第3話 オフ会
文字数 3,313文字
クリスマスも過ぎ、一気に年末の慌しさに包まれた今年最後の土曜日。
マヤは朝から忙しく動き回っている。
今日はいよいよオフ会の日。
会社の飲み会以外での外食なんて、離婚前を遡っても随分としていない。
いざ、おしゃれを!、と意気込んではみたものの、元来ファッションには疎い上、ここ数年は洋服を買った記憶すらないマヤの小さなクローゼットの中は閑散としている。
日々のローテーションで着用している出勤用のグレーや紺のスカートやジャケットか、部屋着のスウェットしか見当たらない。
地味だけど一番”オフィス感”が薄い、紺のロングワンピースを選んだ。
購入したのは十年くらい前だけど、癖のないデザインなので、そんなに古臭く見えない(と思っているだけ)だろう。
もうずいぶん放置していて、裾にしわが入っていたので、そこだけ軽くアイロンをかける。
今日はいよいよ、声だけとは言え、1年間毎晩のようにおしゃべりとゲームを楽しんできた彼らとご対面だ。
(みんな、どんな顔してるんだろ?)
自分も顔を晒すのはちょっと恥ずかしい。40も過ぎれば、美人とか期待されることもないか、と自嘲の笑みを浮かべながら、時計を見る。
「やば!」
今日はマヤが幹事を引き受けた。地元民である自分が店を探して予約をするのが一番理にかなっているだろうと、自ら申し出たのだ。
全員にマップを含めたお店情報は送ってある。大阪ミナミにある、昼間も営業している炉端焼きのお店の個室を予約している。
現地集合にしているが、実はマヤ自身も行ったことがない店なので、早目に行って確認しておく必要がある。
集合時間は正午なので、十一時半にはお店に着いて、あとは近所をぶらぶらしておけばよい。
なんとか予定していた電車に飛び乗って、スマホを開くと参加メンバー六人で作ったグループラインに通知がいくつか入っていた。
キョロちゃん『夕べ大阪入りしました。只今二人で法善寺横丁を散策しています』
帝王『空港に着いた。今高速バスでなんばに向かってる』
トオル『新大阪です。人が多過ぎてどこに向かったらいいかわかりません(汗)』
(あらら。)
年末ということもあり、新大阪駅はいつにもまして帰省や国内旅行に出かける人でごった返していることは想像に難くない。
大阪の地下鉄やJR在来線に慣れていない者にとっては案内板だけを頼りに右往左往することは間違いない。
『トオルさん、大丈夫?地下鉄御堂筋線に乗ってね。七個目の駅だよ』
メッセージを打ちながら、やはり、府外から来る人たちに、この煩雑で入り組んだ繁華街での現地集合は厳しいだろうかと思い直す。
(特に、この人はのんびり、いや、ボーっとしてそうで、無理かも。)
駅で待ち合わせを提案しようかと考えていると、すぐ返信が来た。
『あちこちの人に聞いてなんとか御堂筋線に乗りました!』
続いてピースサインをした小型犬キャラのスタンプが付いた。
もう少し放置してみよう、と、マヤの中で少しの悪戯心が芽生えた。
徒歩5分と表示してあるそのお店は、案外わかりやすいところにあったので、すぐに見つかった。
時計を見ると、まだ11:45だが、店に戻って、名前を申し出た。
「六名の仲宗根様ですね。どうぞ!」
案内のスタッフに着いていくと、幅の狭い木の階段を上っていく。
ぐるぐる周りながら、各階を通り過ぎ、やっと着いたのが四階の和室であった。
十名くらいは座れそうな座敷部屋。
完全な個室なので、他に気を遣わず、ゆっくり話が出来そうで良かった。
コートを備え付けのハンガーにかけ、自分は幹事なので、一番出入り口に近い場所に腰を下ろした。
さあ、いよいよご対面だ。
スマホをかばんから取り出し、テーブルに置く。
子犬のピーススタンプ以降、新規メッセージはない。
すると個室の外から、スタッフの「どうぞ~」という声が聞こえた。
(来た!)
なぜか、掌にじんわり汗が滲んできて、顔が強張る。思わず口を「アイウエオ」の形で動かし、顔の筋肉を解した。
ガラガラっと音がして開かれた戸から女性が顔を覗かせた。
(キョロちゃん?!)
