閑話『夢を売る市場』

文字数 5,609文字

「らいあ、るる行って来るん」

「……るる、やはり」

「止めないで、らいあ。るるはこの日の為に鍛えて来たんだるん。過去の自分に報いる為にも未来のるるの笑みの為にも、るるは行くるん!」

「くっ……るるっ!」

 『年明けの早朝。白銀の雪が美しく村を覆った。

 そんな村の中央、零輪地区で我が子を案じ葛藤する親といざ行かんと勇ましく立つ子がいた。

 そこへ現れるは分厚いセーターと貼るカイロを身に纏った一人の散歩人。

 果たして、親子の運命や如何に!?』



「と、いう感じるんかな?」

「やっほー何事ー?あっけーこっとー言いに来たんだけど」

 散歩人・うしおは手土産に蓮根を持ち新年の挨拶に来ていた。門の手前から見ていたら面白そうだったので意気揚々と巻き込まれに来たのだ。

「ああ、うしお。丁度良い。明けましておめでとう。今年も宜し……ううむ、昨年の事が脳裏に浮かぶな……。まあそれは置いといて。るるの盾となってくれ」

 恨むべくは過去の己だったか。
 うしおは両目を手で覆い空を仰いだ。

「明けましておめでとう。ごめん今泣きそうだから盾にはなれない。え?盾?」

「明けましておめでとう、うしお。今年も宜し……くと言っていいのか分からないるんねぇ。るるの盾になってくれたら食卓にるるの人生で初めていくらが並」

「盾のうしおが参りました。あっちの市場の『たまに開催超初売り祭り』の事だろ?今年はやるんだなぁ。さあ! いざ行かん!」

 そっかー何か忘れてると思ってたら初売りだよ初売り! あの市場の初売りってとんでもない安さなんだよなー。何年振りに開くんだろう?こりゃ行かんとなー。

「うしお、これを頭に」

 らいあの手には細編みの空色の毛糸の帽子が。

「毛糸の帽子?」

「防御壁を染み込ませた毛糸を縫い込んだ帽子だ。例え岩が当たろうと外部にも内部にも衝撃は一切無い」

「俺何と闘わされんの?」

 行くのは初売り中の市場だよね?

「るるも被っている」

 らいあの示した先には耳当てから伸びる紐の先に付いた大きなポンポンを揺らして両手を腰に宛て胸を張るるるが。

「るるは何と闘うの?」

 人が多いから被るんだよね?市場が戦闘場になってる訳じゃないよね?

「さあ! 行くるん、うしお! るるの人生で初の初売りなんだるん。包子の里では正月は寝正月だったのるん。初売で夢安になったいくらと干し柿と蟹の肩は待ってくれないるん! その後は石鹸と布地を詰めて詰めて詰めまくるん! 余力があれば毛糸巻き放題へ行くるん!」

「夢安って?あれ?なんか増えてない?あ、俺石鹸詰めてみたい」

「おっけーるん! うしおが居るから増やしたるん。初売りの先輩方いわく、買えなかったら

に出て一年間魘されるほど

いってことらしいるん」

「初売りの先輩方が一年間も魘されてんの!?夢安こわい」

「うしお、気をつけよ。爪で石鹸を削ってしまった場合、問答無用で買い取りとなるそうだぞ」

「ぬっはっはー、爪なら昨日切ってあるぜえー」

「素晴らしい」

「準備は万端るん! 行ってきまするん!」

 ポンポンをポンポンと跳ねながら雪のうっすら積もった道をシャックザック歩むるる。その背にはペタンコだが巨大な鞄が。

「うしお、資金を」

 良かった。俺が一銭も持ち歩いてないことよく御存知で。

「さんきゅー。んじゃ行ってきまーす。あ、これ、蓮根あげる」

「あ、ああ、ありがとう。気をつけて。行ってらっしゃい」



「る、るるーっ! るるーっ!! な、ながさ、流されるーっ!」

 無事いくらを購入して気を抜いてしまった俺は今、人波に呑まれ揉まれていた。
 ほんとごめん盾無理。

「うしおーっ! そっちへ行くなら干し柿詰めて来てるーんっ!」

 るるの声よく通るーっ!

「りょーかおおおおっ!?」

 人波がうぇーぶした。うぇーぶが人波で人波がうぇーぶってる。しかし俺は何を言ってんだ。久しぶりに朝早く起き過ぎたかな。まだ眠いのかもしれない。

「緑茶詰め放題じゃなくてーっ! 干し柿るーんっ!」

 おっけー! と答えたものの多分るるに届いてないだろう。ま、俺はびみょーにがんばっかねー。



「んもーうしお行っちゃったるーん。」

 るるは黄色い線の内側に居た。
 赤い線の方は青果コーナーへの移動通路だからこっちに並んでねって言ったのにるん。布詰め放題はうしおに袋を支えてもらおうとおったのにるん。まあ仕方ないるん。るるはるるで買ってこよーっと。

