閑話『くりすますにはさぷらいずを』

文字数 6,004文字

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇゆたきくりすますなーに?」

 ゆたきの体を全力で揺するてん、齢約三歳。おめめのキラキラが眩しい、今日も勢いは誰にも負けない元気な子です。

「ま、待った待った。はげしいわ。お前力強いな」

 齢約三歳に振り回されている(今は物理的に)ゆたき、齢五歳。振り回されても手も足も出さない、今日も優しさと諦めの気配の濃い子です。

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇくりすますくりすますくりすますくりすますくりすます」

「はいはいはいはいはい! クリスマスな! クリスマス! あれだ、クリスマスは」

「くりすますは?」

 てんのお顔がゆたきの顎に引っ付きそうです。ゆたきと居ることも、答えを待つ時間さえも嬉しそうですね。

「クリスマス……は、何だ?」

「んあ」

 てんの口がとても大きく開きました。今朝骨を抜いた鶏肉にかぶりついた時より大きいですね。

「そういやクリスマスってなんだろうな?毎食鶏肉食って、夜は焦がしたけどクリームでごまかしたケーキ食ってなんかいらんもんもらって寝る日か?」

 なんと! ゆたきの周りの大人のクリスマスの過ごし方には反省点が多いですね。
 毎食の鶏肉の飽きる飽きないは個人差はあるでしょうが、ゆたきは嫌そうです。焦げたケーキは削がねばならないでしょう。贈り物は当人の希望に近い物が望ましいでしょう。
 旅立つ前に私からお話しないとですね。

「くりすますぅ」

 てんのお顔が曇ってしまいました。ゆたきはその顔を見て慌てています。

「ち、ちがうかもしれない。てんは?てんはどう過ごしてたんだ?」

「てん?てんはねー、くりすますまだなのー」

「え?だって毎年あるんだぞ。去年は……二歳だもんな、覚えてないか」

「うん」

「そっか、じゃあ今年楽しみだな」

「うーん。こげたけーき?」

「あ、いや、おれのは例外だと思うぞ」

「れーがい?」

「えっと、みんなのクリスマスとは違うぞってこと」

「みんなのとちがうの?てんも! てんもちがうくりすますするー!」

 これはいけません。さららさんに急いで連絡しないと。我が家のクリスマスが通常のクリスマスではてんが落ち込んでしまいます。

「ち、ちがうクリスマス?どんなのにするんだよ?」

「うーん?えっとねー、えっとねー」

 てんが考え込みます。顔が下を向いたので頭の頂点が見えています。あ、小鳥が半身を埋めていました。てんの髪は小鳥や小動物に好かれますね。

「わかったー! てんがするー!」

「はい?」

「てんがんばってくるー! ゆたきまたねー!」

「あ、ちょ、えっ?」

 ゆたきを置いて走り出すてん。ゆたきは戸惑いながら歩いて追いかけます。不思議なことに、てんは走ると歩くよりも遅いのです。
 一分程でてんは止まりました。

「あれー?」

「ん?どうした?」

「あのねー、すすんでないのー。じめんまえからうごいてるの?」

「いや、動かんわ」

 首を傾げるてんと冷静なゆたき、とてもかわいらしいです。
 それにしても、『地面が動く』ですか。面白い発想力ですね。

「あのね、くりすますはさぷらいずするんだよ」

「へぇ、よくしってんな」

「こんやさぷらいずするよーってあさおじいちゃまがいってた」

「それ失敗例だな」

 失敗例ですね。
 お義父さん、主役のてんに言ってどうするのですか。前々から気にしてはいましたが、まさか、お義母さんとさららさんに怒られるのを楽しんでいる訳ではありませんよね?