少し、ホッとした。
肩下まであるまっずぐな髪を垂らし、上品な白のロングコートが似合う色白の肌をしたその小柄な女性は、小さめのハンドバッグを肩に掛けていて、「こんにちは!」とマヤに笑いかけた。
続いて、彼女より少し背が高めの30代後半くらいに見える男性が入ってきた。
夫の”マックス”だろう。
手には紙袋を3つほど抱えている。
ショッピングを楽しんできたのだろうか。
聞こえるか聞こえないか、くらいの小さな声で、
「ちは」
と言って頭を下げる。
「キョロちゃんと・・・マックスさん?」
マヤはニコッと微笑みながら、一応確認した。
うんうんとキョロちゃんは頷き、「初めまして!」と右手を差し出してきたので、マヤはその手を取って握手した。
二人は並んでマヤの前の席に座った。
「買い物してきたんですか?」
ゲーム中はほぼタメ口だが、まだ畏まってしまう。
「うん、友人に勧められていたスイーツのお店と、あと、雑貨店をウロウロして、お土産を買ってたの。」
キョロちゃんは、だんなといるからだろうか、いつもの口調でリラックスしている。
「明日は奈良に行くので、今日のうちに大阪を堪能しておこうと思ってるんだ」
三人でしばらく歓談していると、ガタンっと大きな音がして引き戸が開かれた。
ずかずかと入ってきた一人の中年男。
間違いなく帝王だろう。
「よう!」
右手を挙げ、じろじろと三人をなめ回すように見ている。
身長は170あるかないか、といったところ。
12月だというのにピンクのポロシャツに薄手のジャケットを羽織っているだけで下はジーンズだ。お腹がポッコリ出ている。
階段が堪えたのだろう、額にうっすら汗を搔き、少し息切れをしている。
マヤの顔をまじまじと見つめ、
「ほう、そういう顔か」
とわざとらしく鼻を鳴らして笑う。
やっぱりイラつく奴だ。
「そっちこそ、想像通りやわ」
こちらも負けじと不敵に笑ってやった。
「まだこれだけか?」
時間を見ると、11時58分。
そして、その場にいる全員のスマホの着信音が鳴った。
ルイからだ。
『事故渋滞に引っかかってて遅れてるので先始めといて。あ、ちなみに彼女連れてきた。運転手として』
ルイは以前、10年近く同棲している彼女がいる、と言っていた。
逆算すると、高校からということになるが、どうも高校は中退しているらしい。
驚いたのは、彼女の年齢。
マヤと同い年らしい。つまり、四十一歳でルイとは十七歳差だ。
ルイはプライベートについてはあまり口にしないが、帝王からの情報によると、少年時代は複雑な家庭環境で育ち、家出やリストカットを繰り返したという苦労人らしい。
普段の明るい口調や話す話題などからは想像もつかないが。
そんな中で彼を救ってくれたのがその年上の彼女だということだ。
その彼女ともご対面できるということなので、また興味のネタが一つ増えた。
さて、あとはトオルである。
(無事に駅に着いたのだろうか?)
「店の前まで見に行ってやった方がいいんじゃね?」
帝王が言う。
(アンタが行けばいいやん。どうせ4階までの階段を下りるのが嫌なんやろ)
スマホをのぞき込みながら、そんなことを考えていると、引き戸が開き、店員に案内されて一人の大男が顔を出す。
鴨居に頭をぶつけそうになりながら、少し体をかがめて入ってきた。
180超えどころじゃないな、と思った。ただ、横幅はそれほどない。
ダッフルコートを着ているがどちらかというとほっそり見える。細身のブラックジーンズが足の長さを強調している。
そして、その顔はマヤの勝手な想像で作り上げていたものとは程遠い、いわゆるイケメンだった。
トオルとは他のメンバー程話す機会も無かったし、性格的にのんびりしていそうというくらいしかイメージする材料が無かったので、癒し系で人気のあるお笑い芸人の顔を勝手に当てはめていた。
太めの眉に、くっきりとした二重の目。凛々しいのだが、垂れ目なので、それほど目力が強調されない。鼻筋が通っていて、口角の上がった少し厚めの唇が艶っぽい。
肌が透き通るように白い。多分マヤよりも白い。
「遅くなりました。トオルです。何とかたどり着けて良かった!」
マヤは朝から忙しく動き回っている。
今日はいよいよオフ会の日。
会社の飲み会以外での外食なんて、離婚前を遡っても随分としていない。
いざ、おしゃれを!、と意気込んではみたものの、元来ファッションには疎い上、ここ数年は洋服を買った記憶すらないマヤの小さなクローゼットの中は閑散としている。
日々のローテーションで着用している出勤用のグレーや紺のスカートやジャケットか、部屋着のスウェットしか見当たらない。
地味だけど一番”オフィス感”が薄い、紺のロングワンピースを選んだ。
購入したのは十年くらい前だけど、癖のないデザインなので、そんなに古臭く見えない(と思っているだけ)だろう。
もうずいぶん放置していて、裾にしわが入っていたので、そこだけ軽くアイロンをかける。
今日はいよいよ、声だけとは言え、1年間毎晩のようにおしゃべりとゲームを楽しんできた彼らとご対面だ。
(みんな、どんな顔してるんだろ?)
