『カラテカ』、世界最強の格闘技について聞かされる。
文字数 1,877文字
「世界最強の格闘技は何かしら!」
『王様』は、ふわふわとした綿菓子のような髪を揺らしながら、激しく語りはじめた。
「あなたは、どう思う?」
と、私のいる方に向かって指を差した。一応、後ろを確認してみた。……残念、誰もいない。談話室にいる他の残り二人は私の前の方――『王様』の後ろにいるだけだった。一人は、カバーをかけた雑誌を読んでいる。長い艶やかな黒髪は『王様』の激しく動く髪と違い静止したままだった。もう一人の女の子は、携帯端末でゲームをしている。自身の寝癖の残ったままの髪を気にしないくらいだ。『王様』の話なんか気にするはずもない。
「そうねえ」私は何度も繰り返された問いについて答える。「……とりあえず、空手とかどうかな?」
自分が習っていた格闘技について述べてみた。まあ、もうやめたのだけれど。
「たしかに、異種格闘技戦が珍しかった時代には、組技より、打撃が強いと云う理論があったわね。組んで投げる・締めるの二テンポに比べて、一テンポの打撃の方が早いから強い理論! 昔の劇画に描いてあった!」
と、綿菓子の髪を一度も止まらせることもなく、オーバーアクションで力説をし続ける。その迫力には謎の説得力があった。でも、劇画知識は、どうなのだろうか?
「実際にはブラジリアン柔術の躍進が、『打撃が早いから強い理論』を粉砕したのよ。やはり、関節技こそが王者の技。関節技が最強?」
タックルで倒して、寝技に持ち込む。寝てしまえば空手やボクシングで使える技はない。もっともらしい話ではある。
「最近は、倒してから殴るのが主流みたいだよ。やっぱり、関節技をかけるのには時間がかかるしね。そもそも、ブラジリアン柔術が有名になり出した時代ですら、タックルで倒した後、頭突き――頭でやる打撃技――を相手の顔に叩き込むのが必勝パターンの一つだったらしいよ。すぐに頭突きは禁止になったし。『打撃が早いから強い理論』は、今も有効じゃないのかな」
「それはあるかもしれない! やはり、打撃が最強?」素直な『王様』「いやいや、組んでいる相手を持ち上げて、そのままリングに叩きつけるのも強いわよね。投げ技の方が強い? 実は関節技、打撃技、投げ技で三すくみができているとか」
そんなゲームみたいにきれいな三すくみがあると思えない。私はゲームをやっている一人――心の中で『ゲーマー』と呼んでいる――を見た。彼女は、私たちの話には気にもせずにゲームを続けている。画面では二人の男が手から気の塊を投げたり、アッパーカットで空まで飛んでいったりと忙しいままだ。結構、大きな声で話していたのだが、気にしないらしい。
「結局、何が最強なのよ!」『王様』は叫んだ。「早く決めないと、この研究会でやること何もないじゃない! 最強の格闘技をやるために集まったんだから」
この談話室に集まっているのは『物理セキュリティマネジメント研究会』のメンバーだ。『物理セキュリティマネジメント研究会』とは何をやるのかさっぱりと分からない人もいるだろう。私も分からない。ここはミッション系の女子校である。厳しい校風のこの学校で格闘技の部活なんて作れるはずもなかった。柔道部すらないのだ、この学校は。まあ、だから私が進学に選んだのだけれど……。そこで、『王様』が適当な名目で作ったのが『物理セキュリティマネジメント研究会』だ。
「セキュリティマネジメントって一体……」と、云う私の疑問に、『王様』は答える。「格闘技は護身術でもあるじゃない。護身術! まさにセキュリティマネジメント!」
「物理は?」私の顔にパンチが飛んできた。腰の入っていないひょろひょろのそれはちっとも痛くない。「この物理的な脅威から身を守るのよ!」
まあ、きっと、こんな同好会の顧問になってくれる教員は誰もいないだろうし、と、部員の一人として名義を貸してあげた。ところが、そんな奇特な方がいたらしい。顧問と部員を得た『王様』は、『物理セキュリティマネジメント研究会』を立ち上げたわけだ。最強の格闘技を学ぶ部活を。
ふわふわの綿菓子のような髪。大きな瞳。きれいな鼻筋。見た目だけなら、かわいらしい人形に見える。しかし、中身はこれである。強引とも云える行動力。どんな困難もものともしない突破力。そして、他人がどう思ってようが、どう感じていようがあまり気にしない傍若無人さ。まさに専制君主。かといって、女王様と云うには優雅さのかけらもない。そんなわけで、彼女のことを『王様』と心の中で私は呼んでいる。
『王様』は、ふわふわとした綿菓子のような髪を揺らしながら、激しく語りはじめた。
「あなたは、どう思う?」
と、私のいる方に向かって指を差した。一応、後ろを確認してみた。……残念、誰もいない。談話室にいる他の残り二人は私の前の方――『王様』の後ろにいるだけだった。一人は、カバーをかけた雑誌を読んでいる。長い艶やかな黒髪は『王様』の激しく動く髪と違い静止したままだった。もう一人の女の子は、携帯端末でゲームをしている。自身の寝癖の残ったままの髪を気にしないくらいだ。『王様』の話なんか気にするはずもない。
「そうねえ」私は何度も繰り返された問いについて答える。「……とりあえず、空手とかどうかな?」
自分が習っていた格闘技について述べてみた。まあ、もうやめたのだけれど。
「たしかに、異種格闘技戦が珍しかった時代には、組技より、打撃が強いと云う理論があったわね。組んで投げる・締めるの二テンポに比べて、一テンポの打撃の方が早いから強い理論! 昔の劇画に描いてあった!」
と、綿菓子の髪を一度も止まらせることもなく、オーバーアクションで力説をし続ける。その迫力には謎の説得力があった。でも、劇画知識は、どうなのだろうか?
