『ゲーマー』、『王様』のむちゃくちゃな条件の話を知っていた。
文字数 2,532文字
リングの上での攻防。それは寝技の戦いだった。最終的には一方が相手の肩を極めた。素人目にも逃げることはできないだろう。ギブアップ? いや、しない。極めている方も緩めない。普通の競技ならレフリーが止める頃合いだ。だが、勝負を決めるのは戦っている二人だけなのだ。第三者のものではなかった。回りからの歓声が大きくなる。このまま行くと訪れる瞬間への恐れ、そして、正反対の嗜虐的な興奮がはっきりと分かる。そして、その時が訪れる。歓声をかき消すくらいにはっきりと骨が折れる音がリングの上に響いた。
終わった。そう思った。しかし、折られた方は、立ち上がる。動ける足で相手を蹴る。
観衆のどよめきが一層大きくなった。
「殴り倒すとか、腕を折ったとか、そんなことで勝負がつくなんて思ってはいませんか? 勝つと云うことは、腕を折ることではなくて、相手の心を折ることなんです。逆に云えば心が折れなければ、負けることはないのです」
「あ、精神勝利法(スピリチュアル)は興味ないので」ここは『王様』が華麗にスルー。
『聖女様』も心が折れない人のようだった。めげずに端末で別の動画を見せてきた。
そこには先ほどと同じように、二人の人間がリングの上で戦っていた。一人はマスクをしていた。もう一方はとても小さい。マスクの方は一般人と比べても圧倒的に大きい。相手の小ささのために、マスクの男はより大きく見えた。まさに巨人対一寸法師。戦いにならない。ところが、一寸法師は巨人を投げつける。リングに叩きつける。殴りつける。巨人も負けてはいない。一寸法師への容赦ない攻撃。倒れる一寸法師。攻守が素早く入れ替わる熾烈な戦い。マスクの下から白い歯が見える。噛み合った反対の歯を砕いてしまうかのように力が入っているのがはっきりと分かった。まさに『真剣』な戦い。
しかし――。
「なんで、このマスクの人、『人形』と戦っているの?」
『王様』の空気を読めない一言。たしかに『王様』の云うとおりだった。リングの上にいる人間は一人だけ。その相手――一寸法師はビニールの人形だったのだ。
マスクの男はビニールの人形に投げられる。叩きつけられる。押さえ込まれる。
「一流のプロレスラーは、箒が相手でも戦うことができると云われています」
『聖女様』は、英雄を称えるように語る。
「いつ何時、誰が相手でも挑戦を受ける。あらゆる攻撃もすべて受けきる! 受けの美学! 相手の力を最大限に引き出した上で、輝かせた上で戦う。これがストロングスタイルですよ!」
「たしかに、よく分からないけれど感動しますね」果たして人形が『対戦相手』や『あらゆる攻撃』になるかは置いておいて、最大限以上に輝かせているのは間違いない。「でも、よくこんな動画を知っていましたね?」
「街灯テレビ時代からの英雄――云わば『アイドル』の事。女子高生の常識ですよ」
地球が太陽の周りを回っていることを語るかのようになんの迷いもなく『聖女様』は答えた。
女子高生の常識……中学生時代は、お父さんと空手ばかりだったので世俗に疎い。話が合わなくて申し訳なくなる。早く一般社会に復帰したい。
ふと、『聖女様』が読んでいた雑誌が目に入った。カバーが取れていた。表紙が見える。そこには男の人たちが載っていた。アイドル雑誌かな? やはり、アイドルは女子構成の常識なのか。でも、載っているアイドル(?)たちは、何故上半身裸で組み合っているのだろうか? 最近のアイドル雑誌は過激なのかもしれない。それに、みんなけっこう年齢層が高いような……。テレビを見ると四〇代のアイドルも多いし、最近では普通なのだろう。表紙には『大巨人暴走!』とか『金網流血マッチ、謎の延期か?』など不穏な文字が並んでいた。今どきのアイドルは体を張っているなあ。右端には、過去のアイドル特集(?)についても書かれていた。『デビュー一年で忽然と消えた最後の大物』ふーん、昔のアイドルは仮面をしている人もいるのか。囲み写真でマスクから見える白い歯が印象的だ。たしかに、昔のヒーローはみな仮面をつけていた。そういうものだろう。常識、難しいなあ。
