竹馬の友は竹に雀を思い笑む~幼馴染みの集い・完~

文字数 4,242文字

「拾わせたんだけど、それはまた今度にしようぜ。あぁ、俺とちくばはらいあの事情知らなかったって事だけ言っとくわ」

「知らなかった?本当か、ちくば」

 まさは目を丸くしている。るるもだ。
 えへへ、るるが泣き止んだぜ。でもなんで俺に聞かないの?ちょっと悲しい。

「そうかもねぇ。らいあがここへ帰って来なそうなのはなんとなく分かっていたから、うしおと旅に出る用意はしていたんだ。きっと、まさとるるは音風に住むだろうから、らいあもかなってさ。あんなに早くとは思っていなかったけど」

「そうなのか?うしお」

 あ、交互か?よし、分かった。ちくばの分も話ちゃおっと。

「おうよ。らいあが移動したってスプーンが教えて来てさ。旅行かな?と思ったけど産後のまさと産まれたばかりのるるを連れては行かねぇだろ?なんかあったなっ、って。んで、俺らに手紙もなく出たんだから、ただ会ったって普通に着いて行けそうにないじゃん。そしたら、拾わせるしかないわなってなった。で、成功して、今に至る。オッケー?」

「詳しく問いたい所だらけだが、いまはオッケーだ。二人がらいあと居てくれてよかった。本当に、心の底からそう思っている。ありがとう、うしお、ちくば」

「おおあおおうおう」

「そそそかもぉぉ」

 まさがお礼言ってるよ。まさがお礼言ってるよ。二回も言っちゃった。それくらい類稀な出来事でして。まさに感謝の心が無いわけではなく、言葉はいらないぜ! 断然超絶行動派! な子だったから。

「驚き過ぎだ。まさだってお礼くらい言うぞ」

「おおうぉそそうだな」

「そそそかもぉ」

 そっかぁ、時は確実に流れているんだなぁ。

「驚き過ぎだってば。るる。らいあの事はるるの責任でない。分かったか?」

「るぅん」

 るるは俯いて、へりょりとしたるんを返した。
 届いてるか?届いてなさそうだな。どうしよう。泣き止んではくれたんだが。
 まさはるるの顔を覗き込んで頼んでいる。るるの前髪を撫で分けるまさの手は熟した桃を触るより優しい。

「るる、るるが何故そう思ったのか、教えてくれないか」

「るぅん」

 今までに無かったへりょりとしたるんのるるに、たぶん、まさは泣きたいだろう。それでもるるを気遣って、微笑みながらるるの頬をなぞるように掌を滑らせている。

「側に居たまさが、るるが傷付いていたことを知らなくて、情けない想いでいっぱいだ。るる、ごめん。らいあ、ごめん。るるを守れなくて」

「るるる。まさちゃんが謝ることないるん。まさちゃんはるるをずーっと守ってくれているん」

 るるの頭が左右にシェイクされる。
 る、るる、首、首が。
 らいあはまさの背に広げた手を乗せる。

「私はお前達の側に居られなかったが、るると数ヵ月暮らしただけで、まさのるるへの想いを感じていた。まさはるるを守っているぞ、今もだ。なあ?るる」

「るん! そうるん!」

 るるの頭が上下にシェイクされる。
 る、るる、勢いよすぎ。

「るる、らいあ、ありがとう、まさは幸せ者だ」

 えへへと照れたように笑んだまさに目元を緩めたらいあは、まさの耳下先の髪をすっと掬うとそこへ唇を寄せた。
 ぬはーかっちょえー。何?きーさん。あたしにしてもいいよって?あんがと。でも今すると、しゅゆが腹の皮が捩れるくらい笑うねって言う顔してるから止めとくね。

「るる。もしかして誰かに言われたのかい?」

 きーさんがズバリと聞く。
 ハッ、と口を開いたまさは、身内に問題な人が居たのかもと顔を青ざめさせた。

「るぅん……その人」

 るるが指差した、その先には。

「誰だよ! 」

 知らん人居た。人増えたよ。もうこの部屋いっぱいだってば。

「って、あれ?その場所」

 うかびが座ってたとこじゃん。で、うかび居ないじゃん。
 オロオロしている俺を見て、知らん人はニヤリと笑った。
 あれ、これうかびの笑みじゃん。

「お前、うかび?」

「そうだよ。私。この人でないかな、と思って変化してみたよ」

「なーんだよ。紛らわしいな。で、誰?」

「ま、まさも知っている人だ。まさの、まさの二番目の兄、いてな、だ」

「違うよ」

 震えるまさの震える言葉まさかの即全否定したうかび。
 早口言葉に出来そうな一文が頭に浮かんで点滅した。

「爆音声の子の二番目の兄、いてなは学塔街で私の秘書をしている。十五年前、自ら学塔街に飛び込んで来た子だった」

「はい?」

 部屋に居る全員が目を丸くした。るるは二回目だ。
 なんて?

