第9話 二次会

文字数 1,667文字

時刻は午後二時を過ぎたところ。店を出ると、冷たい空気が顔を刺すが、酒で体が火照っていることもあり、寒さはあまり感じなかった。
飲食店が建ち並ぶこの通りは、来た時よりもさらに行き交う人々で混みあっている。

キョロちゃん夫妻はこの後大阪観光を続けたいと、ここで別れることになり、残りの五人で近くのカラオケボックスに行くことになった。
マックスは帰り際に何やら手帳のようなものを取り出して、ちゃっかりトオルにサインを貰っていた。

カラオケまでは歩いて五分ほどの距離だったが、人混みの中で頭一つ飛び出たトオルは、多くの人の目を引いていた。
そして、そのほとんどが二度見をすることにマヤは気が付いた。
一度目はその身長に、そして、二度目はその美男子ぶりに、であることは間違いなさそうだ。
通りの向こう側では女子高生二人組がこちらを見ながら、「かっこいい!」やら「モデル?」やらと、ひそひそ話しているのが聞こえた。

カラオケでは、帝王と明美の二人がほぼマイクを独占していた。
明美はルイの運転手として来ただけ、という体ていで居酒屋では静かに食べていたが、カラオケは好きなのか、積極的にマイクを取り、昭和から今どきの歌まで幅広く歌いこなしている。
帝王ともノリが合うようで、デュエットまで楽しんでいた。
帝王はここでもハイボールを飲み続けていた。
ルイも時々マイクをとり、マヤの知らない歌を熱唱していた。

トオルは歌は苦手なようで、「聴くのが楽しいから」と、何度もルイに促されるのをやんわりと断わり、クリームソーダを飲んでいる。
マヤは離婚後、ヒトカラでよくストレスを発散していたこともあり、歌は嫌いではなかったが、人前で歌うのは気後れして断っていた。
しかし、ルイに無理やりマイクを渡されたので、仕方なく一曲、松任谷由実を歌った。

歌い終わってマイクを置いたとたん、

「マヤさん、上手い!!声も素敵です!」

隣に座るトオルがやたら褒めちぎってくるので恥ずかしかったが、満更でもない気分ではあった。

「この歌オレ好きなんです!子供の頃母親がよく車で聴いていて…。横で聴きながら、いい歌だな~ってずっと思ってたのを覚えています。懐かしいなぁ!」

続く言葉に、少し上がったマヤのテンションが、微妙に揺らいだ。

(あぁ、そうだ。自分はトオルやルイより、彼らの親とそう変わらない世代なんだった)

今日初めて対面して食事を共にし、オンラインの交流から一層親しみを感じるようになった彼らだったが、決して埋められない大きな年齢差を改めて認識させられ、若干また心理的距離も遠のいた。

「あ、マヤさん、『守ってあげたい』も歌ってほしいです!オレ、あれもすごく好きなんです」

トオルがニコニコ顔でマヤの顔を覗き込みながら、右肩にさりげなく手を置き嬉しそうに言うので、思わずビクッと体が跳ねた。
体温と同時に息遣いまで感じる距離に顔がある。

(まつ毛長っ!)

「う~~ん、あの歌キーが高くて難しいから無理」

思わず体をのけ反らせながらも、努めて平静を装い、そう言って立ち上がった。

「え~~残念…」

今度は眉尻を下げいかにも残念そうな表情に変わる。
その顔が、マヤに罪悪感を抱かせ、いたたまれなくなる。

「ドリンク取ってくるね」

明美が再びマイクを取って、高橋真梨子を歌っているのを横目に、そそくさと扉を開けて部屋を出た。

人と話す際、相手の目をじっと見つめたり、やたらスキンシップが多いのは、彼にとっては無意識なのだろうが、異性で、しかもあの美形となると、大抵の女子は勘違いするに決まっている。本人にはそんな自覚は全くなさそうだが。

そのように冷静に分析ができている自分にひとまず安堵するが、肩に触れられた時に跳ね上がった心臓の鼓動がまだ治まらないことに戸惑う。
足早に通路をまっすぐ進んで、少し奥まった場所にあるドリンクバーに辿り着き、ひとまず呼吸を整えた。

(てか、、、アレがもし天然でなくわざとだったら?それって揶揄われているってことだ。もしそうなら、帝王より質たちが悪いな。)

そんなことを考えながら、コーヒーカップを手にした時だった。
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