私がそんなことを思っていたところ、同じように常識のない『王様』は画面に釘付けになっていた。
「これはすごい!」さすがに『王様』と云えども、誉めるしかないのだろう。「でも、人形と戦う必要ってあるの?」
根本的なことに突っ込んできた。
「どうやって相手を倒すか。それが強さだと思うんだけれど」
「相手を倒すこと以外で示す強さと云うのもあります」
「……そういうのは興味ないから」あ、切り捨てた。「だんだん、分からなくなってきたー。どの格闘技が最強なのかなー。証明する方法があると良いのだけれど……。そうだ」『王様』はニヤリと笑う。いやな予感しかしない。「昔、誰かが云っていた。たくさんのルールがあると、ルールをうまく利用した方が勝ってしまう。どちらが本当に強いのかを確認するためには、二人の人間をどこかに閉じ込めて、出てくるのが一人だけというたった一つのルールにするしかない。最後に立っている方が強い!」
私を指し示す。
「それをやればいい! とりあえず、打撃系は一人いるし! 他の格闘技をやっている人を連れてくるから待っていて!」
古代ローマの皇帝に生まれていたら、コロッセオで毎日阿鼻叫喚な戦いをやらせそうな女である。
「いや、私、空手をやめてるから!」
『王様』は露骨に不満そうな顔をする。
あんなきつい練習いやだよ。お遊び程度ならまだしも、試合をするのだってごめんだ。痛し、きついし、つらいし。『最強』なんてあるかどうか分からない物を目指すなんて無意味だ。
「二人の人間が入って、出てくるのは一人。それを確認できるだけでいいの!」
中間に入る、血みどろの戦いが抜けていますよ。
「……それ知っている」
今まで一言も発することがなかった『ゲーマー』の言葉だった。
「……私は知っている。密閉された空間に二人の人間が入って、出てきたのは一人だけだったと云う出来事を」
終わった。そう思った。しかし、折られた方は、立ち上がる。動ける足で相手を蹴る。
観衆のどよめきが一層大きくなった。
「殴り倒すとか、腕を折ったとか、そんなことで勝負がつくなんて思ってはいませんか? 勝つと云うことは、腕を折ることではなくて、相手の心を折ることなんです。逆に云えば心が折れなければ、負けることはないのです」
「あ、精神勝利法(スピリチュアル)は興味ないので」ここは『王様』が華麗にスルー。
『聖女様』も心が折れない人のようだった。めげずに端末で別の動画を見せてきた。
そこには先ほどと同じように、二人の人間がリングの上で戦っていた。一人はマスクをしていた。もう一方はとても小さい。マスクの方は一般人と比べても圧倒的に大きい。相手の小ささのために、マスクの男はより大きく見えた。まさに巨人対一寸法師。戦いにならない。ところが、一寸法師は巨人を投げつける。リングに叩きつける。殴りつける。巨人も負けてはいない。一寸法師への容赦ない攻撃。倒れる一寸法師。攻守が素早く入れ替わる熾烈な戦い。マスクの下から白い歯が見える。噛み合った反対の歯を砕いてしまうかのように力が入っているのがはっきりと分かった。まさに『真剣』な戦い。
しかし――。
「なんで、このマスクの人、『人形』と戦っているの?」
『王様』の空気を読めない一言。たしかに『王様』の云うとおりだった。リングの上にいる人間は一人だけ。その相手――一寸法師はビニールの人形だったのだ。
マスクの男はビニールの人形に投げられる。叩きつけられる。押さえ込まれる。