「私が連絡を受けて着いた時には、身体中に葉っぱと小枝と鳥の羽根を着けて壁にへばりついて、『がくとうがーい!』と号泣しながら叫び続けていた。正直無視したいと思ったが、これからも見張りをしなければならない門番が泣きそうだったから、取り敢えずおにぎりをあげて餌付け、保護した。では、いてな鳥が私の秘書だというの証拠として、いてな鳥の事を話そう。いてな鳥が好きなものは感動するもの。嫌いなものは感動しないもの。食事の際は麺類が無いと明らかに背中が丸くなる。編み物が得意だが、編んでいる最中は話し続けないと編めない子だ。私が羽織りの下に来ているこれが、いてな鳥の作ったセーターだ」

 それは、機械で作ったの?と思うくらい細かな編みのセーターだった。毛糸屋で売っている中で一番細いと思われる毛糸の色は飾り編みでさりげなく凹凸している。
 まさは、「まさには分かる! いてなのだ! いてなは思い切り気に入った人にしか編まないんだ! あなたはいてなのお気に入りなんだな!」と叫んだ。

「そうか! 本物のいてなは学塔街に居るんだな! ん?保護とおにぎりは有り難いが、兄は鳥じゃないぞ?」

「ふむ」

「何故か否定がない。しかし、そうか、やはりあれはいてな兄にぃではなかったんだな」

「気付いていたのかい?」

「ああ、号泣したり叫ぶことが減った。あっても小さかった。あれは落ち着いたんたんだよな?いい変化なんだよな?と、みんな疑問にしていたが」

「それは有り得ないだろう。半日で気付くレベルではないか。今のいてなにはパートナーが居るが、半日空けず号泣したり叫んだりしているよ」

 そんなに!?そんなになの?まさの兄。だめだ、俺たぶん会えないわ。俺も驚いて叫ぶわ。二人分塔の中反響してぐわんぐわんなるわ。

「大丈夫だよ、うしおくん。さっき話した防音ブローチは、いてなの為に急遽造らせたんだ。それを、いてなは同時に五個着けている。音量は半分は抑えられているからね」

「こえぇ、五個で半分」

 めっちゃこえぇ。会えないじゃなくて会いたくないになってきた。

「そうか、あれは兄ではなかったのか。あれがるるを傷付けたのか」

「るん、るる、誰に変なこと吹き込まれたるん?なんでるるは信じちゃったるん?なんか腹が立って来たるん」

 青筋を立てているまさとるる。あ、らいあは静かながらも烈火の如く怒っていらっしゃいます。勿論俺もみんなも怒ってます。その傍迷惑なヤツ誰すかね?みんなで今から会いに行っちゃう?

「たとえ家族だとしても、るん語尾の子や爆音声の子達が信じてしまったのは無理はないよ。あれは大陸楽子当主側のカメレオンだ」

「は!?爬虫類なの!?」

 どういうこと!?

「違うよ、うしおくん。演者って事だよ。ちょっと変わった言い方を私がしたくなっただけ」

「うおおよかったー」

「ごめんね」

 新たな生命発見か!?と思ったよ。

「分かりかねるねぇ。今代の大陸楽子当主は何がしたいんだい?」

 きーさんが不満顔で俺の二の腕を摘まんでは離している。みなさん曰く、この二の腕、色んな感情の緩衝材になるらしいです。

「今代の大陸楽子当主の名は、この頃じゃ頼りない者扱いだよ。表だって出て来ないだけじゃあない。代々の当主がしてきた巡回をしていないんだ。大陸楽子同士どころか楽子と民をも繋げていない。それぞれを繋げて支える役割があるはずなのに。それどころか学塔街とは交友を断絶した。あたしが旅していた頃はね、大陸と学塔街はお互いに心ひかれあう間柄だったんだ。お互いがお互いの足りない物や知識、知恵、思考、技術を授け合い、補いあっていた。三十数年前だったかね?気付いた時には、学塔街の門は固く閉ざされていて、楽子だけでなく民も入れずそして出れなくなった。大陸楽子は、当主が代替わりしてから姿も声も見られなくなった。それなのにあたし達には、学塔街は勿論、大陸楽子当主へ連絡する術もないんだ。この三十数年で呼び出しを受けた楽子はらいあくらいだね。だから、この招待状が何を意味するのか。あたしには禍々しいものにしか見えないんだがね」

 眠いんじゃなかったの?きーさん。って俺が呆気に取られている間に一息に言い切ったきーさんは、招待状をぺしりとうかびの前に置いた。

「私もだ」

 うかびの姿に戻っていたうかびがうんうん頷いている。

「うかびもかい! なんで招待状出しちゃったのよ」

「なかなか無い我が子の願いだから、かな」

「てんのおかちゃまのさららちゃまー?」

 てんの母上がうかびの子なんだ。てか、胃がキュッとする話の中のてんのキュートボイス晴れやかで有り難い。

「そうだよ。僕の子で、何時までも愛でていたい子だ。本当は一日中引っ付いて歩きたいんだけど」

「やめたげて」

「止めるも何も出来ないんだ。逃げられるから」

「だろうね」

「三十数年」

 きーさんは右手の指を三本立てて、うかびの眼前に突き付けた。

「三十数年経ったんだよ?何してんだか知らないが、いい加減になんとかしないといけない時期はとうに過ぎてるだろうに。そんな中でコレだよ?コレ」

 畳の上の招待状をトントン叩く、きーさんの手の爪は色に染まっている。ほぼ毎日染料に触るから落ちないんだそうだ。

「あたしらのこと馬鹿にしてんじゃないかい?どんだけの人が会えなくなったと思ってんだい」

 ああ、そうか。これは楽子とか大陸とか学塔街とかそういう問題ではないんだ。人と人の問題なんだ。また会おうと約束したのに会えなくなった人が居るんだ。いま、目の前にも。

「そうだ」

 うかびの声は、最初に聞いた声だった。仄かに暗く、生ぬるい、トンネルの風のような。ゾッとするのに覗かずにはいられない気持ちになる、先の見えない暗闇の世界のそれ。

「だから、私はここに居る」

 誰か、どうか、この人に光を。
 と、願わずにいられなくなるような、暗闇の。

「さて」

 うかびが俺を見て笑った。俺は思わず身を引いた。

「行こうか」

 何処へと聞ける時間も無く。俺は視界が黒くなる中、俺を呼ぶ数多の声を遠くに感じていた。
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