第23話 邂逅
文字数 2,073文字
「ちょ!あの子、月野澪だよね。グラドルの!」
「あ!そう言えば、深瀬くんと付き合ってたんでしょ?」
「大学の時だよね?別れたって聞いてたけど…違ったのかな?」
ひそひそと囁く声が背後から聞こえてきて、マヤは胸の奥に僅かな疼きを感じた。
(トオルと付き合ってた…?もしかして、例の元カノだろうか…)
その美女はそんな囁きは気にも留めない様子で、コツコツとヒールを鳴らしながら、観客席から出て行った。
事前に落ち合い場所と決めていた、玄関ホールの隅にあるベンチに腰かけ、マヤはユカと共にトオルを待っていた。
ホール内は、立ち話をしている観客やジャージ姿の選手らで賑わっている。
「トオルくん、めっちゃカッコよかったわ~~」
スポーツに全く関心の無かったユカが、興奮気味にスマホで撮った写真をマヤに見せてくる。
だが、マヤは先ほどの美女のことが頭から離れず、目の前に差し出される写真を見る余裕もない。
しばらくして、白いTシャツとジャージのズボンに身を包んだトオルが大きなカバンを持ってやってきた。
「お待たせしました!」
つい先ほどまで鬼気迫るプレイを連発していたとは思えない、穏やかな表情であった。
真っ先におめでとう、と言いたかったのに、喉の奥がつかえて言葉に詰まる。
すると、背後から、
「トオル!」
と言う、可愛らしい若い女性の声がした。
振り向くと、先ほどの美女、月野澪が近付いてくる。
その華やかな出立ちは、ホールの中でもひときわ眩しいオーラを放っていた。
「ミオ…」
ニコニコ微笑みながら目の前に現れた女性を見て、そう呟くトオルの顔が曇った。
「予選突破おめでとう!」
美しい顔が、30センチは上にあるトオルを見上げて言う。
「ありがとう」
トオルはその曇った表情のまま、素っ気なく答えた。
「悪いけど、今から出かけるから」
「ちょ!今日は観に行くって、その後話そうって、ラインで伝えたでしょ。わざわざ東京から来たんだよ!」
澪の笑顔が消え、トオルのTシャツの袖から伸びた逞しい腕を掴む。
長身で鍛え上げられた逞しい体型のトオルと、その美しい女性が並ぶと、ますます近寄りがたいオーラが放たれる。
まるで洒落た恋愛映画の一場面のようだ。
マヤの胸がまたチクリと痛んだ。
「もう話すことはないよ。何度も言ったよね?」
「トオルにはなくても私にはあるの。お願い!」
必死に訴える澪に、感情を動かされる様子もなく、トオルはマヤたちの方を向きながら言う。
「彼女たち、オレが招待して大阪から来てくれたんだ。これから食事に行くから。どうしてもと言うなら、今ここで聞く」
澪はマヤたちの方に視線を向けると、どう見ても目の前の美青年と接点の無さそうな、中年女性と女子中学生を怪訝そうな顔で見る。
マヤはいたたまれなくなって、
「あ、トオルくん、ユカと隣の公園に行ってるよ!ごゆっくり!」
そう言ってユカを促しながら、立ち去ろうとした。
「待ってください、マヤさん!」
トオルが澪を真っすぐ見据えたまま言う。
「彼女たちも一緒にここで聞く。それが条件」
澪は始め明らかに不服そうだったが、ふと意味深な表情に変わった。
「わかったわ。トオルがそれでいいなら」
トオルは一瞬訝しんだようだったが、手短かにね、とだけ言った。
マヤはどうしたものかと思案したが、ユカに目くばせをすると、空気を読んだ少女は、無言で玄関の方に向かって走り去った。
トオルはそれをすまなそうに見送りながら、目の前の古びたベンチにカバンをどさっと置いた。
澪とトオルが向き合って、マヤはトオルの斜め後ろに立っている。
少し離れたところから、こちらを見ている人がちらほらいるのが目に入る。
気まずい沈黙が流れたあと、澪が意を決したように口を開いた。
「もう何度も伝えてるけど…、どうしてもトオルとやり直したいの」
マヤは、先ほどから胸の中をかき回している、言い知れぬ不安がどんどん膨らんでいくのを感じた。
「だから、それは無理だっ…
「あの時、」
澪がトオルの言葉に被せるように言う。
「あの時、トオルに別れを告げたのは、別の彼氏ができたからじゃないの」
「え?」
「ホントは、トオルに失望したから、なの」
「・・・失望…ね」
トオルはどうでもよさそうに澪の言葉を繰り返した。
「そう、失望。私はずっとトオルはプロになると思ってた。私だけじゃなく、周りのみんながそう思ってたよ。トオルのお父さんも、お姉さんも」
いきなり澪の口から出たトオルの身内。
家族公認の交際だったのだとマヤは悟った。
「でも、トオルは頑なに拒否したよね、スカウトの話も全部蹴って」
「・・・」
「私はバスケをしているトオルが好きだったし、絶対プロになれるって確信してた。だから、そんなトオルを支えていくためなら、夢だったモデルの仕事も辞める覚悟もしてたの。それなのに…、トオルは無難な道を選んだ。そのことに失望したの…」
「・・・」
「その時の私はまだ未熟だったんだよね。それでトオルへの愛も冷めた、と思い込んでたの。だから、前からアプローチされていた大学の先輩と付き合うことにしたんだ」
