店奥のテーブル席2「とある男たちの話」滝口流

文字数 3,119文字

『とある男たちの話』 滝口流

takigutir

ほ、本当にやるのかよ兄貴ぃ

takigutir

喫茶店エブリシングの店の奥。
人目につかないテーブル席に座る、二人の男たちがいた。

takigutir

怖気づいてんじゃねぇぞ、トシ。今日が最適だってのはお前のアイデアだろうが
男は骸骨の仮面をズラし、注文したコーヒーを一口すする。
対面に座った仮装姿の男は、その言葉を受けて首を横に振った。

takigutir

ぎ、銀行強盗なんて無理だよ……オイラ……
バカ! こんなとこでそれを言うやつがあるか!
あ、あ……すまねぇ、兄貴ぃ
……と、誰も聞いてなさそうだな。――ったくお前は、変なところで頭が回るくせに普段から抜け過ぎだぜ
キョロキョロと周囲を見回した骸骨面の男は、安堵したように息を吐く。

takigutir

だいたいお前な。なんだよその格好は。『ハロウィンだったら、顔を隠したり、銃や金の入ったバッグを持ってても不自然じゃない』……って言ったのはお前だろうが
う、うん……。何かおかしいかな、兄貴
お前ハロウィンって言ったら西洋のお祭りだろうが! なんでお前は(からす)天狗(てんぐ)の格好なんだよ! ザ・ジャパニーズ妖怪じゃねぇか!
烏天狗……カッコイイよね……
そーじゃねぇーーーーだろーーーーー! なんでお前個性主張してんの!? これから学芸会にでも行くの!? 俺らが行くのは銀行だよ!? 子供銀行じゃねぇんだよ!!
兄貴! 声がでかいって!
……そうだな。でかいな。すまん。俺は自分の非を認められて謝れる男だ……
さ、さすが兄貴……。一生ついていくよ……!
おう、着いてこい。お前を連れていってやるぜ……あの一等星にな……
髑髏面の男はイスに深く座り直した。

takigutir

……それはともかく、だ。とにかく金を早いとこ稼がねえと家賃が払えねえ。……払えなくなるとどうなるか、わかるか?
わ、わかんないよ兄貴……
ったくこれだからお前は……。――俺らが追い出されたら、誰がミィちゃんの面倒をみるってんだよ!!
あ、ああ! そっか! ペット不可のアパートだけど大家さん含めた住人たちで世話をしている野良猫のミィちゃん……! オイラたちがいなくなったら、誰もブラッシングしなくなる……!
そうだ……。だから俺たちは何があっても金を用意しなきゃいけねぇ……
そ、そっか……。そうだね。オイラも頑張るよ……心を鬼にして……。いや烏天狗にして……
身も心もジャパニーズ妖怪になってんじゃねぇか! なんで言い直したの!?
まあオイラにかかれば銀行強盗ぐらい朝飯前だけどな
心が天狗になってる!!!
朝飯前……いや朝のカプチーノ前ぐらいだけどな
突然西洋にかぶれてんじゃねぇよ! 烏天狗のキャラ設定大事にしろよ!!
兄貴! 静かに! 静かに!
おっと……。またやっちまったみてぇだ。すまねぇ。俺は自分の非を認められる男……
さすが兄貴……! 来世もついていくよ!
おう着いてこい! ……でも今のはお前が悪いよね? 7:3ぐらいではお前が悪いよね?
髑髏顔の男はコーヒーを一口流し込む。

