腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である・四

文字数 2,984文字

「ごちそーさまでーしたー」

 俺が食べ終わった頃には、食卓には茶を啜るきーちゃんしかいなかった。
 あれれー?俺、昨日の話纏めに来たって話したよなぁー?なんでだんれも居ないのかんなんー?食器すらないんなんー?

「そりゃまぁ皆、さほど興味も何も無いんだろうねぇ」

 きーちゃん、俺泣くよ?

 食器を流しに持っていくと、でっかい人が洗い物をしていた。

 えっとー、たてこーだっけ?しゅゆって子のおてて握ってくれてた子だよね?子?確からいあは子って言ってたよね?俺より年上なのは確実だろうと思うけど、子なの?まぁどっちでもいいんだけどさ。

「やっほー、食器洗ってて偉んいんねー。みんなの洗ってんのん?俺のも洗ってくれっかなー?」

「ああ、はい。どうぞ、こちらへ」

 裏に何か有りそうなことほぎ流ニコニコ笑いで聞いてみる。が、案外アッサリ返されて拍子抜けして「あっ、どもー」と頭を屈めながらつい返してしまう。

「はい。あの、自分は昨夜途中参加なのですべてを語る程の事は出来ませんが、洗い終え次第戻りますので」

 おおお!この子覚えててくれてるわぁー!

「はいよー」

 感動を抑え、軽く返事をして身を翻す。
 えへ、嬉しー。つい、照れ隠ししちゃったんしぃー。

「ことほぎさん?そうお呼びしても?」

「えっ、うんうん。いーよぉー」

 名前を呼ばれてちょっと嬉しかったので、振り返りとことこ数歩戻る。

「ことほぎさん」

「うん?」

「しゅゆが失礼しました」

「あっ、ううん。まず俺が失礼なんで」

「自覚あるんですね」

「うっ、うん、まぁあるんだけんども」

 あるよ。でもこれが“ことほぎ”なんで。変えるつもりさらさらないんもんで。

「あの」

「うん?」

「その獲物は自分達に使う予定の物ですか?」

 俺は後ろへ大きく跳び一気に間合いを取った。
 おうおう、やっぱらいあの知り合いって油断ならんねん。これに気付くなんて。

「正直ですね。自分がカマを掛けている可能性は考えないのですか?」

 ザージャバジャバ。

 そんな淡々と洗い物をしながらする会話かんなん?これ。

「らいあの知り合いなんだんもん。カマより実を取らんとんなぁ」

「そうですか」

 なんだろなぁ?だんだん腹立って来たんなん。

「ねぇ、俺のことナメテんのん?」

「何故?」

 いや、そんな不思議そうに首傾げられても。かわいくないぞ。

「洗い物しながらこんな話してんだもんさぁ。俺のことよわっちぃと思ってんのん?」

「まさか。あなたは南東区の村境の区長ですよね?あんな場所を守っている方が弱い等と、欠片も思えませんよ」

 “ことほぎ”の顔か名前を知ってるのか。まぁ、“ことほぎ”ってばモテるから噂にもなるんかなー。

「縁っ子区長ったぁ馬鹿にするやついんだんよ?」
「なんと、村境の重要さを理解していないのでしょうか?特に南東は狩人の森と南の大国との境目が見える地区ですよね?森と隣国、両方の異変を嗅ぎ取る役目を追う地区を馬鹿にするなんて、恐ろしいのはその人自身か、危機を知らぬ平和さか、それとも他の何かか。どれなのでしょうね」

 あの、たてこー、意外とけっこうしゃべんだんね。

「いや……それは分からんけんども。まぁ、どうも?って言っとく?」

「常日頃の働きを鑑みれば礼を言わねばならぬのはこちらかと思いますが、ひとまずいただいておきます」

 えっと、なんか気ぃ抜けんるんなぁ。

「あ、うん……で、なんだっけ?俺の獲物についてだっけ?知ってどうすんのさ?言っとくけど、敵に回したらホント酷いことんなん相手もおるんよん?」

 例えばあっちの地区長とかあっちの地区長とかあっちの地区長とかね。

「いえ、知りたいことは知れたのでもういいです」

 そう言って食器を拭いていくたてこーは、もうこちらを見もしなくなった。

「ふぇ?」

 変な声出ちゃったよ。ど、どういうこと?っていうか!

