腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である・二十三Sideだいち
文字数 3,175文字
先ほど抱いた、喉に魚の小骨が引っ掛かったような違和感は消えないが今は一番気になる事を聞こう。
「あの、ちなみにこの魚は何処から?」
食べ頃に焼け香ばしい香りを漂わせる焼き魚は一般的で、主に初夏からの季節に食卓に並べられる種だ。この村の川ならば何処でも捕れるが時期も場所も今は捕れない。市場の養殖場には年中あるけれど旬以外では高い。
「さっきの川るん。捕れた魚を石で囲って川に入れておいたのるん」
るるさんが示した少し先に川があった。
「おや、話していて気付きませんでした。もう川まで戻って来ていたんですね」
「違うぞ。川をこっちへ移動させたのだ。ここでは想像が“力”よりも力になるからな」
“力”よりも力になる?それとも力よりも“力”になるか?口頭だと同じ発音と強弱で分かりにくい。区別するために“力”と言う時に手か顔を横に動かす公的なジェスチャーもあるが、日常では使われない方が多い。
「ああ、済まぬ。“力”よりも力になる、だ」
らいあ区長は手振りを入れて言い直した。
「いえいえ。そうでしたか」
「るーん、食べてもお腹が膨らむのはここだけでるんけどね」
「え?」
「これは愛子様から溢れてる“力”をるる達が想像で創造したものるん。食べると“力”が補充されて満たされた感じになるけど、食べ物としての栄養は摂れてないるんから。現実に戻ったら空腹も甦るんよ。るるの体の時間は進んでるからここも現実るんけど、お腹が膨らまないから夢と同じるん。あ、塩は実際の物るんから塩分補給は出来てるん」
「創造とは、“力”の“創造”でですか?」
「るるる。ただのイメージでるん。るる達が“力”を使わなくても“力”の様になるくらいここは“力”が溢れてるんから」
「成る程」
「この白湯はさららが持って来たものだから水分補給も出来るのな」
「成る程」
旅等に使われる折り畳み式コップを渡された。注がれた白湯から柑橘の香りが漂う。
「すげー。白湯って果物の香りするものなんだん」
「ななな。白湯は本来無味なのな。これは果物の実で味をつけたのな」
「そうなんだん。おもしろーい」
「いろんな果物で試してみるとよいのな。さららはミントも好きなのな。かんぱーい」
唐突な乾杯にも慌てず「「「「かんぱーい」」」」と続く皆さん。驚いた私は「かんぱい?」と微妙に疑問系となりました。
魚はいつものあの味あの食感で、“力”で作られたとは思えないもので。
ふと、幼い頃に聞いた噂話を思い出した。
私の幼い頃、“力”溜まりは『誘いざないの死地』とも呼ばれた。“力”溜まり周辺で人が消え、二度と帰って来なかったからだ。
それ故に、幼い私は“力”溜まりをマグマでも流れているような所だと怖がり決してそちらへ近付かなかった。
しかし、今考えれば『誘い』とわざわざ教えてくれていたのだな。抜け出した誰かがつけたのやもしれない。
想像によってはここは地獄とも天国ともなるのならば。もし引き込まれた恐怖で地獄を想像したのなら、それは恐ろしい死であったろう。それとも。
「現実よりも優しい天国を思い望むままに死んでいったのか、か」
「なに?だいちさん」
「いいえ、おいしいですね。こんなにおいしいのならずっとここに居られそうだな、と思って」
「うーん、みんなで食べるからおいしいけんどん、俺一人だったらここはやんだんなー」
「そうなのですか?」「うん、だって、俺の知らないものと会えなんいんじゃ楽しくないじゃん!」
いい笑顔だなぁ。ことひらきさんと会えて良かったと思う。と、ことひらきさんが耳元に顔を寄せて来た。
「そういえばだいちさん、るるちゃんとのデートは食べ物のあるとこは止めた方が良いよ。食べ物に夢中になっちゃうから。結婚式はしてね。俺行くから呼んでね。あとね……」