takigutir

……よし、それじゃあそろそろ覚悟を決めるぜ、トシ
う、うう……。でも兄貴、いったいどうやって強盗なんてするんだい? 俺は強盗なんてやったことないよ……
そりゃあお前、俺だってやったことはねぇよ。でもあんなのワンパターンだろ? ……まずこの格好で油断させるわけだ。街はハロウィン一色だからな。油断しているところで近付き、このモデルガンを突きつけて一言――!
トリック・オア・トリート!
お菓子を求めてんじゃねぇよ!! お前はどこに何のためにやってきたんだよぉおお!
ご、ごめんよ兄貴……! ハロウィンだからてっきり……!
お前はハロウィンにお菓子を求めて銀行を襲うのかよ! バッグいっぱいに何を詰めさせる気だよ! キャンディーか!? クッキーか!?
このバッグいっぱいに生八ツ橋を詰めな
京都かよ!! ここに来て烏天狗のキャラを押し出すんじゃないよっ!!!
きゅうりでもいいぞ
それは河童だよ! キャラぶれてんじゃねぇか! そしてその前にハロウィンですらなくなってるだろうが!! きゅうりはおやつに入りませーん!!
ご、ごめんよ兄貴……! でもハチミツをかけるとメロンの味がするって……!
お前は貧乏学生かよ! そういうDIYはいいんだよ! 俺たちは本物の高級メロンを食べるため、銀行から札束を奪い取るんだよ!
しーっ! 兄貴! 兄貴! 声がでかいって! 落ち着いて!
……ああ、またやっちまった。すまねぇ。俺は自分の非を認められる男だ。過ちは繰り返さねぇ……
さ、さすが兄貴……! 兄貴がどんな道を歩もうと、オイラはついていくよ……!
おう着いてこい! ……だけどお前も反省することあるよね? お前が率先して道を誤らせようとしてるよね?
しゃれこうべの仮面をつけた男は、溜息をつきつつコーヒーを飲み干す。

takigutir

……よし、そろそろ――ん?
じー……
……な、なんだ? ガキ――
とりっくおあ、とりーと! お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞー
……ああん?
あ、兄貴! ハロウィン、ハロウィンだよ!
お、おう。そんなんわかってるよ。……だがな、お嬢ちゃん。残念だけどおじちゃんたちはお菓子を持ってないんだ。おじちゃんたちにイタズラなんてしても面白くないだろ? 他の人をあたってくれ
……おじちゃん、もしかして貧乏? 食べる物なくてホネホネ?
これは仮装だよ、クマの気ぐるみのお嬢ちゃん。貧乏といえば、たしかにそうだが……
やっぱり! 食べないと、ホネホネになるってママ言ってた
少女はそう言うと、ガサゴソとポケットを漁り何かを取り出す。

takigutir

これあげる! とっておき……!
少女は飴玉を二つ、テーブルの上に置く。

takigutir

こいつは……
たくさん食べなきゃ大きくなれない、っておばあちゃん言ってたよ。おじさん、ガリガリはよくないよ。だって抱っこしてもらうとき、痛いもん
……はは。まあ、そうだな。でもこいつはお嬢ちゃんがとっておきな。大事なお菓子なんだろ?
……ううん。実は、こっちにさいしゅうへいきがある……。これはさいきょう! さいきょうのチョコレート……! でも……こっちは……あげられない……。いくらおじさんでも……無理……
い、いやそっちが欲しいとかそういう話じゃなくて……
もー! わがまま言っちゃだめ! でしょ! 好き嫌いすると大きくなれないよ!
いやべつに飴玉が嫌いだとかそういう話でも――
おじちゃん可愛くないから、お菓子もらえてないでしょ! せっかく怖い格好したのに! お腹空くとかわいそうだから、あげる! だからわがまま言わないで! 良い子にするの!
バチン、と少女はテーブルの飴玉を叩いた後、入り口へと走っていく。
玄関でくるりと振り返り、フードをとって笑顔をこちらに向けた。

takigutir

ハッピーハロウィン!
少女は喫茶店を出て駆けていく。
二人の男は、呆気にとられたままその後ろ姿を見送った。

takigutir

あ、兄貴……
トシ、俺は――
ドクロの面をかぶった男は、机の上に残された飴玉の包装紙を解いた。

takigutir

――俺は、自分の非を認められる男だ。そして、約束を守る男でもある
男は飴玉を口の中に入れる。
彼の口内に、甘い香りが広がった。

takigutir

だからすまねぇ、トシ。飴玉を食っちまったから、俺は良い子にならなきゃいけねぇようだ
あ、兄貴……! 大丈夫だよ、オイラ兄貴についていく! どんな悪路だって――どんな良い子の道だって!
おう着いてこい! さっそく大家さんに家賃待ってもらうようお願いすることから始めるぞ!
わかったよ兄貴! 俺も一緒にお願いする! なんとか大家さんを説得できるよう頑張るよ!
おう、見せてやろうぜ! 土下座だろうがなんだろうが、なんでもしてやるぜ!
オイラの土下座はお釈迦様も拝むレベルの美しさだからね。まあ素人の兄貴は後ろで見てなよ
天狗になってるー!!
おわり

takigutir

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登場人物紹介

ウエイトレス
喫茶店「エブリシング」の店員。

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