「だからねー、ここからは、おとうちゃまはみちゃだめなのー」

 おや! てんは私に気付いていましたか。フィールドワークで培った“隠し”の力を見破るとは、すごいですね、てん。

「分かりました。てんのクリスマス、楽しみにしていますね」

「うん! てんもゆたきもがんばるね!」

「あれ、おれもなの?」

「ゆたきいこー!」

「はいはい、行きますか」

 再び走り出したてんを追いかけないで、ゆたきは私を見上げました。

「危ないことは止めますから」

「ええ、あなたにも、危ないことはしてほしくありませんよ」

 そう言って、私はゆたきの頭を撫でました。頭を撫でてくれる人は幾らでも居て良いですからね。

「……出来る、限りそうします」

「はい」

 俯いてしまった頭をもう一撫でして、私は背を伸ばしました。

「さあ、てんが待っていますよ」

「ゆたきー!」

 大声でゆたきを呼びながら、数歩先で肩から大きく手を振るてん。てんは恐らく、私が思うよりも沢山の事に気付いているのでしょう。その場でゆたきを待ちます。

「今行く」

 笑顔になったゆたきは、てんへと足を向けました。
 寒気の中の薄くも明るい光の差し込む中を遠ざかる二人の背を眺めながら、私は願わずにいられませんでした。
 願わくば、絆の交わりを越えて想いの通わんことを。

 そしてお昼時間。

 さららさん、お義父さん、お義母さんとワクワクソワソワ待っていた私は、帰って来たてんの「おとうちゃまおかあちゃまー! てんはおきなになるのじゃー!」の叫びに驚きました。
 これが『さぷらいず』なのでしょうか?と考えたものの、てんの隣で遠い目をしているゆたきを見てそうではないと分かりました。

「お、おきな?なの?」

「うん、おきなー。まっしろなおひげの」

「なのな、赤いお服の?」

「ううん、ちがうよ。こここうなってるおふくでかぶぬくの、じゃ」

「かぶぬくの、じゃ、なの」

「じゃ」

「じゃ、なの」

 さららさんが放心してしまった。お義父さんとお義母さんはてんの一番初めの叫びから放心しています。

「だめ?」

 てんの目に涙が……。これは私が言わねば。

「駄目ではないのなの。さらら、てんの夢を応援したいなの」

 さららさんが復活しました。素早くてんを胸に抱いています。

「えへへー」

 てんはとても嬉しいのでしょう。笑みが絶えません。

「てんはどんなおきなになるのかなーなの」

 てんを揺すったり頬にキスをしたり、さららさんも嬉しそうです。立ち上がりの早いさららさん、素敵です。

「てん?てんはねー、かぶをみんなでぬいてね、みんなでたべるおきなになるのじゃ。ぬいたひともぬいてないひともにこにこしてたべていられるおにわをつくってまもるおきなになるのじゃ」