「実際にはブラジリアン柔術の躍進が、『打撃が早いから強い理論』を粉砕したのよ。やはり、関節技こそが王者の技。関節技が最強?」
タックルで倒して、寝技に持ち込む。寝てしまえば空手やボクシングで使える技はない。もっともらしい話ではある。
「最近は、倒してから殴るのが主流みたいだよ。やっぱり、関節技をかけるのには時間がかかるしね。そもそも、ブラジリアン柔術が有名になり出した時代ですら、タックルで倒した後、頭突き――頭でやる打撃技――を相手の顔に叩き込むのが必勝パターンの一つだったらしいよ。すぐに頭突きは禁止になったし。『打撃が早いから強い理論』は、今も有効じゃないのかな」
「それはあるかもしれない! やはり、打撃が最強?」素直な『王様』「いやいや、組んでいる相手を持ち上げて、そのままリングに叩きつけるのも強いわよね。投げ技の方が強い? 実は関節技、打撃技、投げ技で三すくみができているとか」
そんなゲームみたいにきれいな三すくみがあると思えない。私はゲームをやっている一人――心の中で『ゲーマー』と呼んでいる――を見た。彼女は、私たちの話には気にもせずにゲームを続けている。画面では二人の男が手から気の塊を投げたり、アッパーカットで空まで飛んでいったりと忙しいままだ。結構、大きな声で話していたのだが、気にしないらしい。
「結局、何が最強なのよ!」『王様』は叫んだ。「早く決めないと、この研究会でやること何もないじゃない! 最強の格闘技をやるために集まったんだから」
この談話室に集まっているのは『物理セキュリティマネジメント研究会』のメンバーだ。『物理セキュリティマネジメント研究会』とは何をやるのかさっぱりと分からない人もいるだろう。私も分からない。ここはミッション系の女子校である。厳しい校風のこの学校で格闘技の部活なんて作れるはずもなかった。柔道部すらないのだ、この学校は。まあ、だから私が進学に選んだのだけれど……。そこで、『王様』が適当な名目で作ったのが『物理セキュリティマネジメント研究会』だ。
「セキュリティマネジメントって一体……」と、云う私の疑問に、『王様』は答える。「格闘技は護身術でもあるじゃない。護身術! まさにセキュリティマネジメント!」
「物理は?」私の顔にパンチが飛んできた。腰の入っていないひょろひょろのそれはちっとも痛くない。「この物理的な脅威から身を守るのよ!」
まあ、きっと、こんな同好会の顧問になってくれる教員は誰もいないだろうし、と、部員の一人として名義を貸してあげた。ところが、そんな奇特な方がいたらしい。顧問と部員を得た『王様』は、『物理セキュリティマネジメント研究会』を立ち上げたわけだ。最強の格闘技を学ぶ部活を。
ふわふわの綿菓子のような髪。大きな瞳。きれいな鼻筋。見た目だけなら、かわいらしい人形に見える。しかし、中身はこれである。強引とも云える行動力。どんな困難もものともしない突破力。そして、他人がどう思ってようが、どう感じていようがあまり気にしない傍若無人さ。まさに専制君主。かといって、女王様と云うには優雅さのかけらもない。そんなわけで、彼女のことを『王様』と心の中で私は呼んでいる。