マヤは自分の知らないトオルの過去の話にいつしか聞き入っていた。
「あ!そう言えば、深瀬くんと付き合ってたんでしょ?」
「大学の時だよね?別れたって聞いてたけど…違ったのかな?」
ひそひそと囁く声が背後から聞こえてきて、マヤは胸の奥に僅かな疼きを感じた。
(トオルと付き合ってた…?もしかして、例の元カノだろうか…)
その美女はそんな囁きは気にも留めない様子で、コツコツとヒールを鳴らしながら、観客席から出て行った。
事前に落ち合い場所と決めていた、玄関ホールの隅にあるベンチに腰かけ、マヤはユカと共にトオルを待っていた。
ホール内は、立ち話をしている観客やジャージ姿の選手らで賑わっている。
「トオルくん、めっちゃカッコよかったわ~~」
スポーツに全く関心の無かったユカが、興奮気味にスマホで撮った写真をマヤに見せてくる。
だが、マヤは先ほどの美女のことが頭から離れず、目の前に差し出される写真を見る余裕もない。
しばらくして、白いTシャツとジャージのズボンに身を包んだトオルが大きなカバンを持ってやってきた。
「お待たせしました!」
つい先ほどまで鬼気迫るプレイを連発していたとは思えない、穏やかな表情であった。
真っ先におめでとう、と言いたかったのに、喉の奥がつかえて言葉に詰まる。
すると、背後から、
「トオル!」
と言う、可愛らしい若い女性の声がした。
振り向くと、先ほどの美女、月野澪が近付いてくる。
その華やかな出立ちは、ホールの中でもひときわ眩しいオーラを放っていた。
「ミオ…」
ニコニコ微笑みながら目の前に現れた女性を見て、そう呟くトオルの顔が曇った。
「予選突破おめでとう!」
美しい顔が、30センチは上にあるトオルを見上げて言う。
「ありがとう」
トオルはその曇った表情のまま、素っ気なく答えた。
「悪いけど、今から出かけるから」
「ちょ!今日は観に行くって、その後話そうって、ラインで伝えたでしょ。わざわざ東京から来たんだよ!」
澪の笑顔が消え、トオルのTシャツの袖から伸びた逞しい腕を掴む。
長身で鍛え上げられた逞しい体型のトオルと、その美しい女性が並ぶと、ますます近寄りがたいオーラが放たれる。
まるで洒落た恋愛映画の一場面のようだ。
マヤの胸がまたチクリと痛んだ。
「もう話すことはないよ。何度も言ったよね?」
「トオルにはなくても私にはあるの。お願い!」
必死に訴える澪に、感情を動かされる様子もなく、トオルはマヤたちの方を向きながら言う。
「彼女たち、オレが招待して大阪から来てくれたんだ。これから食事に行くから。どうしてもと言うなら、今ここで聞く」
澪はマヤたちの方に視線を向けると、どう見ても目の前の美青年と接点の無さそうな、中年女性と女子中学生を怪訝そうな顔で見る。
マヤはいたたまれなくなって、
「あ、トオルくん、ユカと隣の公園に行ってるよ!ごゆっくり!」
そう言ってユカを促しながら、立ち去ろうとした。
「待ってください、マヤさん!」
トオルが澪を真っすぐ見据えたまま言う。
「彼女たちも一緒にここで聞く。それが条件」
澪は始め明らかに不服そうだったが、ふと意味深な表情に変わった。
「わかったわ。トオルがそれでいいなら」
トオルは一瞬訝しんだようだったが、手短かにね、とだけ言った。
マヤはどうしたものかと思案したが、ユカに目くばせをすると、空気を読んだ少女は、無言で玄関の方に向かって走り去った。
トオルはそれをすまなそうに見送りながら、目の前の古びたベンチにカバンをどさっと置いた。
澪とトオルが向き合って、マヤはトオルの斜め後ろに立っている。
少し離れたところから、こちらを見ている人がちらほらいるのが目に入る。
気まずい沈黙が流れたあと、澪が意を決したように口を開いた。
「もう何度も伝えてるけど…、どうしてもトオルとやり直したいの」
マヤは、先ほどから胸の中をかき回している、言い知れぬ不安がどんどん膨らんでいくのを感じた。
「だから、それは無理だっ…
「あの時、」
澪がトオルの言葉に被せるように言う。
「あの時、トオルに別れを告げたのは、別の彼氏ができたからじゃないの」
「え?」
「ホントは、トオルに失望したから、なの」
「・・・失望…ね」
トオルはどうでもよさそうに澪の言葉を繰り返した。
「そう、失望。私はずっとトオルはプロになると思ってた。私だけじゃなく、周りのみんながそう思ってたよ。トオルのお父さんも、お姉さんも」
いきなり澪の口から出たトオルの身内。
家族公認の交際だったのだとマヤは悟った。
「でも、トオルは頑なに拒否したよね、スカウトの話も全部蹴って」
「・・・」
「私はバスケをしているトオルが好きだったし、絶対プロになれるって確信してた。だから、そんなトオルを支えていくためなら、夢だったモデルの仕事も辞める覚悟もしてたの。それなのに…、トオルは無難な道を選んだ。そのことに失望したの…」
「・・・」
「その時の私はまだ未熟だったんだよね。それでトオルへの愛も冷めた、と思い込んでたの。だから、前からアプローチされていた大学の先輩と付き合うことにしたんだ」
マヤは自分の知らないトオルの過去の話にいつしか聞き入っていた。