第8話 スパイの履歴書

文字数 2,593文字

 1987年、不当に占領されるガザ地区難民キャンプの中から、反占領闘争「インティファーダ」が興った。これはデモやストライキ、イスラエル製品の不買運動、子供たちの投石と極めて穏やかな抵抗運動ではあったものの、世界中に「占領」の実態を知らせるものとなり、イスラエル国内でも、「占領」を見直す議論も起こる。
 こうした状況下、1993年にノルウェーの仲介により、イスラエルのラビン首相とPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長の間で「ヨルダン川西岸地区及びガザ地区で5年間のパレスチナ暫定自治を開始する」という暫定合意条約(オスロ合意)が米国で調印された。

 事態は一旦収まるかのようにみえたが、火種はくすぶったままだった。モサドのドミトリー・カトラー並びにエレナ・アミール捜査官はキナ臭いガザ地区に潜入した。任務は「ムスリム同胞団」の一部が過激化して結成されたハマスの監視活動だった。
 当時のガザ地区は、国連の支援による難民キャンプのインフラ整備も進むようにみえたが、依然としてイスラエルは撤退の姿勢を見せず、また発足した自治政府内にも汚職がはびこり、住民の不満は高まっていた。
 ハマスはこの機を逃さずに抵抗活動を激化し始めた。ドミトリーとエレナは密告者からハマス内の情報を買い取り、モサド本部に通報していた。イスラエル政府は容赦なくハマスに属するパレスチナ人を捕縛し刑務所に送り、一方では入植地(パレスチナ暫定地区を占領すること)の建設を活発化した。
 2000年、アラファト議長とイスラエル・バラク首相によるキャンプデービッド(アメリカ合衆国大統領の保養地/よく国際会議場として使われる)会談が不調に終わりるとパレスチナ人の間に失望感が広がった。また、同年、イスラエル右派の元国防相、アリエル・シャロンの一団が武装集団を引き連れてエルサレムのユダヤ教聖地を強硬訪問するとパレスチナ人の怒りは頂点に達し、「第二次インティファーダ」が燃え上がった。
 パレスチナに潜入したモサドは多かったものの、宗教や人種の異なる捜査官ではやれることに自ずと限界はあった。周囲にバレて密告されハマスに拘束されるケースが数多く生じた。そこでモサドはパレスチナ生まれのイスラエル人を育成し、彼の地で職を持ち、家族をなし家庭を持つことを作戦の骨子にした。いわゆる同化作戦である。
 もともとアラブ人の血の混じったドミトリーとエレナであっても、ハマスの監視の目を逃れるためには、より一層の同化が求められる。そこで、持ち前の知識を活かして当時最先端のパソコンを扱う業者に変貌した。西側技術を販売する店は大繁盛し、毎日ひっきりなしの客で賑った。店の名前はドミトリーとエレナの名前から「D&H」と名付けられた。
 ドミトリーはかねてよりエレナを妻にしたかったが、エレナには他に想い人がいるらしかった。たびたびに申し出にも、首を縦には振ってくれない。
「ごめんなさい。
 私にはパレスチナへの非人道的な攻撃がどうしても許せなくなったの。いまさら工作員のあなたとは結婚なんてできないわ。親切にしてくれたあなたにいずれ酷い仕打ちをすることになる。そんなの耐えられない」
「それはモサドの誓いを破るということかい。私にもアラブの血が流れていて、シオニズム(ユダヤ人のパレスチナへの故国復帰運動のこと)には堪えられない部分はある。それでもイスラエルはたったひとつの母国だ」
「でしょう。やっぱり、あなたとは一緒には居られない。
 イスラエルは容赦ない空爆で子供たちを殺してるのよ。パレスチナの女子は平均して5人の子供を持つ。計算してみて、人口200万人のうち、半数近くが成人に達っしない子供なの。こんな非人道的な行為は、ホロコーストに近い。ユダヤ人は自らに課せられた行為を他者に成しているのよ。
 わたしはいまに祖国を裏切る」
 幾度となくこの議論が繰り返された。それでも、事業の方は順調に成長し、ハマスの通信部門に「D&H」の製品が納入されるところまで来た。これはハマスの通信を盗聴・監視できることを意味した。
 ところがだ、2001年にイスラエルに右派のシャロン政権が誕生すると、翌年の4月にはパレスチナ自治区への前代未聞の大規模攻撃が開始される。諜報員は身の安全のために一時帰国を通告される。これは今までにパレスチナで積み上げて来たこと放棄することを意味した。
 ドミトリーは納得できないまま祖国に引き上げることになった。その最終バスにエレナの姿がないことを見届けることにもなった。
 その後分断の壁(隔離壁)が、西岸地区とガザ地区の建設され始めた。こうなるとモサドの諜報活動は困難を極めた。分断とは、誰一人として出さない代わりに、入ることを難しくしたのだ。
 そんな時、ドミトリーのパソコンに暗号通信がもたらされた。内容は、ガザ地区のハマスの動静に関するものだった。この場合の暗号とは、モサド内での通信の符号だった。いまガザに残っているモサド職員とはエレナしか居ない。
 ただ、暗号には見返りとしてガザ地区への攻撃の日時、標的を知らせるよう求められた。これは2005年以降、国連より攻撃に際して、事前に公表するよう求められてことでもあり、応じることを約した。
 それ以降、ガザのハマスの動きは大まかには把握できた。これはエレナがハマスの高官と近いことを窺わせた。でなくては、極秘扱いの情報は入手出来ない。のちに、エレナは「シャーム」(パレスチナの黒子)と呼ばれるハマスの「情報管理官」になっていた。
 つまり彼女は二重スパイを演じていた訳だ。ハマスにはイスラエルの情報を、イスラエルにはハマスの情報を提供する彼女は、このことで両者の均衡を保つ作戦に出たのだった。事実、それから20年間、多少の小競り合いはあったものの、おおよそは平穏な日々が横たわった。
 しかし、今回の、エレス検問所の爆破、戦闘員の侵入、動力付きパラグライダーでの侵入、さらにはボートでの海側からの侵入、そして、レイムでの音楽フェスの急襲、2200発のロケット弾攻撃は事前の密告、『S.V(Safety Valve)』報告がなかった。
 エレナとはひと月前から連絡が途絶え、ドミトリーは心配していたところでもあった。「シャーム」は何者かによって、排除された可能性が高いのだった。
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