「るるちゃん」

 聞き慣れた声に振り返る。そこには林檎の盛られた籠を抱える先輩が。

「あ、りんご積み放題の先輩! 明けましておめでとうございまするん! 今年も宜しくお願い致しまするん!」

「明けましておめでと。今年も宜しくね。いくらは買えた?」

「一瓶買えたるーん。先輩達のアドバイスのおかげるーん」

「良かったわねぇ。ほんとに安いでしょ?」

「安いるん。いつもの四分の一の値段るんもん。それにしても、この村にはこんなに人が居たるんね」

「この市場での初売りは三年ぶりだもの、零輪のほとんどの人が来てそうね。来年も開催するとは限らないわ。たんと買ってらっしゃいな。食べ物は未来の自分を左右するものだからね」

「はい! るる行ってきます!」

「行ってらっしゃい。はい、りんご」

「わあ! ありがとるん!」

「らいあさんにも宜しくね。あー、うしおはいいからね。あの子庭のさやえんどう勝手に筋取って籠に置いてってくれるけどその時にいっつも遭遇しちゃうから、私から言うわ」

「分かったるん。またね」

「またね」

 知り合いとの出会いに力を貰えたるる。

「さー、まだまだ買うるーん!」

 拳を高く上げ、るるは鮮魚コーナーの奥地へと進むのだった。



「る、るるぅぅ」

「小説に蚊の鳴くような声って表現があるん。そんな感じるんね」

 うしおしぼんだるん?

 蟹の肩を手に入れたるるは『生鮮棟』の隣にある別棟『生活棟』に来ていた。布地詰め放題は挑戦中の皆様方と共闘し無事完了した。当て布用も服を作る用も手に入り一安心したるるは、催事場脇の休憩コーナーにて財布と鞄の中を整頓中だった。

「ほ、干し柿と石鹸んん」

 ぷるぷると震える腕で差し出された二つの紙袋には、身の厚いたくさんの干し柿と色とりどりの固形石鹸と液体石鹸の瓶がずっしりと入っていた。

「おー! やったるーん! るるもいくらと蟹と布地買えたるん。毛糸巻きに行けそうるん?別棟だから人は少ないるんよ。ほら、もう見えてるん」

 干し柿を一粒渡しながら聞けばうしおは早々と回復した。

「じゃー行くー。ってあれは何に巻き付けてんの?」

「筒るん。あの筒が壊れるまで巻いていいるん」

「壊れるまで?壊れなかったらどーすんの」

「わりと簡単に壊れるらしいるん。初めてで加減が分からないるんから、かなーりソフトに巻くつもりるん」

「俺荷物持ってるわって、この筒最中じゃない?」

「え?ほんとるん、袋に入った筒型最中るん」

 最中は食べられるん?確かにこれは壊れやすそうるん。あ、毛糸の種類いろいろあるん。色は混ぜて使うと楽しいるんから、素材を選ぼうかな。夏用とー冬用とー。
 等考えていると横から声が掛かった。

「どーもー、お客さん。毛糸巻き放題初めて?ってうしおかー。明けましておめでとう。今年も試食販売員頼むよ。おや、るるちゃんこんにちは。明けましておめでとうございます。今年もどうぞ御贔屓に」

「どうも。初めて初めてー。ってうしおかー、のうしおだよー。明けましておめでとうございます。今年も時々雇ってください」

 うしおが試食販売員していると、古参の皆様から初めての方まで食べて帰るらしいるん。……そこは買って帰るなのではないるんか?

「こんにちはるん。明けましておめでとうございまするん。こちらこそおいしい食べ物を宜しくお願い致しまするん。社長、これ最中るん?」

「え?社長だったの?」

「いや、店長だよ。この前『社長なりたかったなー』って言ったら社長って社長もみんなも呼んでくれるようになってさ」

「そっかー優しいねぇ」

「優しいー。ああ、これ最中なんだけど、中にくじ入ってるからね。巻いてると確実に割れるから、くじ出たらお家で見てね。正月明けから使える割引券か引換券だからね。最中は食べれるよ。もし良かったらうちで炊いたあんが西の入り口で売ってるからね」