ことひらきさん、食べなさい。いまはただただ食べるのです。
「だいち」
年少三人組から少し離れて右側から呼び止められる。さらら様は静かにらいあ区長の右横に並んでいらっしゃる。
「はい」
「試すような真似をして済まなんだ。後はお前の自由だ」
困ったように笑むらいあ区長に圧は無く、先程の話は本当に強制ではないと分かる。まあ、強要されるいわれもする権利もお互い無いから当然か。
「思っていたよりは穏やかなものでした」
「ははっ、そうか」
笑みを浮かべるらいあ区長。知り合った頃では想像も出来ないほど柔和な笑みだ。
「私とるるさんを婚約させるのは諦めてくださいましたか?」
「ほう、婚約話だけか?諦めておらん、と言ったらお前はまだ考えるのか?婚約させると言っておきながら、いざとなったらお前を盾にして逃げる為やもしれんぞ」
「他もですよ。それにらいあ区長はそれはなさりません」
「お前が『始まりの楽子』だからか?」
「いいえ。るるさんが私を好いている事を知っても私がるるさんを利用せずするつもりもない内は、そうなさらないと思います」
「その通りだ。一つ目の理由は『るるがお前を好いた』だからな。そうだ、私の相棒になる話は?」
「丁重にお断りします」
「そうか」
クククッと堪えて笑うらいあ区長に不吉な予感が生まれたので、私はやはり早々に村を出るべきか再び悩み始める。
「だいちさん」
「はい」
いつの間にか私の左横に居たさらら様に少し驚きつつ、それを出さずに返事をする。
「あなた、これからどうするのな?」
「先程聞いたばかりですのでまだ……ではいけないのでしょうね」
「ええ、時間はあまり無いのな。もっと早く伝えれたらよかったのな。父があなたの書類をもっと丁寧にまとめておいてくれたら良かったのにな。片付けの苦手な人でなぁ。なんて言っても仕方ないのな。だいちさん、さららとらいあが急いだのはね、愉子《ゆこ》が村に入ったからなのな」
「ゆこ」
「愉子はまだ笑子《えこ》よりましなのな」
「えこ」
「愉子は実力重視の集団でな。一番早いのは、自分の得意な分野で一度負かせばよいのな。“力”でも力でも知識でも野球でも煮干しのはらわた取りでもなんでも」
「闘い好きな子なのですか?」
「ななな。示した方が話が早いだけなのな。会ったばかりは話聞かない子っこが多いから。理解する気持ちはあるからな、聞いてくれれば話はたいてい通るのな。そしたらな、示した事が例え将来出来なくなっても、『あ、煮干しのはらわた取りの人だ』って覚えて話も聞いてくれるのな。今のはさららの護衛の一人の話なの。さららは“凍”で負かしたのな。だいちさんは汁物とかのお料理おいしいのな。そちらでも勝てると思うのな」
「……汁物の味でもいけますかね?」
「いけると思うのな。だいちさんのお吸い物おいしかったのな」
「明日作りますね」
「嬉しいのなの。それでな、愉子はちゃんと入村手続きをして入ってるの。だから追い出せないからな、絶対会うから、村の中で会ったら勝ってなの」
「そこは逃げるではなく」「一度勝てば後が困らないのな。逃げると負けとみなして態度が大きくなる子達なのな。別にいいんだけど面倒くさくなるの」
「……保温水筒を増やしていろんな汁物を持ち歩きますかね」
「さららから言っておいてなんだけど汁物から離れてもよいと思うのな」
「檸檬のムース……」
「もっと固形にして長持ちさせたらどうかななの」
「クッキー?ああ、でも誰かに食べてもらった事が無くて自信ないです。すみませんが味見を頼めますか」
「もちろん! 食べたいのなの」
「ではせっかくなのでおにぎりと汁物も用意して散歩しましょうかね」
「ピクニックになってるのな。いいな。さららも一緒に行きたいけど、勝った事のある人が居るとな、そちらに気を取られて愉子が勝負を挑んでこないかもなのな。口ばかりでごめんなぁ」
