第12話 聖なる「神の詞」

文字数 2,892文字

 エラムの洞窟はひと筋縄にはゆかなかった。

 まずは、天井に無数のコウモリと、地面にはその糞が堆積した洞窟を抜けて、ガラガラヘビとサイドワインダーがネズミを狩る通路に、砂漠の毒蜘蛛・タランチュラの徘徊する狭い隙間を這い出て、たくさんのミイラを安置した「死者の間」を通り、「王の間」の前に、いま立っている。
 ここから先の進むには、どうやら極彩色の文様の壁に直径10センチほどの円盤状の鍵を嵌め込み、壁を動かす必要があるようだった。試しに皆で壁を押してみたがやはりビクともしない。

「困ったわねぇ」
「壁の上には古代アラビア語で『王の間』と書いてあるし、これは、ここに王の紋章を嵌め込めという意味だと思うわ」
 アラブ風の、油を浸した布を適当な木材に巻いた即席の松明を手にしたサーラが言う。三人の手足と髪、衣服はもはや泥と埃まみれになっていた。
「じゃ、さっきのミイラ畑のうちの一体に王さまが居るってこと?」
 ミイラの総数はざっと50体ほどもある。
「大概は王を護るように位置しているはず。それに特別な装飾があると思う。そういう風に見て行けば必ず分るさ。
 だけどそもそも論だが、『死海文書』の続きを探していることは俺にでも分かる。でもどうして、その中にペリシテ人に関しての記載があると分かるんだい?」
 カリーマは疑問を投げかけた。
「その証拠は悪魔に狙われていることよ。悪魔は私たちが見つけ出す書物の内容を知っていて、公にされることを嫌っている。ユダヤ人とパレスチナ人が共存して平和に暮らすことを忌み嫌っている。平穏なんて悪魔には許せないことだもの」
 サーラは断言した。
 「死者の間」に戻り探索を開始する。ミイラはどれも唐草文様を施した布の上に安置されていた。脇には武具一式と長剣が添えられている。王を護る近衛兵の集団だろうか。王の死に際して殉死した。そう考えるのが妥当だ。

 しばらくして、死者の間の片隅に影がさし始めた。みるみる広がってゆく。
「さっきの悪魔だ」
 カリーマが警告を発した。サーラは聖水を持ち、アリエラは銀の銃口を構えた。
 人間の形をした漆黒の悪魔は黄色の瞳を輝かせた。
「我が名はベリアル。この世界は戦いに明け暮れていなくてはならない。そもそも人間とは争いを好むもの。この世の在り様を乱してはならぬ。
 聖水に銀の銃弾、フフ、そんな子供騙しの小細工で私は倒せぬ」
 3名は見えざる手によって首を絞められ始めた。宙に浮き、もがき苦しむ、、

 と、時を交わさず、1本の剣がサーラの後方より飛んで来て漆黒の闇を貫いた。

 グゥ、、

 3人は自由になった首元を押さえて、苦しさのあまりしばし跪く。
 そして、再び立ち上がった時、辺りには異様な光景が広がっていた。なんと、ミイラが武装し整列していたのだ。そして、長(おさ)たる者が後方から、
「ここはナザレのイエスを守護した聖なる場所。地下なる者(悪魔)は立ち入ることを赦さぬ!」

 なんと女性の声だ。ミイラとは言え、長い金髪は朽ちずにそのままに残っているし、王たる証しの黄金の冠を戴いている。
「この者たちを殺(あや)めるのならば、我が軍団を根絶やしにしてからにせよ」
 口上は威厳に満ちて轟いた。

