第6話 不穏な空気

文字数 2,114文字

「あ、すみません。オレも行きます」

電話を終えたトオルがニコッと笑ってマヤの後ろに続いた。

「大丈夫?」

一応尋ねてみたが、

「ええ、大丈夫です」

とだけ返ってきた。

ルイ、彼女、マヤ、トオルが続々と四階の部屋に戻ると、

「よ!待ってました!」

帝王がルイと彼女に向かって声をかける。これで全員が揃った。

ルイは生ビール、彼女は運転手なのでウーロン茶を注文し、マヤとは反対側の帝王の隣に並んで着席した。

ルイが加わると一気に場は盛り上がった。
年齢のわりに世慣れた風格があり、何も言わなくても仕切ってくれるし、皆が発言できるよう気配りも完璧だ。

皆の職業や、趣味の話で一通り盛り上がったところで、ルイが、そう言えば、と言って帝王に質問を投げかける。

「帝王って独身やんな。彼女おらんの?」

四十代ともなれば、結婚もして子どもの一人や二人いてもおかしくはない年齢だ。
すでに四杯目のハイボールを口に付けていた帝王は、

「おう。半年前に別れたんだよ」

「ほ~~」

全員が興味ありげに帝王を見る。

「相手は何歳だったの?なんで別れたん?」

ルイが畳みかけるように質問をする。

「28歳。性格の不一致、だな」

「若いやん!もったいない。そんな若いのもう捕まえられんで。性格なんか適当に合わせときゃいいのに」

ルイがズケズケと言うものだから、マヤも含めて皆が苦笑いする。

「若けりゃいいってもんじゃないんだよ。それにオレはモテるんだ。ほれ、マヤももう、オレに落ちかけてるぜ、な!」

隣のマヤを親指で指差して言う。
今日ここで対面したのを機に、自分の本名を公表して、名前で呼んでもらうよう皆に頼んだ。
ルイに大声でアニメキャラのニックネームを呼ばれ、恥ずかしい思いをしたからでもある。

しかし、この鉄面皮な男に本名を、しかも呼び捨てにされるのは、不快に感じてしまう。

ルイは「マヤ、そうなん?ええやん、年も同じくらいやし」

と適当なことを嬉しそうに言う。
ちらとトオルを見ると、ニコニコしながら目の前の唐揚げを摘まんでいる。

「マヤは再婚する気あるの?」

そのままマヤに振ってくるルイ。

マヤがバツイチなのはこのメンバーの中ではすでに周知の事実である。

「ない!結婚はコリゴリ。娘がいるし、もう結婚するメリットもない。結婚なんてするもんじゃないわ」

ついついこれまで溜め込んでいた鬱憤を吐き出してしまった。

「それはお前が失敗しただけだろ。キョロちゃんとマックスは幸せそうじゃないか。トオルなんかはこれから結婚に夢を抱いて、恋愛もする。あ、今してるのか?とにかく、若者の夢をぶち壊すような事を言うな」

先ほどから帝王に対して露骨に冷たい態度をとっていたのを感じ取っていたのだろう。
帝王がマヤに突っかかってくる。

”失敗”という言葉に敏感に反応した。
人生に失敗なんて付き物だし、これまで数えきれないほどの大小様々な失敗を繰り返してきた。
それでもそれらからは何かしらの教訓を得たり、時にはきれいさっぱり忘れることで何とか前に進んできた。
しかし、離婚というのは特別なケースだ。
自分だけの問題ではない。
娘から父親を引き離してしまい、片親の子にしてしまった負い目もある。
そしてその娘を一人で育てていかなければいけないプレッシャーはいまだにマヤを押し潰そうとしてくる。

たとえ夫が浮気をやめなくても、家族として機能させていく覚悟はあった。
惚れた腫れただけではご飯は食べられない。
給料を入れて、娘に対してだけは父親をしていてくれればそれ以上を望まないし、夫として立てるつもりでもあったのに。
向こうから別れたいと言われては、もうどうしようもなかった。

お酒も入っていたからだろう。様々な感情がこみ上げ、鼻がツンとなった。
気付けば涙がポロポロと零れ落ちていた。

(こんな所で泣きたくない!それこそ場をシラケさせてしまうではないか。いや、違う、別に悲しくもないのに!)

「ごめん、トイレ」

流れる涙を少年の様に手の甲で乱暴に擦り取り、立ち上がってすぐそばの出入り口から出て行った。

(最悪だ・・)

せっかく今日という日を楽しみにここ1か月仕事も頑張って、張り切って幹事まで引き受けたのに。
初対面のゲーム仲間との和やかな飲み会でこんな醜態をさらけだして、盛り上がるはずの宴会を台無しにしてしまう。

二階にトイレがあるので、とりあえずそこまで降り、手前の洗面所に入る。
鏡を見るとすでに化粧も崩れて、目は真っ赤になっていた。
慌てて化粧直しをして、鼻をかんだ。

(みんな今頃何を話してるのだろう。帝王は責められているのだろうか。)

帝王には腹が立つけれど、正直、負けたくない気持ちもあった。
言葉の応酬でやり合うのではなく、できれば大人の対応で余裕を見せつけたい。

それに、ルイやトオル、キョロちゃんたちとはいつまた会えるかわからないのだ。
彼らとの時間をもっと楽しみたいし、せっかくの久しぶりのプライベートな宴会も満喫したい。

そう思ったら、急に落ち込んでいるのが馬鹿らしくなった。

(帝王なんか無視だ!)
(なんだ、”帝王”って。ミスマッチにも程がある!)

入る時とは打って変わって不敵な笑みさえ浮かべ、意気揚々と洗面所を出たところで、あるはずのない大きな”壁”にぶつかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み