カウンター6「連れはだれ?」ヤドナシ

文字数 2,414文字

「連れはだれ?」ヤドナシ

yomogi

いらっしゃいませ、今日はお一人ですか?
……私に一人じゃないことがあったかね?
あら、いつも色んな方を連れて来られるじゃありませんか。
何度も言っているが私にそんな覚えはない。
この前一緒に来た小さいお子さんは娘さんですか?
私に娘はいない。見ての通りもう老いぼれのジジイだ。それに前にも言ったが亡くなった連れは夫だ。子どもは産めない。
てっきり養子をとったのかと思いました。
養子をとる話をしたことはない。それにあいつももういない。今から子どもを引き取る気もしない。
なるほど、つまり隠し子ですね?
……もう一度言うが、私はこの前もその前も子どもを連れてきたことはないし、今までこの店には一人で入ったことしかない。
そうですか? いつもとっかえひっかえ若い女性の方と来られるのに。
その言い方には悪意と恐怖を感じる……。
あら、どうしてですか?
女性の友人はいるが、食事に誘うような若い子はいない。いったい私は誰と来たんだ?
愛人?
愛人を連れてくるカフェに子どもを連れてくる親がいるか?
愛人の子だったりして?
私に愛人ができるなら相手は女性じゃない。どちらにせよ子どもはできない。
でもお客さんの連れてくる女性、いつもあなたにべったりしてますよ。
……君が疲れているのか、私が憑かれているのか。
私は元気いっぱいですよ♪
そうだな、見ればわかる。
今日は何を飲まれます?
注文取るのも唐突だな……いつもので頼む。
ホットミルクですね。
コーヒーだ。
私がいつも間違えるのはホットミルクですよ?
間違えているのがわかっているなら正しい方を出してくれないか?
お待たせしました、ホットミルクです。
待つ暇もなかったぞ……どうやったんだ、このスピード。
当店スピードが売りなんです。
間違えた注文で胸を貼られてもな。
そう言いながらいつも飲んでくださるじゃないですか。
もったいないからだ。君に悪いとは思わないが、ミルクに罪はない。
きっとミルクも喜んでらっしゃいますよ。
良い話っぽくしても君が注文を間違えてる事実は変わらない。コーヒーを出してくれないか?
そちらのお連れ様にですか?
……今日は一人じゃなかったのか?
今隣にいらしたので。
誰もいないぞ?
お連れ様が遅れていらしたからって、そんな怒らなくても……。
いや怒ってるんじゃない、戸惑ってるんだ。
ほら、涙目じゃないですか。許してあげてください。
私は何を泣かせてるんだ?
愛人?
それ本人の前で言うのか?
すみません、照れちゃいましたね。お連れさん、今のは忘れてください。
今ので照れるのか?
こちらホットコーヒーです。
本当に出すのか……。
注文されたじゃないですか?
隣の席にじゃない、私の席にだ。
もう……怒らないであげてください。これはサービスにしときますから。
いや、だからそっちには誰もいないだろう?
ああっ……意地悪ばかり言うから出て行っちゃったじゃありませんか。
今、カップが揺れたような気がした……。
そりゃ思いっきり机叩いて出て行きましたからね。
どうやら私は疲れているようだ。いや、憑かれているのか?
いったい何人女性を泣かせれば気がすむんです?
毎回私は誰かを泣かせているのか?
いえ、むしろ怒らせてますね。
もっと悪い……。
ちょっと溢れちゃいましたけど、このコーヒーどうしましょう?
私がもらおう。もともと飲みたかったのはコーヒーだ。
おっ……間接キスですね。
(無視……)しかし、今淹れたばかりのコーヒーなのに冷たいな……。
アイスコーヒーですから。
ホットコーヒーと言って出さなかったか?
トリック・オア・トリート!
それ言えば何でも誤魔化せるわけじゃない。淹れなおしてくれ。
はい、どうぞ。
間髪入れずにホットミルクを出してきたな……まあ今日はもうこれでいい。
ふふふ。
なぜ笑う? ところで……私が連れてくるのはいつも女性だけなのか?
自分で連れてきてるくせして私に聞くんですか?
連れてきているつもりはないから聞いているんだ……今まで私が男性を連れてきたことはなかったのか?
さあ、覚えてないだけかもしれませんが……どうしてです?
いや……その中にあいつがいたらと、ふと思っただけだ。
お連れさんですか。でも、もう亡くなっているんでしょう?
ああ、数年前にな。亡くなる前、「君を一人にはしない」とか言っておきながら、結局先に逝ってしまった。
ふふ、実際一人ではないでしょう? ここに来てからいつも誰かと一緒にいるじゃないですか。
……私が思っていたのと違うが……まあ、あいつは相当悪戯好きだった。案外私を驚かせようとして色んな奴に化けているのかもしれん。
今夜は一年に一度のハロウィン、もしかしたらお客さんに会いに来られるかもしれませんよ。
それか……私が会いに行く方が早いかもな。
まあ、まだまだ健康そうな体してるじゃないですか。
不特定多数の「連れ」につかれているようじゃ、いつまで保つかわからない。そのうち誰にも知られずに一人で逝ってしまうかもな。
そんなことありませんよ。私がついている限り、お客さんを一人ぼっちにはさせません。
疲れている原因の大半が君との会話だ。
もう、私にまで意地悪言うんですね。
意地悪じゃない。本音だ。
私だってお客さんがいなくなったら寂しいんですからね。私に注文してくれる人他にいないですし。
それは注文を間違えるからじゃないのか? よくクビにならないな……。
お客さんのおかげです♫
反省してくれ……まあ、私も独り身になってから誰かと会話するのはここに来たときくらいだ。
なら、今夜も付き合いますよ。さあ、そろそろ向こうの窓からパレードが見えてくる頃です。
そうか、これからパレードか……あいつが好きそうなことだ。
 ガヤガヤ……

yomogi

店長、またあの人来てますね。
ああ、今夜も来るんじゃないかと思ってたよ。
彼、いつも誰と話してるんですか? 注文もいつの間にか誰かが取ってるし……。
さあね、きっと彼を一人にしたくない誰かがカウンターにいるんだろう……。
終わり。

yomogi

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登場人物紹介

ウエイトレス
喫茶店「エブリシング」の店員。

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