「どういうこと?ていうか! お前さんらちょっと大人し過ぎじゃない?人一人連れ去られてんだんよ?」

「連れ去られていないので騒ぐ必要はないかと」

「え?」

 俺はポカンと口を開いて固まった。

 え?連れ去られていない?どゆこと?

「あなた方もご存知ないので驚かれるのは仕方がないのかもしれません。うしおという人物は、自分の意に反した事を強要されるのならばどんな相手にでも逆らいます。うしおさんが去る前、その様なことは起き無かった」

「ええっ!?そんな強いんのん?あの人。俺はうーん、そうだな、数回話した事はあるってくらいの知り合いだけんどん、強い感じも器用なところも見えなかったんなん」

「見えないでしょうね。無いので」

「無いので?」

「はい」

 コノコハイッタイナニヲイッテイルノ?

「ごめん。ギブアップ。わけわからんのん」

「恐らく自分も似た気持ちです」

「はぁ?」

 怒りをぶちまけそうになった自分を即座に抑え込む。うん、落ち着こう落ち着こう落ち着こう俺。さっきたてこーは『あなた方も・』と言った。つまり、たてこーも俺もあまりご存じないから分からんなー、と言う事だよな。うん、きっと多分恐らくそう。

「自分は、うしおさんを守る側だと思っていました。正直、今も。ですが実際そうではないのではないのかと、昨夜考えた次第です。が、確かでないのでなんとも言えない思いが渦巻いてます。なので食器を洗う役を買いました。水は冷たいので熱くならずに済みます」

「そんな理由だったんのん?ってかホント昨日何があったんさん?もう俺、感情と思考を何処に置いてどう動かしたらいいのかわからんのんだが?」

「俺の目線と物差しで言えば」

「言えば」

 たてこうは蛇口を絞り水の流れを止めた。
 お願い。手は盥の水に突っ込ん出てんねん。熱くならずにいきましょ?

「まるで劇でした」

「劇?劇ってぇ、あの劇?歌ってぇー踊ってぇー」

「自分達は歌いも踊りもしていませんが、近いかと」

「……俺帰ろっかんなん」

「何故?」

「何故って、面倒になる気配しかしなんいんだって」

 昨夜が劇の一幕としたら、それは一幕物ではきっとない。続く。しかも、今見えているのが田んぼの畦道程の細い水の流れの真ん中であるとしたら、前後が隠されている。源泉から海へと流れ行く水の生涯。それを演じるのは、否、演じさせられるのは、誰?

「正解だ」

 らいあの声だ。うん、だよね。居るよね。予感してたよ。

 奥の土壁がベロリと剥がれる。剥がれたのは同じ土壁や家具の絵柄の布。
 きーちゃんの染め物術『染め隠れ』だな。てか、きーちゃんいつの間に移動してたのよ?俺がここに来るまで一緒にお茶飲んでたよね?先に俺がここへ来たよね?うん、考えないでおこう。
 しかもなんで君らは普通に登場しないんかね?俺も?いやいや、俺はちゃんと靴脱いで縁側から上がって襖開けましたんよん。え?縁側の硝子扉の鍵?そりゃ開けましたよごめんなさい。本気で謝るからその凍った目線を少し溶かしてください、るるちゃん。
 ……でも冷たい目もトテモ素敵でごめんなさいごめんなさい! らいあ!それ仕舞って! なんなの!?この前まで弱ってたっぽくて守ってあげたんいん! って“ことほぎ”に思わせてたから元気になって良かったけど元気になり過ぎでは!?
 ちょっ!?今朝の二人も便乗して武器出してますよ!?しかもめっちゃめちゃに笑みだよ!?笑み満開だよ!?
 たてこー! たてこーさあーん! 洗い物してる場合じゃないかんらんー!
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