『カラテカ』、不用意な好奇心を後悔する。

文字数 2,020文字

 この男が『額に傷のある男』を殺した? でも、殺す時間なんてない。空き地に戦った形跡はなかった。

 そもそも、なんで、こんなところに来たのだろうか。犯人は現場に戻るもの? 隠し場所がバレることが気が気でなかった。たしかに見つかりにくいが、絶対にバレない場所でもない。その恐れのために、髭の大男は訪れた。そして、そこにたまたま死体を発見した私がいた?

 余計なことに思考を奪われている内に髭の大男は、私に向かって殴りかかってきた。丸太のように太い腕。この太い腕を使って『額に傷のある男』を折りたたむにしても、抵抗されれば何十分もかかるだろう。

 拳の動きは速い。だが、衝動的な攻撃だったのか雑な動きだった。素人なら、恐怖で動けずにあたるかもしれない。私なら躱――頬が熱くなった。

 直撃だけは避けることができた。やばい。明らかな練習不足だ。稽古をサボっていたツケがきた。いやいや、サボるじゃなくて、やめたんだ。

 どうでも良いことを考えている。不要なことを考えている。今は、目の前のことに集中しないと。

 髭の大男は、再び私に殴りかかった。先ほどの攻撃と同様、大ぶりすぎる。いわゆる打撃系格闘技の人ではないのだろう。ただ、私の二倍以上ある体重。これほどの差では、私の攻撃はあたっても、ちっとも効かないだろう。

 この攻撃を私は避けることはなかった。正確には『いなした』と云った方がよいかもしれない。後ろに下がりつつ、自分の左手を当てて、大男の腕を外に向けた。うまくいった。大男の体は崩れた。私の目の前には、がら空きの側面が見える。私は脇腹を蹴りあげる。

 これは『痛い』いや『苦しい』はずだ。普通の人なら、戦意喪失するだろう。私が喰らっても、体が止まるだろう。それが狙いだ。相手が素人だとしても、この体格差は不利だ。痛みや苦しさで体が止まっている内に、逃げ……。

 ――られなかった。私の蹴り足が捕まれていた。いやいや、脇腹に直撃したはず。と、いうか、あたった後に掴んだ? あの『痛み』や『苦しさ』の中で。私は大男の顔を見た。脂汗が出ている。平気ではない。精神力? 格闘技で一番難しい『痛み』や『苦しさ』に、この人は慣れている? 体だけではなくて心が強いと云うこと? 『聖女様』の云っていた相手を倒すこと以外の強さ。

 私は地面に投げつけられた。受け身を取る暇もない。地面に近づいていくのが分かる。今まで見えなかった空がはっきりと見えた。月は、ビルのせいで見えなかった。そう思っている間に景色は変わっていく。地面が近づいてくのがはっきりと分かった。

 痛みが来るのか? 苦しみが来るのか? それを感じる前に気を失うのか? それとも、死んでしまうのか? どちらにせよ重大なことが確実に起こる。それにも関わらず。私は別のことを考えていた。現実から逃避しただけかもしれない。

 大男の顔を思い出す。どこかで見たことがあった。そうだ『聖女様』が見せてくれた動画に出ていた男だ。もう一つ思い出す。『聖女様』の言葉。

「一流のプロレスラーなら相手が箒でも戦うことができる」

 そうだ――なら、相手が『死体』であっても戦うことができるのではないだろうか?

『額に傷のある男』は、小道に入る前から死んでいたのでは? 『額に傷のある男』が攻撃していた。いや、させていたのだ。動画の画像。自分ではなく相手を輝かす。それは相手が『死体』であっても。どうして、攻撃している人間が死んでいるなんて思うだろうか? 

 やっと分かった。大男には、殺す時間なんて必要なかった。ただ、『額に傷のある男』を折りたたむ時間があれば良かったんだ。

『額に傷のある男』が大男を引きずっていたのではない。雑草は空き地に向かって倒れている。もし、引きずっていたのならば、前を行く男が『踏み潰した』ため、雑草は四方に広がるはずだ。あれは、押していたのだ。『ゲーマー』は引きずられていると見てしまい、私たちはさも当然のように引きずっていると思い違いしてしまう。印象論。神父様はやはり正しかったのだ――。

 恐怖に耐えきれず目をつむった。これ以上考えるのをやめようと思った。でもできなかった。どうしてこんなことになってしまったのか。後悔だけが頭にうずまく。

 自分の力を過信せずに逃げれば良かった。好奇心を抑えて、こんな場所に来なければよかった。
 そもそも、空手なんてやっていなければ、『王様』に捕まる事もなかった。空手。ちっとも役に立たないどころか、ひどい目にあう原因になっている。
 
 お父さんの顔を思い出した。最初の記憶。わたしのしょぼい蹴りで鼻血を出したあの顔。最後に思い出すのもこれなの? 訳が分からない。最後に頭に浮かぶのが、こんな事だったなんて。
 
 もう考える時間はないもない。せいぜい、覚悟を決めるくらいだけ……。私は目をつぶった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

『王様

自分が世界最強の格闘技をやりたいためだけに

『物理セキュリティマネジメント研究会』を立ち上げた。

ちなみに一切、格闘技の経験はない。

格闘技知識は主に劇画や書籍。

空想的強くなりたいガール。

『カラテカ』

高校入学前に空手をやっていたけれどいろいろあってやめた。

自由な放課後女子高生ライフ!

と、思っていたら、格闘技経験がバレて王様に『セマネ研』に入れられた。

本編の語り部。

ちなみに何時も判定狙いなので試合展開は地味。

現実的強くなりたかったガール。

『ゲーマー』

王様の隣の席にすわっていたのが災いして『セマネ研』に入れられた。

基本、無口でゲームばかりしている。

実は数々のオンラインゲームで殺戮を繰り返し

『オーガ』と呼ばれている『達人』ゲーマー。

仮想的強いガール。

『聖女様』

王様が『人が足りない』と泣く振りをして連れてきた美しく淑やかな学園の人気者。

場に似つかわしくないようだけれどよく見ると毎週購入している雑誌は

男同士が熱く体をぶつけ合う(非BL)ものばかり…。

とある深夜番組はリアルタイム視聴を欠かせない。

最近昭和の強豪が鬼籍に入ることも多くちょっとメランコリー気味な

幻想的強さ大好きガール。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み