「いえいえそんな、教えていただけて充分です」
「笑子はな、逃げてな」
さらら様の声は、水分を含んだ雪の様にズシンと冷たく重たかった。
「あの、ちなみにこの魚は何処から?」
食べ頃に焼け香ばしい香りを漂わせる焼き魚は一般的で、主に初夏からの季節に食卓に並べられる種だ。この村の川ならば何処でも捕れるが時期も場所も今は捕れない。市場の養殖場には年中あるけれど旬以外では高い。
「さっきの川るん。捕れた魚を石で囲って川に入れておいたのるん」
るるさんが示した少し先に川があった。
「おや、話していて気付きませんでした。もう川まで戻って来ていたんですね」
「違うぞ。川をこっちへ移動させたのだ。ここでは想像が“力”よりも力になるからな」
“力”よりも力になる?それとも力よりも“力”になるか?口頭だと同じ発音と強弱で分かりにくい。区別するために“力”と言う時に手か顔を横に動かす公的なジェスチャーもあるが、日常では使われない方が多い。
「ああ、済まぬ。“力”よりも力になる、だ」
らいあ区長は手振りを入れて言い直した。
「いえいえ。そうでしたか」
「るーん、食べてもお腹が膨らむのはここだけでるんけどね」
「え?」
「これは愛子様から溢れてる“力”をるる達が想像で創造したものるん。食べると“力”が補充されて満たされた感じになるけど、食べ物としての栄養は摂れてないるんから。現実に戻ったら空腹も甦るんよ。るるの体の時間は進んでるからここも現実るんけど、お腹が膨らまないから夢と同じるん。あ、塩は実際の物るんから塩分補給は出来てるん」
「創造とは、“力”の“創造”でですか?」
「るるる。ただのイメージでるん。るる達が“力”を使わなくても“力”の様になるくらいここは“力”が溢れてるんから」
「成る程」
「この白湯はさららが持って来たものだから水分補給も出来るのな」
「成る程」
旅等に使われる折り畳み式コップを渡された。注がれた白湯から柑橘の香りが漂う。
「すげー。白湯って果物の香りするものなんだん」
「ななな。白湯は本来無味なのな。これは果物の実で味をつけたのな」
「そうなんだん。おもしろーい」
「いろんな果物で試してみるとよいのな。さららはミントも好きなのな。かんぱーい」
唐突な乾杯にも慌てず「「「「かんぱーい」」」」と続く皆さん。驚いた私は「かんぱい?」と微妙に疑問系となりました。
魚はいつものあの味あの食感で、“力”で作られたとは思えないもので。
ふと、幼い頃に聞いた噂話を思い出した。
私の幼い頃、“力”溜まりは『誘いざないの死地』とも呼ばれた。“力”溜まり周辺で人が消え、二度と帰って来なかったからだ。
それ故に、幼い私は“力”溜まりをマグマでも流れているような所だと怖がり決してそちらへ近付かなかった。
しかし、今考えれば『誘い』とわざわざ教えてくれていたのだな。抜け出した誰かがつけたのやもしれない。
想像によってはここは地獄とも天国ともなるのならば。もし引き込まれた恐怖で地獄を想像したのなら、それは恐ろしい死であったろう。それとも。
「現実よりも優しい天国を思い望むままに死んでいったのか、か」
「なに?だいちさん」
「いいえ、おいしいですね。こんなにおいしいのならずっとここに居られそうだな、と思って」
「うーん、みんなで食べるからおいしいけんどん、俺一人だったらここはやんだんなー」
「そうなのですか?」「うん、だって、俺の知らないものと会えなんいんじゃ楽しくないじゃん!」
いい笑顔だなぁ。ことひらきさんと会えて良かったと思う。と、ことひらきさんが耳元に顔を寄せて来た。
「そういえばだいちさん、るるちゃんとのデートは食べ物のあるとこは止めた方が良いよ。食べ物に夢中になっちゃうから。結婚式はしてね。俺行くから呼んでね。あとね……」
ことひらきさん、食べなさい。いまはただただ食べるのです。
「だいち」
