第10話 トレジャーハンター  2

文字数 2,606文字

パシッ!

 狙撃ライフル弾が空気をつんざく音だ。アフマドの命をも奪った。
「みんな、身をかがめて!」
 何度か狙われているアリエラが叫んだ。
「おいおい、一体誰に狙われてるんだい?」
 とカリーマ。
「ハマスじゃねえよ。同士討ちはしないし、あんなネイビーシールズ(米国特殊部隊)が使用するような高性能なライフル銃は持ってないさ。
 それにあそこを見て見ろよ」
 カリーマはハマスの地下へと向かうハッチについた銃弾の痕を指さしている。かなりぶ厚い鉄製のハッチ蓋に3センチの丸い穴があいて焼け焦げている。鉄が焼ける臭いもしていた。
「これはまるでアニメに出て来るレーザービームだ。アリエラ、お前は何者に狙わてるんだ」
 確かに、ヒジャブもアフマドの患部も焼け焦げていた。経験の浅いアリエラは、単純に高性能狙撃ライフルの弾痕かと思っていたが、そう言われてみれば不思議だった。しかも相手は敵対するハマスではない。じゃぁ、誰なの?

 3人はヨルダン川西岸地区の地下網への入り口を潜った。西岸はインフラが開通したままだった。スマホも使えた。カリーマは西岸地区のハマスと連絡を取り合っていた。アリエラも個人の通信回線を利用してメールをモサド本部に送った。とはいえ、居場所を明らかにする訳にもいかず、協力者は死亡するものの無事任務を遂行中であることと、祖国の爆撃からは逃れている、と送った。
 カリーマはまず地上にある地区司令官室に案内する。少しでも西岸地区での活動を容易にするためのカリーマの配慮からだった。ハッカニ家はアラブの盟主だ。
「あなたのお父様とは2度ほどお目にかかったことがある。まだ平時のガザの統治会議で。穏健なシーア派の部族長であられた。平和な社会の到来を願ってもおられた。その娘さんも、平和をもたらされるために動いている。まぁ、そのようなことであるかのう。
 ここ西岸でのハマスの活動は限定的だ。主体は『パレスチナ解放機構(PLO)』を牛耳るファタハで、我々ハマスとは見解の相違から仲たがいしている」
 ザイール(ハマス)司令官は食事に招いてくれた。西岸はガザと違ってまだ穏やかだった。イスラエルの空爆はない。
 サーラはざっと今回の活動の骨子を語った。
「…ですので、この地でのペリシテ人とイスラエル人との争いを止められる、いえ、止める、神の言葉を探しています。すでにクムランの『死海文書』は当たりましたが、西岸地区で全く別の洞窟や神殿があって、そこに何かが隠されてはいないかと希望を抱いています。
 そこで、カリーマからは地下に神殿らしいものを見つけたと聞き、こうして訪ねて来たのです…」
 最初に、アラビアコーヒーとデーツ(ナツメヤシの実)が出された。客人をもてなすためのアラブの習慣だった。アリエラにとっては3日ぶりのまともな食事。ハラルを厳格に守ったアラブ風の料理で美味しかった。ただ、サーラの侍女との手前ガツガツという訳にもゆかなかったが…。
 食事を終えようとした時に、司令官の族長が摩訶不思議なことを陳べた。
「らしきものは確かにあるにはあるが、この世のものとは思えない。私も実際に観たがまるで蜃気楼のような神殿なのだよ。気の揺らめく門はあるものの開けるための手段がない。異教徒のものだと血気にはやる若者が機関銃をあてたが、ビクともしなかったそうだ。
 百聞は一見にしかず、このあとカリーマに案内させよう」 

  ―

 そこには、確かに老司令官が言うように、この世のものとは思えない幻の神殿が空中に浮かんでいた。七色に煌めく古代ローマ風の建造物だった。但し入口らしき門は見えなかった。
 と、一瞬、光の輪が3人を捉えた。スキャニングされたように情報機関職員であるアリエラは感じた。
 すると、どうだろう。3人の前に門が現れた。門の中ほどには3つのLEDライトらしきものが点滅を繰り返していた。ひとつのライトがサーラを照らして消えた。次に2番目のライトがアリエラを照らして消える。最後のライトはカリーマを指して消えた。
 それで門は消滅し、その先には漆黒の闇に虹色のブリッジ(架橋)のみが続いていた。
「これは、まるでムスリムの神話に出て来る死後の1本橋のようだね。通っている最中に生前の罪を問われて落下し地獄に堕ちる」
 カリーマが率直な感想を陳べた。
「わたし、なんで門が開いたのか、分かったわ」
 とサーラが。
「さっきスキャンされてわたしたちのDNAが瞬時に解析された。そして、アラブ人、ユダヤ人、パレスチナ人であることが認証された。つまり、この世界で紛争を繰り広げている3者が揃ってはじめて開く門なのよ。それにしても凄い技術だわ」
「なるほど。ハマスがやって来て、発砲してもムダなわけだ」
 カリーマは呆れている。
「これは異世界のもの? エイリアンの仕業?」
 アリエラは戦闘員らしく身構えている。
「地球外生命体がここに現れても意味がないと思わない? 現れるんなら、ニューヨークの国連本部前でしょう。…これは未来から来たのよ。私は物理学で「超弦理論」の研究をしている。この理論が正しければ、時空を超えて未来の物体が現れても決して驚かない」
 サーラは興味津々の面持ち。
 1本橋に脚を踏み入れると、時間の感覚がなくなった。歩いても歩いても先が見えない。

 パシッ!
 
 その時、また例の光線銃の破裂音が轟いた。狙撃には絶好のポイントだった。邪魔するものがない。それは、カリーマの右ふくらはぎを貫通した。激痛のショックから蹲るカリーマ。サーラとアリエラは態勢を低くして、カリーマを左右から抱きかかえて来た道を戻ろうとした。

 パシッ! パシッ!

 光線はアリエラの後頭部を掠め、サーラのつま先寸前に着弾した。
 と、不意に辺りがシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)らしき広間に替わった。ユダヤ教徒のアリエラもこんなに大規模で荘厳な会堂を観たことがなかった。

 すると、どこからともなく、1台の掃除ロボットらしきものが、苦痛に歪むカリーマの前に位置し、ふくらはぎの患部にエメラルド色の光の渦を照射した。痛みが緩和されたことを見届けると、次に、緋色の光を照射し患部の修復をはじめた。実に2、3分の出来事だった。
 一番に驚いたのはカリーマ自身だったろう。致命傷になりかねない深い傷を痛みもなく、アッという間に治してしまったのだから。彼は何事もなかったように、いま立ち尽くしている。
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