  ……なんと、ナザレのイエスと契った剣(つるぎ)か、、

 どうやら悪魔は諦めたようだった。漆黒の闇は徐々に周囲の暗がりに溶け込んでゆく。
 サーラたちは茫然とミイラの軍団を見つめている。
「我はシソ国女王・ニヒテである。平和を求める者たちよ、『神の詞』が欲しくば我が冠の紋章を扉に嵌め込め。但し、平和を勝ち取るは並大抵なことではすまぬ。あのイエスでさえ成し得なかった。
 この地は人の世が産まれてからずっと戦乱に明け暮れている。人種間でもめてるうちに外の大国に攻め落とされ、久しく支配を受けることになった。支配者は変わったが隷属は続いた。そして、支配が終わると再び人種間の小競り合いが繰り返される。
 何とも稚拙なことよ、ふふ」
 金髪のミイラはそれだけ言うと元の寝所に立ち帰った。ミイラの軍団もみな死者に戻って行った。 
「ミイラにさえ、平和を否定されちまった」
 カリーマは苦笑いを浮かべている。
「ここはシソ族の宮殿跡。さっきイエス・キリストに味方したと言っていた。またイエスがユダヤとペリシテの民の間に入って、もめごとを調停していたらしきことも言っていたわ。
 ひとつ歴史が解明された」
 サーラは科学者らしく事実を分析している。
 アリエラは、値が張ったくせに本当に役に立つのかしら、とブツブツ文句を言いながら銀玉の拳銃を弄んでいる。


 ―

 ギシッ、ギシッ

 紋章を嵌め込むと、閂(かんぬき)が外れて壁が外側に開いた。先に続く「王の間」には、車座になって政務をとり行っていたと窺わせる痕跡が残されて居て、左右の壁側に大小の土製の甕が並んでいた。サーラはそのひとつひとつを覗き込む。「死海文書」も同じ土製の甕から羊の皮に記された巻物として見つかっていた。
 甕の中には、磨けば金色に輝く金塊とおぼしきものやら水晶、翡翠、ダイヤなど宝石の類も収められていた。
「ハハ、これひとつ頂いても構わないよな」
 カリーマは王粒のダイアを松明に翳している。
「さっきの死者の軍団を相手に出来るんだったらね。『神の詞』以外の物を持ち出せば必ず襲われるわよ」
「おお、こわっ!」
 カリーマは不承不承ダイヤを元の場所に戻した。

 その時、アリエラが叫んだ。
「この中に巻物があるわ」


 三人はアリエラが翳す松明の元に集まった。
「『死海文書』と同じ羊皮紙だわ。『神の詞』はきっとこの中にある」
 サーラは慎重に甕から巻物を取り出した。表記にはヘブライ語とギリシア語で『シソ記』と記されている。代々のシソ族の歴史を記したものと考えられる。さっきの女王の言葉から想像するに、カナンの地に代々住んだ部族のひとつであり、ナザレのイエスに味方しそののちに滅んだ。すなわち紀元前の史書であることが分かる。
「これは朽ちかけていて上手く開けない。やはり専門家に任せなくてはムリだわ」
 サーラは「死海文書館」に持参することを提案した。解読する人々はイスラエル側の人物である必要があった。
「だけど、イスラエルに不利になる文書を素直に解読するかな? 『旧約聖書』はすでに完結していて、そこに付属するものが今更あったなんて都合が良すぎやしないかな」
 カリーマが当たり前の理屈を述べた。
「うん、分るわ。だから、ひとつ保険をかけとく。私の叔父がアラブ人だけどイスラエルの国会議員をしている。彼経由で頼むことにする。それに専門家とはなかなかに嘘は付けないものよ。
 それより大問題は例の悪魔。今度は『神代の文書』を集中的に狙う。例の光線を浴びれば簡単に燃えてしまう」
「対抗する手段か?」
 カリーマは考える。
「さっき女王が投げつけた長剣に何か秘密はないか。あっさりと撤退したぞ」

 「死者の間」に戻った三人は女王の傍らの長剣を探った。すると、ロングソードの束の部分に、『主たる汝に従う』イエスとの制約を示す言葉が彫られていた。
「これだわ、悪魔は神には勝てない」
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