店奥のテーブル席3「本当に好きな人」あきよし全一

文字数 1,356文字

「本当に好きな人」あきよし全一


10月31日、街がハロウィンで盛り上がる日。幸せそうなカップルがたくさん見られる中、喫茶「エブリシング」には様子の違うカップルがいました。

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楓、どうしたの? 僕にあらたまって話があるなんて

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 二人は店の奥、窓の見えないテーブルで隠れるように座っています。ウェイトレスが水とコーヒーを置いて去ると、女の子が思いつめた表情で切り出しました。

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樹希(たつき)……あのね、うちの廊下でこれを拾ったの
なにこれ? 手紙?

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とぼけないで。うちの兄さんが書いたラブレター、って言えば分かるでしょう?
ラブレター!? まさか僕宛の?

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そうよ。樹希宛のラブレターよ
……ちゃんと断ったのに

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 女の子の言葉に、恋人は文字通り頭を抱えました。



 テーブルの上では本日のコーヒー――苦くて熱々のマンデリン――が湯気を出しています。

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正直に話して。樹希はいつから、うちの兄さんと付き合ってるの?

付き合うだなんて!

この前、楓の家に行った帰り、駅まで車で送ってもらったよね。その時に告白されたんだ

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それで付き合うことになった、と
もちろん断ったよ! 楓に心配させたくなくて、黙ってようと思ったんだ

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信じられない


 そう言うと女の子はうつむいてしまいました。



 今日はハロウィン。店内でも「トリックオアトリート!」と子供のはしゃぐ声が聞こえてきます。しかし二人にとっては、遠い世界のことのようでした。

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ねえ、お願いだから正直に話して。最初から兄さんが目当てで私に近づいたの?
近づいたって……僕が好きなのは楓だよ。信じてくれないの?

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触らないで!
もういい、もういいの。樹希は私に精一杯優しくしてくれたんだから。どうか幸せになって
 女の子が席を立とうとした、その時でした。

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トリックオアトリート!
 いつの間にか小さな男の子が、とんがり帽子に黒いマントを羽織って、二人のそばに来ていました。

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お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞー
ごめんね、お菓子は持ってないの

ちぇっ、そっちの髪の長いお姉ちゃんもお菓子ないの?

じゃあイタズラだ! お姉ちゃんたち、手をパーにして重ねて
ごめんね、私もう帰るから
 席を立とうとするショートカットの女の子の手を、恋人ーー髪の長い女の子は強く握りしめます。

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ダメだよ楓、今日はハロウィンなんだから。はい、手を重ねたよ
お姉ちゃん、ありがとー

あのね、もう一人のお姉ちゃんと手を重ねたまま、テーブルに置いて

うん
その上に水の入ったコップを置くの。こぼしちゃダメだからね
それから、それから?
これでおしまい。じゃあねー!
 子供は走り去ってゆき、後には手の甲に水を乗せられた二人だけが残されました。

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え? この水どうするの!? 自分じゃこぼさずに動かせないよ?
あはははは! 動けなくなっちゃったね
笑ってる場合じゃないでしょ!?
 恋人は女の子の瞳をまっすぐに見つめます。

zenone

な、なに……急に真面目な顔して
不安にさせちゃってごめん。でも僕が好きなのは楓だけだから
……信じられない
手の上に水があってもなくても同じだよ。僕はもう楓から離れられないんだ
……
バカ


 店の奥、窓の見えないテーブルに座る二人は、誰からも気づかれません。



 子供のイタズラに気づいたウェイトレスが走ってくるまでの間、二人はずっと手と手を重ねていたのでした。



 





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登場人物紹介

ウエイトレス
喫茶店「エブリシング」の店員。

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