自分も顔を晒すのはちょっと恥ずかしい。40も過ぎれば、美人とか期待されることもないか、と自嘲の笑みを浮かべながら、時計を見る。
「やば!」
今日はマヤが幹事を引き受けた。地元民である自分が店を探して予約をするのが一番理にかなっているだろうと、自ら申し出たのだ。
全員にマップを含めたお店情報は送ってある。大阪ミナミにある、昼間も営業している炉端焼きのお店の個室を予約している。
現地集合にしているが、実はマヤ自身も行ったことがない店なので、早目に行って確認しておく必要がある。
集合時間は正午なので、十一時半にはお店に着いて、あとは近所をぶらぶらしておけばよい。
なんとか予定していた電車に飛び乗って、スマホを開くと参加メンバー六人で作ったグループラインに通知がいくつか入っていた。
キョロちゃん『夕べ大阪入りしました。只今二人で法善寺横丁を散策しています』
帝王『空港に着いた。今高速バスでなんばに向かってる』
トオル『新大阪です。人が多過ぎてどこに向かったらいいかわかりません(汗)』
(あらら。)
年末ということもあり、新大阪駅はいつにもまして帰省や国内旅行に出かける人でごった返していることは想像に難くない。
大阪の地下鉄やJR在来線に慣れていない者にとっては案内板だけを頼りに右往左往することは間違いない。
『トオルさん、大丈夫?地下鉄御堂筋線に乗ってね。七個目の駅だよ』
メッセージを打ちながら、やはり、府外から来る人たちに、この煩雑で入り組んだ繁華街での現地集合は厳しいだろうかと思い直す。
(特に、この人はのんびり、いや、ボーっとしてそうで、無理かも。)
駅で待ち合わせを提案しようかと考えていると、すぐ返信が来た。
『あちこちの人に聞いてなんとか御堂筋線に乗りました!』
続いてピースサインをした小型犬キャラのスタンプが付いた。
もう少し放置してみよう、と、マヤの中で少しの悪戯心が芽生えた。
徒歩5分と表示してあるそのお店は、案外わかりやすいところにあったので、すぐに見つかった。
時計を見ると、まだ11:45だが、店に戻って、名前を申し出た。
「六名の仲宗根様ですね。どうぞ!」
案内のスタッフに着いていくと、幅の狭い木の階段を上っていく。
ぐるぐる周りながら、各階を通り過ぎ、やっと着いたのが四階の和室であった。
十名くらいは座れそうな座敷部屋。
完全な個室なので、他に気を遣わず、ゆっくり話が出来そうで良かった。
コートを備え付けのハンガーにかけ、自分は幹事なので、一番出入り口に近い場所に腰を下ろした。
さあ、いよいよご対面だ。
スマホをかばんから取り出し、テーブルに置く。
子犬のピーススタンプ以降、新規メッセージはない。
すると個室の外から、スタッフの「どうぞ~」という声が聞こえた。
(来た!)
なぜか、掌にじんわり汗が滲んできて、顔が強張る。思わず口を「アイウエオ」の形で動かし、顔の筋肉を解した。
ガラガラっと音がして開かれた戸から女性が顔を覗かせた。
(キョロちゃん?!)
