

「まさは氷枕を持ってくるぞ!」

「自分も行きましょう。飲み物を用意します」

「ボクも行ってアゲよウ。地区長代表デお手伝いシテアゲる」

 まささん、たてこー、よつば区長が炊事場へ行った。と、開いている襖の前で地区総長が止まった。

「どうした、ららら」

「手前の客室ってどっちから手前よ?この部屋から?玄関から?」

 えー分かったって言ってたのんにんー。確かに俺も分からないけんどん。

「らいあの説明不足るんね。るるお部屋に連れていってあげるん」

 るるちゃんさま!

「お、助かるわ蜂蜜檸檬。あ、しまった本人に言っちまった」

 全くしまった感が感じられないけんどん。

「正直者なのか名前を覚える気がないのか渾名を付けないと気が済まないのか分からないるんけどまずは足を動かするん進むるんその人を休ませるん」

 の、ノンブレスるるちゃん。

「おう! 蜂蜜檸檬こっちか?」

 今日一の笑顔で突き進むららら地区総長。
 そっちじゃないみたいです。るるちゃんとおおね区長はこっちに進んでます。振り返らないので一人で進んで行くららら地区総長。ららら地区総長って言動共に猪突猛進気味だよね?兄ちゃん。あれ?デシャブ。

 一方、こちらはるるちゃんとおおね区長がフランクに、でも小声でお話ししている。
 二人は知り合いなんだんねー。
 ってか、ららら地区総長どうしよう。追い掛けたいけど俺は道に迷うこと必須で二人から離れられないなぁ。この屋敷は外と中の広さが違い過ぎる上に、道順が稀に変わると兄ちゃんから聞いているかんらん。今のところ実感はないけんどん、いつそうなるか分からないもんねん。鍵は地区総長が一人で行きそうと分かった時にも・ら・っ・て・おいたから、まあいっか。

「おおねのおじちゃん、あの人はいつもああるん?」

「そうだ。会った事は?」

「無いるん」

「戸惑うか。あれに悪気が無いとしても」

「そうるんね。でも悪気あるよりは無い方が接しやすいるんから」

「そうだな」

「お部屋はここるん。鍵は?」

「らららが持っ、ん?居ないな」

「るん?あの人は何処行ったるん?」

 こちらを見るお二人。

「鍵は俺が。地区総長はあのー、違う道を突き進みました」

「ああほっとけ。何時もの事だ。その内帰って来る」

 何時もの事なんだん。じゃあ地区総長は問題ないな。

「分かりました。開けますんねん」

 三人で兄ちゃんをそっと寝かせる。

「あれ?ちくばさん来てたるん?」

 振り返るとドアとドア枠の間に挟まる一人の人が。
 ???なんで挟まってるの???

「なんで挟まってるん?」

「あ、あの、しゅ、しゅゆくんにるるちゃんを守ってと言われて、あの、付いて来たんだけどひ、ひひ人が、いっぱいだと、廊下で気付いて、こうやって挟まらないと、にに逃げてしまいそうで」

「成る程、努力の跡るんね」

「そ、そうかもぉ?」

 努力の形はいろいろあるんだんねぇ。
 さ、兄ちゃん! ゆっくり休んでて! 後は俺に任せてね! よっしゃあ! ことひらきとして再出発だ!

 
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