ハロウィンナイトカフェ
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文字数 2,480文字
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商店街の喧噪(けんそう)をのぞむ窓際の席から、男の声がしてくる――
……で?
それで、逃げ切れると思ったわけだ。
……うっす。
なあ宮本(みやもと)。
その犬のかぶり物――
あ、これたぶんオオカミです。
ああオオカミか。なんでもいいや。
その格好でハロウィンの行列に紛(まぎ)れ込むなんてのは、まあ、よく考えたとは思うが。
ですよね。
宮本、おまえもいい歳なんだろ? こんなことやってる場合じゃないぞ。
……26っす。
まあな、おまえを逃がしちまった俺たちも悪いんだけどな。
そうっすね。
そうっすねじゃねえんだよ。
おまえにだけは言われたくねぇよ。
しかしおまえ……。
おまえの窃盗(せっとう)現場の検証中にだぞ、まさか、部屋にあった仮装用のかぶり物盗んで、逃げ出すとは思わんだろう。
ぼく、逃げるの得意なんで。
捕まってるじゃねぇか。
いやあ、刑事さんと2人でじっくり話がしてみたくって。
なんでだよ。俺にそんな趣味ねぇよ。
趣味じゃありません、本気です!
余計困るわ。
まあ、嘘ですけど。
嘘かよ。
人の気持ちもてあそぶんじゃねえよ。
……そんで、それ取れねぇのか?
はい。
なんかジャストフィットで。
あ、でも、ちゃんと見えてますよ。
まあなぁ。
こう、正面から見ればかろうじて口の中に顔が見えるよな……。
松川(まつかわ)さん!
な、なんだよ急に。
子どもの夢壊しちゃうんで!
口の中とか、かぶり物とか、言わないでください!
ホント急だな。
遊園地のバイトかよ。
やってたことあります。
無駄な嘘つくなよ。ややこしい。
まー、アレだな。
この行列がおさまるまでは時間つぶしだな。またこの仮装行列に紛れて逃げられちゃかなわねぇし。
あー……、お腹空きませんか?
お姉さん!
ぼく、パンプキンパイで!
おい、金持ってねぇだろ。
いや、捜査経費でと思って。
たかるんじゃねぇよ。窃盗犯に余計な税金使えるか。
――おねーちゃん、俺はこの『カボチャのフレンチトースト』で。
あっ、ズルい! 税金泥棒!
ズルくねぇよ!
自分の金で食うんだよ、泥棒はおまえだ!
はー……。
ぼくだって、好きで泥棒やってるんじゃないのに。
……なんだよ、何か理由でもあるのか?
ぼく、冴えない奴なんです。
なにをやってもうまくいかなくて、職も転々と……。
で、金に困って、か?
そんな感じです。
ぼく、小さい頃からイジメられてて。
まあ、それはぼくが悪かったんです。子どもの頃、よく嘘ついてて……。
はじめは、ほんの小さな嘘だったんです。
小学校のクラスメイトの原田くんが、姫野さんのことが好きだとか、でも胸が大きいから泉谷さんにもちょっかい出してるとか、あること無いこと全校に言いふらして。
……いや、そこそこ酷い嘘だぞ?
それで、『嘘つきは泥棒のはじまりだ』『宮本の言うことなんて信じるな』って、クラスのみんなが……。
オオカミ少年か。
そこまで言うなら、じゃあ本当に盗んでやろうって。
それが原因で、親に捨てられて……。
……完全には同情はできんが、まあ、おまえはおまえで辛かったんだろうな。
ええ。嘘ですけどね。
そういうトコだぞ!?
おまえ、そういうところが悪かったんだと思うぞ?
キャラメルマキアートひとつ!
だから払わねぇからな!
またまた、嘘ついちゃって。
嘘じゃねえよ! 本気だよ!!
松川さんは、なんで刑事になろうって思ったんですか?
ああ? 俺か?
……別にいいだろ、俺の話は。
いいじゃないですか。
せっかくのハロウィンの夜なんだし。
なんも関係ねーと思うが……。
――まあいい。
俺は、とある連続殺人犯を追ってるんだよ。
連続殺人犯……。
ああ……。
あれは10年前、おまえよりまだ若かった頃だ。俺はまだ大学生だった。当時俺は、ある街で恋人と同棲してたんだがな……。
なんか、あったんすか。
まあ、な……。
あったんすか……。
――昔の話だよ。ちっ。やっぱ話すんじゃなかった。
…………。
元気、出してください松川さん。
あ、お姉さん!
こちらの方にスパークリングワインを!
いや、公務中に酒は――
まあまあ、いいじゃないですか。ぼくのおごりですから。
そういう問題じゃねえよ!――いやだから、おまえ金持ってねぇだろうが!!
はは、嘘ですよ、嘘。
ったく。
どうせつくんなら、もっとド派手な嘘つけよ。
たとえば?
え……。ああ、うん、そうだな。たとえば『実は、俺はトランプの弟なんだぜ!』みたいな。
えっ!?
そうだったんですか?! すげえ!
だから嘘だよ!!
なんだ、刑事さんでも嘘つくんですね。
だからたとえだって言ってんだろ! なんでおまえ話が通じねぇの!?
松川さん、嘘つきの才能ありますよ。
ねぇよ!!
泥棒の才能もありますよ。
もっとねぇよ! 欲しくもねぇ。
いやでも、警察にも泥棒はいますよ、有名な人。
んな奴いねぇって。
いますって。
ほら、あのセリフ、『奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です』ってやつ。
それ銭形警部だよ! アニメかよ!!
――いや、それ盗んだのルパンだしな?! 犯罪にならないスマートな窃盗だしな!
はっはっは、冗談ですよ。
でも刑事さん、銭形警部に似て、かっこ、……か、かか、カッコイイですもんね!
急にヘタかよ!
そこはさらっと言えてろよ!!
顔が似てるのは本当ですよ。
そこは嘘ついて欲しかった!
はははっ。
いやー、松川さんやっぱりいい人だわ。思ってた通り、いい人。話しやすい~。
だから何だよ。嬉しくねぇよ。
余罪(よざい)までポロッと話しちゃいそうっすわ。
なんだよ、余罪って。
ええ、実はぼく、
あなたの探してる連続殺人犯なんですけどね。
だから嘘つくなって――……!
……お、おい。
当時、ぼくは16歳でした。
そして――
そ、そして、何だよ。
………………。
松川さんの住んでた街って、黒場町(くろばちょう)ですよね。学生のくせに豪華なマンションで。
あの日も、ちょうど今夜みたいな満月でしたよね――。
なんでおまえ――
お、おい!
なんだその顔は――おい、宮村!?
嘘だろ、嘘だよな、おいっ――!
ハロウィンの夜は、じわりじわりと更(ふ)けていく――
(終)
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ウエイトレス喫茶店「エブリシング」の店員。