少し、ホッとした。
肩下まであるまっずぐな髪を垂らし、上品な白のロングコートが似合う色白の肌をしたその小柄な女性は、小さめのハンドバッグを肩に掛けていて、「こんにちは!」とマヤに笑いかけた。
続いて、彼女より少し背が高めの30代後半くらいに見える男性が入ってきた。
夫の”マックス”だろう。
手には紙袋を3つほど抱えている。
ショッピングを楽しんできたのだろうか。
聞こえるか聞こえないか、くらいの小さな声で、
「ちは」
と言って頭を下げる。
「キョロちゃんと・・・マックスさん?」
マヤはニコッと微笑みながら、一応確認した。
うんうんとキョロちゃんは頷き、「初めまして!」と右手を差し出してきたので、マヤはその手を取って握手した。
二人は並んでマヤの前の席に座った。
「買い物してきたんですか?」
ゲーム中はほぼタメ口だが、まだ畏まってしまう。
「うん、友人に勧められていたスイーツのお店と、あと、雑貨店をウロウロして、お土産を買ってたの。」
キョロちゃんは、だんなといるからだろうか、いつもの口調でリラックスしている。
「明日は奈良に行くので、今日のうちに大阪を堪能しておこうと思ってるんだ」
三人でしばらく歓談していると、ガタンっと大きな音がして引き戸が開かれた。
ずかずかと入ってきた一人の中年男。
間違いなく帝王だろう。
「よう!」
右手を挙げ、じろじろと三人をなめ回すように見ている。
身長は170あるかないか、といったところ。
12月だというのにピンクのポロシャツに薄手のジャケットを羽織っているだけで下はジーンズだ。お腹がポッコリ出ている。
階段が堪えたのだろう、額にうっすら汗を搔き、少し息切れをしている。
マヤの顔をまじまじと見つめ、
「ほう、そういう顔か」
とわざとらしく鼻を鳴らして笑う。
やっぱりイラつく奴だ。
「そっちこそ、想像通りやわ」
こちらも負けじと不敵に笑ってやった。
「まだこれだけか?」
時間を見ると、11時58分。
そして、その場にいる全員のスマホの着信音が鳴った。
ルイからだ。
『事故渋滞に引っかかってて遅れてるので先始めといて。あ、ちなみに彼女連れてきた。運転手として』
ルイは以前、10年近く同棲している彼女がいる、と言っていた。
逆算すると、高校からということになるが、どうも高校は中退しているらしい。
驚いたのは、彼女の年齢。
マヤと同い年らしい。つまり、四十一歳でルイとは十七歳差だ。
ルイはプライベートについてはあまり口にしないが、帝王からの情報によると、少年時代は複雑な家庭環境で育ち、家出やリストカットを繰り返したという苦労人らしい。
普段の明るい口調や話す話題などからは想像もつかないが。
そんな中で彼を救ってくれたのがその年上の彼女だということだ。
その彼女ともご対面できるということなので、また興味のネタが一つ増えた。
さて、あとはトオルである。
(無事に駅に着いたのだろうか?)
「店の前まで見に行ってやった方がいいんじゃね?」
帝王が言う。
(アンタが行けばいいやん。どうせ4階までの階段を下りるのが嫌なんやろ)
スマホをのぞき込みながら、そんなことを考えていると、引き戸が開き、店員に案内されて一人の大男が顔を出す。
鴨居に頭をぶつけそうになりながら、少し体をかがめて入ってきた。
180超えどころじゃないな、と思った。ただ、横幅はそれほどない。
ダッフルコートを着ているがどちらかというとほっそり見える。細身のブラックジーンズが足の長さを強調している。
そして、その顔はマヤの勝手な想像で作り上げていたものとは程遠い、いわゆるイケメンだった。
トオルとは他のメンバー程話す機会も無かったし、性格的にのんびりしていそうというくらいしかイメージする材料が無かったので、癒し系で人気のあるお笑い芸人の顔を勝手に当てはめていた。
太めの眉に、くっきりとした二重の目。凛々しいのだが、垂れ目なので、それほど目力が強調されない。鼻筋が通っていて、口角の上がった少し厚めの唇が艶っぽい。
肌が透き通るように白い。多分マヤよりも白い。
「遅くなりました。トオルです。何とかたどり着けて良かった!」