「一流のプロレスラーは、箒が相手でも戦うことができると云われています」
『聖女様』は、英雄を称えるように語る。
「いつ何時、誰が相手でも挑戦を受ける。あらゆる攻撃もすべて受けきる! 受けの美学! 相手の力を最大限に引き出した上で、輝かせた上で戦う。これがストロングスタイルですよ!」
「たしかに、よく分からないけれど感動しますね」果たして人形が『対戦相手』や『あらゆる攻撃』になるかは置いておいて、最大限以上に輝かせているのは間違いない。「でも、よくこんな動画を知っていましたね?」
「街灯テレビ時代からの英雄――云わば『アイドル』の事。女子高生の常識ですよ」
地球が太陽の周りを回っていることを語るかのようになんの迷いもなく『聖女様』は答えた。
女子高生の常識……中学生時代は、お父さんと空手ばかりだったので世俗に疎い。話が合わなくて申し訳なくなる。早く一般社会に復帰したい。
ふと、『聖女様』が読んでいた雑誌が目に入った。カバーが取れていた。表紙が見える。そこには男の人たちが載っていた。アイドル雑誌かな? やはり、アイドルは女子構成の常識なのか。でも、載っているアイドル(?)たちは、何故上半身裸で組み合っているのだろうか? 最近のアイドル雑誌は過激なのかもしれない。それに、みんなけっこう年齢層が高いような……。テレビを見ると四〇代のアイドルも多いし、最近では普通なのだろう。表紙には『大巨人暴走!』とか『金網流血マッチ、謎の延期か?』など不穏な文字が並んでいた。今どきのアイドルは体を張っているなあ。右端には、過去のアイドル特集(?)についても書かれていた。『デビュー一年で忽然と消えた最後の大物』ふーん、昔のアイドルは仮面をしている人もいるのか。囲み写真でマスクから見える白い歯が印象的だ。たしかに、昔のヒーローはみな仮面をつけていた。そういうものだろう。常識、難しいなあ。
私がそんなことを思っていたところ、同じように常識のない『王様』は画面に釘付けになっていた。
「これはすごい!」さすがに『王様』と云えども、誉めるしかないのだろう。「でも、人形と戦う必要ってあるの?」
根本的なことに突っ込んできた。
「どうやって相手を倒すか。それが強さだと思うんだけれど」
「相手を倒すこと以外で示す強さと云うのもあります」
「……そういうのは興味ないから」あ、切り捨てた。「だんだん、分からなくなってきたー。どの格闘技が最強なのかなー。証明する方法があると良いのだけれど……。そうだ」『王様』はニヤリと笑う。いやな予感しかしない。「昔、誰かが云っていた。たくさんのルールがあると、ルールをうまく利用した方が勝ってしまう。どちらが本当に強いのかを確認するためには、二人の人間をどこかに閉じ込めて、出てくるのが一人だけというたった一つのルールにするしかない。最後に立っている方が強い!」
私を指し示す。
「それをやればいい! とりあえず、打撃系は一人いるし! 他の格闘技をやっている人を連れてくるから待っていて!」
古代ローマの皇帝に生まれていたら、コロッセオで毎日阿鼻叫喚な戦いをやらせそうな女である。
「いや、私、空手をやめてるから!」
『王様』は露骨に不満そうな顔をする。
あんなきつい練習いやだよ。お遊び程度ならまだしも、試合をするのだってごめんだ。痛し、きついし、つらいし。『最強』なんてあるかどうか分からない物を目指すなんて無意味だ。
「二人の人間が入って、出てくるのは一人。それを確認できるだけでいいの!」
中間に入る、血みどろの戦いが抜けていますよ。
「……それ知っている」
今まで一言も発することがなかった『ゲーマー』の言葉だった。
「……私は知っている。密閉された空間に二人の人間が入って、出てきたのは一人だけだったと云う出来事を」