「なんて壮大な夢なんだ……すごい、すごいよ、てん」

 お義父さんがいつの間にかてんとさららさんを抱き締めていました。
 さららさんの眉間に皺が。そこも愛らしいですね。

「あぱはー、てん、すごいー。あのな、おじいちゃまはなして」

「えっ……」

 まさかの『離して』にお義父さんが固まっています。
 そんなお義父さんに目もくれず、てんはゆたきの持っていた紙袋に手を入れています。

「あぱはー、あのなー、てんからのさぷらいずなのじゃー。おかあちゃま、おとうちゃま、おばあちゃま、おじいちゃま、みんな大好きありがとー」

 言葉と共に差し出された、沢山の小さなビーズを繋げて作られた数本の輪。
 一瞬静まりかえった室内、の一瞬後。

「はああああっ! ありがとうっ! ありがとうてん! おじいちゃまも! おじいちゃまもてんが大好きぐおっ!?」

 あ、てんに飛び掛かろうとしたお義父さんがさららさんに体当たりをくらい吹き飛びました。さららさんは力強さも素敵ですね。

「なのなー! さららとっても嬉しいのなー! ありがとうてん。さららもてんだーい好きなのな」

「ありがとうてん、あたしもお前が大好きだよ」

「えへへー。おかあちゃまはこれねー。おばあちゃまはこっちねー。おうでにつけてね」

「まぁ綺麗なのー。ふふ、さららのお腕がキラキラなのな」

「いいねぇ、あたしの腕が華やかになった」

「えへへー。あ、おじいちゃまこれねー」

「あああああ! ありがとうっ! 生きてて良かったっ!」

「てん、お耳を守るのな」

「てん、おめめも守りなさい」

「んあ?」

 賑わう家族の姿に、私の胸はいっぱいになっていました。この先何処へ行っても決して忘れないように、私は家族をじっと見詰めていました。
 てんにこう言われるまでは。

「おとうちゃま、いらない?」

「いります! いりますよ!」

 私は走りました。
 いらないから近付かなかったなんて思われてしまったなんて!

「ありがとうございます、てん。あまりの嬉しさに立ち尽くしてしまいました」

「あぱ?うれしきー?」

「ええ、うれしき、です」

「あぱー、てんも嬉しきー。おとうちゃま、いつもみまもってくれてありがとー」

 ああ、こんなにも柱や家具の影から見守っていて良かったと思えた日はありません。

「ゆたきのも綺麗に作れたね、てん」

 お義父さんの声に導かれてみると、ゆたきの腕にキラキラ輝く物が。お義父さんに見付かったからか、ゆたきの顔が青ざめています。

「うん! てん、ゆたきもだいすきだからな、おきなになってもいっしょにいたいの」

「そうか、一緒に居たい、か」

 お義父さんが“当主”としての顔を覗かせます。これについて、私達はほぼ無力です。“ほぼ”ですけどね。

「ではてん、これからもっとゆたきと居られるようにしようね」

「えっ!?」

 ゆたきから驚きの声が、てんからは歓声が上がります。

「ほんとー!?おじいちゃまほんとー?」

「本当だよ。ゆたき、只今からこの塔に住みなさい。荷物は私の部下に取って来させよう。隠し物はあるかい?」

「え?いいえ、隠してるものはありません。表の部屋の作りのままです」

 ゆたきに決して言ってはいけないけれど、ゆたきとお義父さんは思考が似ていると思います。

「では、それで。ああ、そうだ。えいやっと」

 お義父さんが人差し指を小さく回すと、てんから贈られた全員の腕輪が発光してすぐ収まりました。

「“保存”なの?」

「そうだよ。そのままは勿論、どれだけ引っ張っても何が当たっても壊れないよ」

「それは“保存”だけじゃないのな。ありがとうなのな。そういう“力”はやっぱりおとうさまなのな」

「あぁあぁあ、さららにありがとうって言われたぁー」

「言うんじゃなかったのな」

 泣いて溶けそうなお顔のお義父さんを放って、さららさんはてんを、お義母さんはゆたきの手を引いて食卓へ向かいます。

「さあ、食べるよ。昼はあたしの焼いたパンと魚とスープ。おやつにはさららの焼いたクッキーとケーキもあるよ」

「あぴゃー! ぱん、さかな、すーぷ、くっきー、けーき!」

「い、いただきます」

「ああ、どんどんお食べ」

「ゆっくりたくさん食べてねーなの。ほら、あなたも」

「ええ、いい香りですね」

「なのなー」

「よーし! 食べよう」

 既に椅子に座っているお義父さん。足の速い方です。

「「「「「「いただきます!」」」」」」

 全員が座ったところでお昼ご飯の時間の始まりです。
 笑いの絶えない楽しい時間は暖かく流れていきます。
 皆のこの笑顔が続くように、私も頑張りましょう。
 てんの未来に、家族の道に、共に生きる人々に、一瞬でも多くの幸いのあらんことを。

