物を得るときは仕舞いまでを、箱に入る時には出る時の事まで考えよ

文字数 2,725文字

 sideかきね and side???

「本日はご迷惑をお掛け致しました。失礼致します」

 しとやかな物言い、仕草で去る者が一人。

「失礼」

 こちらを一瞥もせず淡々と去る者が三人。

 四角い部屋で一人になった私は。

「申し訳、申し訳っ、ございません、先代っ……」

 机に突っ伏すと体を震わせて泣いた。



「寝込んでいると聞いた。大丈夫か、かきね」

 布団に横たわり、開いた襖の間から空をただぼんやりと眺めていた私の耳に、なかなかに久しい声が入って来た。

「かきね?目を開けたまま寝ているのか?」

「……らいあ殿」

「うん。らいあお兄ちゃんが来たぞ」

 珍しくもふざけて答えるものだから。

「ふっ……グズっ……ハアッ……ハッ」

 緩んだ涙腺から溢れて流れ落ちる熱いもの。

 それを細い指が何処からか、そっと掬っていく。

「どうした?腹でも減ったか。饅頭食うか」

「ふっ……うっ……らいあ殿、私は未だ役立たずだった」

「お前が役立たずならば私はその『役』すらも得られん者だろうよ」

「そんなことないっ、らいあ殿っ、先代がっ、先代達が護り受け継いで来た、オン村がっ……壊されてしまうっ」

 先日行った十八土炉地区長だいち殿への事件対応方法についての尋問会。地区長への尋問にはオン村地区保護機構からも最低一人が派遣される決まりだった。
 機構から来た者達は異例の三人。三人は地区総長代理である私には目もくれず、だいち殿を親しげに呼んだ。だいち殿は順良に答えた。
 私はただ、震える膝が地面に着かないようにするだけで。

 尋問会はだいち殿の『自負故』であり最適な方法を取っていた』として、譴責処分もなく、彼らにとっては恙無く終わった。私に発言の余地はなかった。機構とだいち殿のやり取りのみが記録に残った。

 その記録の一文にだいち殿の発言がこう残された。

「ぜひ皆様と共に学んでいきとうございます。五色の地区長を先人と仰ぎ、邁進してまいります」

 恐れていた想像が、現実へと変わった瞬間だった。

「昨日、だいち殿が五色の、機構派の地区長と、漠逆の友となると宣言したっ」

「そうか」

「らいあ殿っ、だいち殿は先代から“知識”を継承したお方かもしれんのだぞっ。それが、それが機構派に回るなぞ……」

 何故落ち着いていられるのだ。何故。

 私はらいあ殿の膝頭を鷲掴みにした。

 先代が文字通り全身全霊を掛けて護り生かした者の足は、まだ温かい。

「らいあ殿、先代から“力”を受け継いだあなたが、あなただけが希望なんだ。オンの、オン村の」

「何を言うておるん。るるだってオン村の希望るん」

 は?

 軽やかな春の日差しのような声の方向、脇の横に座るらいあ殿の更に横で私の顔の横に小さな膝があった。

 るる。それはらいあの最愛の子の名だ。

「るるだってらいあだってあなただって希望るん。オン村どうこう関係なく希望るんよ。泣くこた無いるん。るる達がいるん。なんとかなるん」

「そう言うことだ」

 細い指がまた私の頬に添った。

 この子の指だったのか。

「ほれ、涙があるん。生きておるん。るるとらいあとあなたは、生きておるん」

 私の顔を覗き込もうと身を屈めてくる子は、緻密にカットされた宝石の様な瞳を笑みの形にしている。

「まだ、間に合うるん」指が頬から離れた。

「そう言うことだ。かきね、お前は一人ではない」

 膝頭を掴んだままの私の手に、骨ばった、温かい手が重なった。

「私らがおる」

 その言の葉が脳に届いた刹那、自らの顔を平手ではたいた。

 パアンッ!!!

 小気味良い音と共に掛布団を跳ね上げ起き、畳の上に正座した。

「済まぬ、取り乱した」

「よかろう」

「よきるん」

 ふてぶてしいらいあ殿を一生懸命真似る子を見てつい笑みが溢れる。

「さてと、かきね?」

 私を呼ぶ声に、背筋はピンッと張って伸びた。
 来る。来るぞ。
 私は期待で息が乱れるのを必死に抑えた。
 来る。先代が見惚れた、あのらいあ殿が。

「答え合わせをしようか?」

 ……らいあ殿、片側の口角を上げるその邪悪な笑み、最愛の子に見せて良かったのか?

「るーん?うまくできないるーん」

 ほら、真似してるぞ。……いや、いまから笑みを変えたって駄目だろう。らいあ殿、困ったようにこちらを見られても。うーん。そうだ。

「そこの棚に茶菓子」

「取ってくるん」

 は、早いな。



 ――――――――――――――――――――………

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 ――――――――………

 ―――……

 ―…




「つまらなかった」

 溜め息混じりの声は幼さのある高い声だと言うのにしゃがれてもいた。火の入っていない暖炉の前、金属の枠で作られた肘掛け椅子に声の主は居た。

 床に引き摺る大量の墨色の布で全身を覆っている者は、袖から出した数本の細い指で、金属質に見える豆粒を摘まんで弄んでいた。

「せっかく面白い呪いを届けたのに、発動しないどころか破壊されるとは」

 小さな金属はフードの中へと運ばれた。カリッと固いものが噛まれて割れる音が数回響いた。

「いまいましい、あれの子の子が壊したのか。呪いに影響しない毒にも薬にもならない付喪神を拾って入れたが、呪いが歪んでも良いから災いでも入れた方が面白くなったか?」

 目の前にあるいまにも崩れそうな程朽ちた、金属の蔦に絡み付かれた一つ足の机の上に指が伸びていく。

「あれも、あれの子も、受病の呪いに掛かり姿を消して以来、他の遊べる駒が育つのをじっくり待っていたが、準備に気を取られて目を離し過ぎたな。まさか、あれの子と子が共に暮らしていたとは。まったく、包子の里に送った奴は何をしていたんだ。まあいい、先に子の子の方から」

 机の上に無造作に引かれた布の上に盛られた金属質の豆粒に触れようと――パンッ!

「くっ?!」

 破裂音がしてすぐ、苦悶の声を上げながら手を引っ込めた。辺りを警戒するよう見回した後。

「アッハハハハハハハハハッ!」

 狂気に憑かれたように、笑った。

「ああ! やはりあれの子だ! この地に住まうワタシを傷付けるとは」

 笑いながら爆ぜた小指を掲げ、流れる血を止めようともせず、うっとりと眺めている。しかし。

「ん?」

 何かに気付いて笑いが止まる。

「これは……あれの子ではない。あれの子の子でもない。誰だ?……ほう?なんと」

 起こしていた身をもう一度背凭れに戻すと、爆ぜた小指が金属の蔦に巻き付かれた。

「ああ……良いぞ」

 ねっとりと愉しげな声は笑いを含んでいる。
 蔦が小指から離れると、そこには蔦と同じ金属でできた細く艶やかな指が残っていた。

「良いぞぉ、新しい駒が増えた! アハハハッ、アハハハハハハハハハッ!」

 仰け反り笑い続ける者に応える者はおらず、机の上の血に濡れた金属の豆粒だけが、その姿を映していた。

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