卯月(三)兄弟が大人になるということ

文字数 2,327文字

 日曜の真中家はいつになくにぎやかだった。長男の浩一が、幼い娘二人を連れて遊びに来ていたからだ。
 当然、まだ二歳と三歳の幼い子どもたちに、大人たちは振り回される羽目になる。久しぶりの子ども相手に四苦八苦しながらも、保子は母親代わりとなって面倒を見るのに大わらわだ。意外なことに早紀子は子どもの扱いがうまく、保子の助けになっていた。
「早紀子、おまえ介護士になるんだって?」
「ええ、横浜の伯母さんのところを手伝っている時に、これだ!って思ったの」
 浩一と早紀子の会話に保子が入ってきた。
「早紀子、横浜の葬儀があったりして聞きそびれていたんだけど、介護士になる準備の方はどうなっているの?」
「連休明けから講習会に参加しようと思って。途中で長い連休が挟まると集中力が切れそうだから」
「相変わらず勝手な理屈だな。俺、知り合いに福祉関係の奴がいたからちょっと聞いてみたんだけど、介護福祉士になれば国家資格だし、若いお前ならそれを目指した方がいいんじゃないか? 専門学校もあるらしいぜ」
「あら、それはいいわね、早紀子、考えてみたら?」
「ええ、でも、もう出遅れてしまったし、私、学校へ行くより、早く実際の現場で働きたいの」
「そうだな、お前は昔から勉強が嫌いだったものな」
「あら、失礼ね、私は現場主義なの。体を動かす方が性に合っているのよ。
 お兄さんこそ今日は、たまには孫の顔をお母さんたちに見せてきたら、なんて多恵さんにうまく子守りを押し付けられたんじゃないの?」
「まあ、そんなとこかな。今日は、多恵の親戚の結婚式で、お義父さんやお義母さんが一日留守なんだ」
「そんなことだと思った」
 二歳のまどかを抱きながら、早紀子が言った。
「多恵さんの体はどうなの? まだしばらく実家の方にいるの?」
 三歳ののどかと折り紙をしながら、保子が聞いた。
「今日も、実家で横になってるよ。まあ、連休には戻るつもりらしいけど」
「まだ半月もあるじゃない。でも、ゴールデンウィークは一緒に過ごすつもりなんだ」
「おいおい、早紀子、俺たちは別に不仲で別居しているわけじゃないぜ。多恵の体調が悪いから、実家に世話になっているだけだよ」
「そうだったわね。三人のパパになるんですもの、仲良くやっていくしかないわね」
「なんか、お前の言い方には棘があるような気がするな」
「あら、そうかしら」
 
 由紀子はみんなの昼食の用意をしながら、そんな会話を聞いていた。そして、先週の横浜での話を思い出した。父の兄政興が、結婚によって自分の親兄弟と疎遠になってしまったことを。
 私たち兄弟はこれから先、今までのような仲でいられるのだろうか? この兄も兄嫁の家の方へ取り込まれていくということはないのだろうか……
 
 昼食後、和孝夫婦と早紀子は、浩一の子どもたちを連れて近くの公園に向かった。由紀子は昼食の後片付けと、夕飯の買い物のため家に残った。浩一は自分がいない方が、子どもたちが保子たちに懐いていいだろうと留守番を決め込んだが、本音はゆっくりしたかったのだろう。気兼ねのいらない実家はやはり落ち着くのだ。
「お兄さん、毎週、あちらへは顔を出しているんでしょう?」
 洗い物をしながら由紀子が聞いた。
「ああ、この前、母さんから自分の家族だろう! って叱られたからな。たしかに、妻子を預かってもらっているのに知らんぷりというわけにもいかないよな」
「かわいい子どもたちに会えるにしては、気乗りがしないように聞こえるけど」
「妻の実家なんて、行きたいわけないだろう? 気疲れするだけさ」
「この前、自分はよそ者みたいだと言っていたけど、何年たっても変わらないもの?」
「ああ、もともと女房だって他人なんだから、その家族はもっと他人ということかな。あ、こんなこと多恵には言うなよ」
「言えるわけないでしょ。
 でも、この前、横浜の伯母さんのところで、世田谷の伯父さんの話になったんだけど、伯父さんはまるであちらの婿養子のようでこちらとは疎遠になってしまったって。向こうの方が居心地がいいってこともあるのかしらね」
「それはないさ。仕事の関係上、それから、あの伯母さんの性格を考えると、伯父さんはそうするしかなかったんだと思うよ」
「お兄さんはあの場にいなかったからわからないでしょうけど、私にはなんだか寂しく感じられたわ。兄弟は他人の始まり、なのかなって……」
「遠くの親戚より近くの他人、とも言うしな、でも、人と人の関係はそれぞれだよ。その時々でも変わるしな」
「ケンカばかりしていたけど、兄弟は子どもの頃が一番ね」
「そうかもな、でもいつまでも子どものままというわけにもいかないさ。まあ、相手の家族丸ごと受け入れてくれるような人と結ばれれば、何も変わらずに済むんだろうけどな」
「そうね……」
「でも、そんな相手なかなかいないよな。それに相手にだけ押し付けるわけにもいかないから、こっちだってそれなりの努力が求められるわけだし。口で言うほど簡単なことではないさ」
「ほんとにそうね……」
「ま、俺は偉そうなことを言える立場に、今のところはないけど。そういえば、お前、付き合っている人がいて家へ連れてきたんだって?」
「ええ、まあ……」
「それでいろいろ知りたいというわけか。そうだ、今度俺にも紹介してくれよ、俺だけだろ、まだ会ってないのは?」
「そうね、今度紹介するわ」
「今月中がいいな、今なら平日は独身だから。連休が明けると、家から出してもらえなくなるかもしれないし」
「わかった、連絡するわ」
 由紀子は、そう言うと浩一を残し、夕食の買い物へと出かけていった。

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