「ぜひいただいていくるん。じゃあ巻いてみるん」

「まいどー」

「がんばー」



「と、いうことるん」

「なるほど、よう巻いたな。さすがるるだ」

「かなーり巻いたよねー」

「るんっ。巻いたるーん」

 炬燵の上には巻きに巻かれた色とりどりの毛糸の玉。

 巻いたなー。小玉西瓜に見えて来たぜ。

「毛糸と布地は向こう二~三年分はあるだろう。安泰だ」

「やったるん。これこれ、くじ見てるん」

「おや、“中吉・毛糸十玉か毛糸針一本と引き換え”か。なかなか良いな」

「すっげー、太っ腹なの当たったなー」

「布地もね、一緒に詰めてたみなさんと詰め合いっこしたるん。とっても楽しかったるん」

「俺もー。みんなで香りとか確めながら詰めたぜ。俺はこんぐらいかなーって思ってもみんなが『まだ入るまだ入る』言うもんだからさ、袋破ける寸前まで入れれたよ」

「そうか。二人ともよき時間を過ごせたようだな」

「るーんっ。楽しさも安さも量も満足るーん」

「俺も。いい体験出来たわぁ」

「お腹減ったるーん。いくら食べようるん。蟹は凍ってて日は持つから冷凍庫へ入れておくるん。いくらは味がついてるん。ご飯は炊いてあるから、丼にするん?」

「そうしよう」

「いぇーい」

 今日は茶の間で炬燵に入りながら食べることにした。

「らいあ、黒豆食べて」

 健康健康。今年は体調もっとよくなりますように。

「俺は栗きんとんちょうだい」

 金運金運。一年ほどほどぼちぼちと生活できますように。

「るるは」

「るるは昆布巻き。よろこんぶるん」

「いいねー。よろこんぶよろこんぶ」

 喜び喜び。今年は喜ぶ事があるだけでなく喜びを感じられる自分でありますように。

「餡もあるのか?」

「るん、社長に勧められて買っちゃったるん」

 こしあんと粒あんを同じ量買ったるる。こしあんは早速湯で溶き、粒あんは最中に添えている。
 あー、あったかい香りがすると安心するわー。

「分かるー。俺試食販売員なのに練習で社長の説明聞いてると買っちゃうもん」

「ん?あそこの社長は口下手と言われていたがな」

「あー、店長の事。なんか、『社長なりたかったなー』って言ったらみんな店長の事社長って呼んで、社長の事おやっさんって呼ぶようになったんだって」

「そう言うことか。了解した。るるとうしおの闘いの品だ。心していただこうか。いただきます」

「るーん、いただきまするーん」

「いっただっきまーす」

 白米を覆った朝日色のとろりとした粒達を潰さないように掬い上げる。

「おいしい」

「ぷちぷちおいしいるーん」

「うんめぇぇー。流された甲斐あったわぁ」

 膨らんだ腹を撫でて炬燵の熱で寝そうな目蓋を逆らわず閉じる。
 あー、今朝は夢見なかったなー。満たされている今なら山も鳥も野菜も大量に出てきてくれる気がする。あ、夢と言えば。

「社長に聞いたんだけどさ、夢安って元はおやっさんの『ここは夢を売る市場なんだ』って口癖から来たらしいよ」

「夢を売る市場るん?」

「うん。おやっさんはそれしか話さないから詳しく分からないって言ってたけどさ」

「ほう、社長……おやっさんだったか?らしいな」

「そなの?」

「ああ、『誰かの綱になるものしか売らない』と言っていた」

「つな」

「そうだ。おやっさんは社長になる前から、その身の助けになる、気持ちを支える、引っ張る、そういったものを見つけるのが得意だった。それで先代の社長に社長に指名された」

「ふぇー、知らなかったー。らいあ仲良いの?」

「仲が良いと言うよりも、おやっさんがまだ仕入れ担当になったばかりの頃の仕入れの場面に偶然立ち会わせてな、買い叩かれそうになっていることに気付いたのでこっそり耳打ちしただけだ」

「へー、そーなんだー」

 るるは首を傾げている。

「前から不思議に思ってたるんけど、うしおはらいあのこと意外と知らないるんね?」

「そうそう。俺あんまり側に居ないのよ。知られ過ぎて嫌われるより、知られなくて嫌われた方がいいじゃん?」

「何故嫌われる前提るん」

「んー?ほんとだ。なんでだろ。らいあには追い出されないって自信もあんのに、変だね」

「変ではない。そういうものだよ、恐らく」

「そっか。らいあがそういうならいいね」

 服を捲りお腹を出して横になるうしお。
 あ、寝るるんね。炬燵からは出なきゃ駄目るんよー。

「うしお、お前はもう少し私にかまえ」

「構え?姿勢正せってこと?」

 起き上がるうしお。

 やっぱうしおはらいあを大事に思ってるんね。他の人から声掛けられたなら何がなんでも寝てるはずるん。

「違う。側におれと言うことだ」

「……え?」

「前の私達ならば、互いに気を遣い過ぎて行き詰まっておったやもしれん。しかし今はるるがおる。ひめめもこけーここもまつごろうもおろう?きーもせいもしゅゆもたてこうも。詰まるには光が多くて詰まれん程ではないか。それに、何より、お前とはもうちと仲良うおりたいのだ……駄目だろうか?」

「よ、よ、よ、よ、よ、喜んでえええええっ!!」

「うるさいるん」

「ごめんなさいっ! 俺ここに住もっか?」

「いや、それは断る」

「ええぇー」

 仲の良い二人るん。
 るるは蜜柑を剥き剥き二人を見ていた。
 るるもこんな雰囲気のお友達出来るんかな?ん?いまなっちゃえば良いのでは?うしおとならなれそうるん。

「うしおー」

「んー?」

「今年も宜しくるん」

 うしおは一度固まったが数秒後には戻った。その間にらいあは「宜しくな」と、うしおの肩をトンッとノックしていた。

「えへへー宜しくー」

 うしおの眉の下がった笑みといくらの味とらいあの恥ずかしそうな笑みが今年の新年の思い出になりそうるんねぇ。
 ふむ、いいことるーん。
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