「あのなー、くりすますはさぷらいずとぷれぜんとなんでしょー?てんおひげほしい」

「ぶっふぉ! お、おひげ!?」

「おとうさま離れて、拭いて。てん、今日は用意出来ないのなー。後日になるのな」

「絹で作れるかね?てん、顔のサイズ測ろうか」

「おたのみもうし、もうしるす?」

「おたのみもうします、かななのな?てんは難しい言葉も知ってるなのなー。そうだ、ゆたきは何がほしいのなの?」

「え?おれは、そんな」

「今日がクリスマスとはいえ今出なくて良いよ。明日の朝までに考えな」

「おかあさま、早いです」

「そうかい?分かった、明後日の朝までに延ばそう」

「なのな。良かったのな。てん、ゆたきと考えてあげてくれる?なの」

「あぱー、てんも考えるー。あぴゃー、楽しみー」

 ふふ、てんもゆたきも楽しそうですね。

「なのな、さららも楽しみなの。さららもプレゼント頼んだからなー」

 え?誰にでしょう。
 お義母さんと目が合いました。お義母さんにですか?違います?お義父さん?絶対違いますね。え?私?いえ、何も言われておりませんが。

「楽しみなのなー」

 どうしましょう、お義母さん。『心当たりは?』。いえ全く。え、どうしましょう。

「おかあちゃまはだれからもらうのー?」

 てん! 素晴らしい子です!

「のな?勿論」

 あああ、目が合ってしまった。どうしましょう。何ですかお義母さん、『そういえば手紙届いてないのか』?はい、届いてませんよ。いつ頃のですか。私が帰る直前ですか?成る程、入れ違いになっ。

「半年前に頼んでおいたからなー」

 半年前!?どういうことでしょう?ごめんなさいお義母さん、私には本当にサッパリで。プレゼントは用意してあるのですが、さららさんから要望は無かったので私の選択の物でして。

「あかあちゃま、てんみたいー」

「ふふ、見たいのなの?そうなのな、さららももう見たいのな。持ってきてくれてるのな?」

 ああ、なんて事でしょう。部屋で渡そうかと持ってきてもいなければ中身もたぶん違。

「はい、こちらに」

 え。
 私の後方で待機していたさららさんの護衛であり執事である、おうはさんが小箱を手に近付いて来ました。
 さららさんは嬉々として受け取っています。

「なのな。さすがおうはなのー。開けて良いなの?」

「どうぞ」

 ええ。

「わー! 素敵なのー! ありがとうおうは! 期待以上の逸品なのな!」

「光栄でございます」

「あぴゃー、きれいだねおかあちゃまー」

「なのなー」

 あ、良かった。
 遅れて安堵が全身を駆け回りました。あ、お義母さん、『驚かせるんじゃないよ』。申し訳ありませんでした。

「へぇ、綺麗だね。で、それは何なんだい?」

 お義父さんも興味津々です。

「縛る為の鎖なの」

「はい?」

 お義父さんがフォークを落としました。そして私を見……違います、見ないでください。え?ゆたきも?違いますよ。違いますからね。お義母さん、落ち着いてください。さららさん、てんは分かっていない様子ですが、皆さんにどうかもっと詳しい説明を。

「この頃大変だからなのな」

「何が!?」

 お義父さんが椅子を飛ばして立ち上がります。

「おかあちゃま、てんゆたきとおひるねしてくるね」

「なのな、いってらっしゃい。よい夢を」

「あぴゃー、いってきますー」

「い、いってきます」

 もう駄目です。癒しの波動の源が出て行ってしまいました。

「それじゃ、さららも試してくるなのな」

「え?あの、さららさん」

「またねーなの」

「待ちなさい! さらら! さららー!」



 その数分後、無事疑惑は晴れました。
 さららさんが縛ったのは川から釣ったばかりの魚でした。

「この鎖は“冷え”の力がとても伝わり易いのなの。鎖で縛った瞬間に凍らせられるのー。最近捕れる魚が増えたからねぇ」

「ああー、あの凍り方は絶対対人じゃあないね」
「そうだな」
「そうですね」

 良かったです。
 ちなみに、私の用意したプレゼントは皆さんにとても喜んでいただけました。そのお話は、また今度にいたしましょう。

 それではまた。皆様、よい夢を。
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