年少三人組から少し離れて右側から呼び止められる。さらら様は静かにらいあ区長の右横に並んでいらっしゃる。
「はい」
「試すような真似をして済まなんだ。後はお前の自由だ」
困ったように笑むらいあ区長に圧は無く、先程の話は本当に強制ではないと分かる。まあ、強要されるいわれもする権利もお互い無いから当然か。
「思っていたよりは穏やかなものでした」
「ははっ、そうか」
笑みを浮かべるらいあ区長。知り合った頃では想像も出来ないほど柔和な笑みだ。
「私とるるさんを婚約させるのは諦めてくださいましたか?」
「ほう、婚約話だけか?諦めておらん、と言ったらお前はまだ考えるのか?婚約させると言っておきながら、いざとなったらお前を盾にして逃げる為やもしれんぞ」
「他もですよ。それにらいあ区長はそれはなさりません」
「お前が『始まりの楽子』だからか?」
「いいえ。るるさんが私を好いている事を知っても私がるるさんを利用せずするつもりもない内は、そうなさらないと思います」
「その通りだ。一つ目の理由は『るるがお前を好いた』だからな。そうだ、私の相棒になる話は?」
「丁重にお断りします」
「そうか」
クククッと堪えて笑うらいあ区長に不吉な予感が生まれたので、私はやはり早々に村を出るべきか再び悩み始める。
「だいちさん」
「はい」
いつの間にか私の左横に居たさらら様に少し驚きつつ、それを出さずに返事をする。
「あなた、これからどうするのな?」
「先程聞いたばかりですのでまだ……ではいけないのでしょうね」
「ええ、時間はあまり無いのな。もっと早く伝えれたらよかったのな。父があなたの書類をもっと丁寧にまとめておいてくれたら良かったのにな。片付けの苦手な人でなぁ。なんて言っても仕方ないのな。だいちさん、さららとらいあが急いだのはね、愉子《ゆこ》が村に入ったからなのな」
「ゆこ」
「愉子はまだ笑子《えこ》よりましなのな」
「えこ」
「愉子は実力重視の集団でな。一番早いのは、自分の得意な分野で一度負かせばよいのな。“力”でも力でも知識でも野球でも煮干しのはらわた取りでもなんでも」
「闘い好きな子なのですか?」
「ななな。示した方が話が早いだけなのな。会ったばかりは話聞かない子っこが多いから。理解する気持ちはあるからな、聞いてくれれば話はたいてい通るのな。そしたらな、示した事が例え将来出来なくなっても、『あ、煮干しのはらわた取りの人だ』って覚えて話も聞いてくれるのな。今のはさららの護衛の一人の話なの。さららは“凍”で負かしたのな。だいちさんは汁物とかのお料理おいしいのな。そちらでも勝てると思うのな」
「……汁物の味でもいけますかね?」
「いけると思うのな。だいちさんのお吸い物おいしかったのな」
「明日作りますね」
「嬉しいのなの。それでな、愉子はちゃんと入村手続きをして入ってるの。だから追い出せないからな、絶対会うから、村の中で会ったら勝ってなの」
「そこは逃げるではなく」「一度勝てば後が困らないのな。逃げると負けとみなして態度が大きくなる子達なのな。別にいいんだけど面倒くさくなるの」
「……保温水筒を増やしていろんな汁物を持ち歩きますかね」
「さららから言っておいてなんだけど汁物から離れてもよいと思うのな」
「檸檬のムース……」
「もっと固形にして長持ちさせたらどうかななの」
「クッキー?ああ、でも誰かに食べてもらった事が無くて自信ないです。すみませんが味見を頼めますか」
「もちろん! 食べたいのなの」
「ではせっかくなのでおにぎりと汁物も用意して散歩しましょうかね」
「ピクニックになってるのな。いいな。さららも一緒に行きたいけど、勝った事のある人が居るとな、そちらに気を取られて愉子が勝負を挑んでこないかもなのな。口ばかりでごめんなぁ」
「いえいえそんな、教えていただけて充分です」
「笑子はな、逃げてな」
さらら様の声は、水分を含んだ雪の様にズシンと冷たく重たかった。