昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・十四

文字数 3,387文字

 『それもこれも、木をどうにかしてからだけどなぁ。どういう風に調子悪いんだろうなあ?そら、木はどうして枯れそうなんだ?』

 のっしのっしと歩くじぃの頭の上でそらがもぞもぞとしている。

 起き上がったのかな?望遠鏡が欲しくなってきた。じぃの頭からぼく達の居る背中の前側まで、何メートルあるんだろ?

 『みちとじた』

 『え?あれ道が閉じてたの?気付かなかったなー。じゃ、開けば良いってことか?向こうの木と繋げないといけないのか?』

 『みちひらくいきる』

 『道を開けば木は生きられると。向こうの木とは関係ないと。じゃあ、どうすれば開くんだ?』

 『みんなとおる』

「道を私達で通る?」

「へぇ、どんな道なんだろうね」

「私と君を指名した理由が“力”の質で無ければ良いが」

 考え込むおにゃもーらの目には、新たな光があった。さっきまでの、諦めても諦めても諦めきれないでいるけれど諦めてしまったように見えた目も好きだけど、いまの、何がなんでも進んでやろうって目も好きだな。

 『お、見えて来たぞー』

 え?何処に?見渡してもまだ花畑の途中なのに。

 と、ある所で体が何か軟らかいものの中をぷにゅっと通り抜けた感覚になった。そこを境に景色ががらっと変わった。鼻をくすぐる、土と新緑の香り。

「わあ……すごく、すごくきれい」
「……これは、圧巻、としか表せないな」

 ぼくたちは空を見上げて感嘆の声を上げるしか出来なかった。

 空を覆って伸びる枝々の葉は一枚一枚が太陽の光を跳ね返してキラキラキラキラ輝いていて、万華鏡の中に入ったかの様だ。自分が道端の石と思えるくらいの、噎せ返る濃厚ないのちの気配が巨木から沸き立っている。眩しい。大穴から出た時も眩しかったけど、あれとは違う眩しさが、ぼくの視界を満たした。いまぼくの瞳を覗いたら、宝石よりも光が乱反射しているのではないかな。

 木から吹く風が柔らかくて涼しくて優しくて、なんだか、木に、ありがとうって言われているみたいな気持ちになった。おにゃもーらも気持ち良さそうに深呼吸してる。いや、腹式呼吸かな?ぼくもしとこうっと。

 『きひかる』
 そらの声もどこか自慢気に聞こえる。

「うん、光ってるね。葉が光ってるのかな?」

「幹の苔や蔦もだ。発光植物がこれほど集まっているのは初めて見た」

 筋肉隆々と言いたくなる幹や根の苔も蔦もそれぞれが違う光り方をしていて、まるで木を引き立てる為に明かりをつけている様だ。ゆらゆら光るもの、常時光るもの、たまにパッと光るもの、花も苔も葉も蔦も茸も、どれもこれもが賑やかに光り照らしている。

 『あああほんとだ道が閉じてる! 急げば間に合うぞぉ! よし、突っ込むか!』
「え?」
「は?」

 見惚れていたぼく達を現実へ戻したのは、じぃのとんでもない一言だった。

 『じぃとおる』

 『よし! 行くぜ!』

「え?いや、待っ」

「待った! 君が通った後は、まさか私達の世界へ行くのか?ならば場所がまずい! 住宅街なんだ!」

 おにゃもーらが身を乗り出して動き出したじぃに訴える。ぼくはおにゃもーらが落ちないよう、腰のベルトと木の枝を掴んでいた。
 おにゃもーらのバランス感覚は抜群で、ぼくより揺れてないんだけど、足元がツルツルだからね。念の為。

 『分かったー! そら、もしあっちに行っちゃったら、着く前におれの事小さくしてなー』

 『じぃあっちまえちいさく』

 『よーし! 準備万端! 行っくぞー!』

「しゅゆ! そら! 私と木に掴まれ!」

「そら! こっちへ! わっ!?」

 ぼくはおにゃもーらに片腕で抱え込まれた。そらはぼくのおでこに引っ付いた気がする。

「おにゃもーら! そらは!?」

「君の額だ!」

 当たってた。そして、視界がまた変わった。


 『おー、狭い狭い』

 じぃの笑いがケラケラ木霊す謎空間。何ここ!?地面も川も海も何にもないのに揺れ過ぎるんだけど!?

「笑ってる場合なの!?嵐の川より嵐なんだけど!?」

「絶対に落とさんから安心しろ!」

 おにゃもーらの指が痛いくらいぼくの肩に食い込んでいる。片腕全体でぼくを自分自身に押さえつけるように支えてくれているのだ。

「信じてる!」

 嵐に負けじと吠え合うぼく達。対称的に、じぃは楽しそう、そらは円やかだ。

 『おにゃもーらあらしほしい』
「「いらないいらない!!」」
「むしろ凪がほしい!」
「良いねそれ!」
 『おにゃもーらなぎほしい』
「「ほしい!!」」

 誰かとここまで心が一つになったことが、いままでの人生で果たしてあったろうか。

 『よし! 固定出来たぞー』

 『おにゃもーらしゅゆそらんぱー』
「何をんぱー!?」
「どの“力”だ!?」

 『んぱー』
 光るそらの体。

 説明は!?臨機応変にも程があるんだから!?

「始まっちゃったよ!?ええい! もろともだああっ!」

「君っ!?強行突破型の“力”を全力でか?! 仕方ない! ハアアッ!」

 『おれもんぱー』

 全方向へ四つの“力”が延び迸る。どのくらいの時間がたったのか、何時しか嵐が強風になり、強風がそよ風へと変わっていった。

 『おにゃもーらよわく』

「分かった」

 『しゅゆそのまま』
「了解!」
 『じぃじゃま』
 『じぃ邪魔!?』

 かわいいかわいいと愛でている子からの痛烈の極みに、じぃの“力”がかなり弱まった。背に生えている木の枝が心なしか下がった気がする。じぃの“力”が弱まると、一ヶ所にぽっかりと空洞が出来た。そらはそこの前へ行った。

 『おにゃもーらここんぱー』

「クッ、分かったが……そろそろ、“力”がっ」

「同じくっ」

 『が、がんばれぇぇ』
 じぃの弱々しい声援が木霊す。

 完全に嵐が収まってからぼく達は離れて立っていたが、放出量が限界に近付いたぼくが膝を折ると、おにゃもーらは「君、“力”を、止めろ」と息を切らしながら言った。

「これ以上は、クッ、体にっ、障る」

 確かに、なんの役にも立たないくらいの“力”しかさっきから出てないけどさ。

「ハァ、けど、そらから、何も」

 『しゅゆおにゃもーらんぱーやめるきた』

 そらの声と同時にぼくとおにゃもーらは“力”を止めて、木にどさりと倒れ込んだ。

 『おー、珍しいやつ来たなー』
 じぃの声が興奮で少し上擦っている。

 何が来たの?なんも見えないんだけど。

 『そらんあー』

 そらが“力”の質を変えた。あれは、信号?

「ハァ……読み、取れない。構築が、全く、違う。発音からして、異なる、な」

 悔しそうだけど、それが分かるだけでもすごいよ、おにゃもーら。ぼくには波線がしっちゃかめっちゃかに書かれた、昆布を削ったようなびろびろした何かが、そらから発されてるとしか分からない。

「うわあっ!?」
 情けない悲鳴をあげたのは久しぶりだ。原因はぼくを抱え込んだおにゃもーらだ。文句を言いたいが守る為だと分かったので言えない。

「後で聞いてやる」

 バレている。おおねといい、おにゃもーらといい、たてこうといい、何故ぼくの思考が読めるの? 

「うわ、空間、歪んでる」

「あまり見るな。精神だけでも引き摺り込まれる類いだ」

 おにゃもーらがぼくを頭から抱え込んだのは、そらの前の空間が酷く歪んだからだ。おにゃもーらは残り少ない“力”でぼくの周りに防御壁を張っている。“力”の使い方、おにゃもーらも上手だよ。微量で出来る範囲を超えた防御壁が作られてる。それにしてもさ、ぼくは息がまだ整っていないのにおにゃもーらは少し荒い程度だよ。ぼくも鍛えなきゃね。

 『まかせる』

「じぃ、そら、なんて?」

 『美子みこに任せるってよ。こんだけ“力”渡したから、美子なら大丈夫。完全に直してくれる』

「大丈夫なのは、良いんだけど、美子?」

 おにゃもーらが耳元で息をのんだ。おにゃもーらは真剣な顔を緊張させた。

「……しゅゆ、美子の事、戻っても誰にも話すなよ」

 ……えっ、いま、しゅゆって、ぼくの事しゅゆって呼んだ?美子の事どうでも良くなっちゃったよ。おにゃもーら、初めてぼくの名前呼んだね。まさかこんなに仲良くなるとは思わなくて、初めは悪いことしちゃったなぁ。反省してもおにゃもーらの怪我は治らないから、ぼくはぼくで出来る事をしていくしかないよね。とりあえず、帰ったらそらにおにゃもーらの家に連れて行ってもらって、ご飯作ろうかな。

「美子は、秘匿されている楽子だ」

 『え?そうなの?』

 じぃが驚いてる。こっちでは秘密じゃないのかな?
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