窓際のテーブル9「おっさんメール」文化振興社

文字数 2,271文字

 女がいた。こじゃれたカフェの窓際の席に、安物のジーンズに革ジャンという出で立ちの、

奇麗な顔をむくれさせた女がいた。


ミサト

「遅いな……三十分も何をやってるんだ。まさか事故に遭ったとか……」


 ミサトという女はこの日、この店にSNSで知り合った人間とオフ会なるものを開くため

やって来ていた。しかし、肝心の待ち人がいつまで経とうがこない。


ミサト

「しょうがない、もう一回連絡とってみるか。このまま帰るのも勿体ない」


 見てくれの割に、ミサトは案外世話焼きであった。


ミサト

「……待ってます……よし、送信」


 ただ一つ欠点があるとすれば――


ミサト

≪トモエさん(✿✪‿✪。)ノコンチャ♡

こっちはもう着いたけど、トモエさんはまだ掛かりそうかな???

寒いので早く会いたいでぇす!                ≫


 メールがおじさん構文である事だった。


ミサト

「さあて……早く返してこい」


メールの着信音


ミサト

「お、メールは早いな。なになに……」


トモエ

≪メールの方受け賜わりました。

私事によりご不便お掛けしますこと、ここにお詫び申し上げます≫


ミサト

「う……読みずらい」


ミサト

≪そんなことより、今どこら辺に居るのかな?

 近くなら、もう料理頼んじゃおうと思うんだけど

 教えてくれない(;'∀')           ≫


トモエ

≪ミサト様には大変申し訳ないのですが、今日の会食は

 一旦、延期と言う事に出来ませんでしょうか。   ≫


ミサト

「はぁ? なんだそりゃ……ふざけんなよ!」


 怒鳴り声を上げたミサトに、周りの客が一斉に振り返った。

赤くなり、背を丸めて顔を隠すミサト。


ミサト

「くそ……兎に角その気にさせないと……」


ミサト

≪どうして? もしかしてお腹壊しちゃった?

 私すごく楽しみにしてたから、出来れば集まりたいなぁっテ(__)≫


トモエ

≪申し訳ございません。ですが私、どうしても決心のほどが付かないもので≫


トモエ

≪こういった、ネットでのやり取りであれば良いのですが。

 ミサトさん。貴方女学生とおっしゃっていますが、本当はおじさまですよね?≫


ミサト

「おじ……!」


 最早オフ会どころではない。自身のプライドをかけて、ミサトはスマホに向きなおった。


ミサト

≪すみませんトモエさん。打ちづらいのでここから簡潔な文で失礼します。

 トモエさんが恐れる理由はなんとなく分かりましたが、では一体、どんな理由で私が

 おじさんであると証拠は何処にあるのでしょうか?まだあった事も無いのに決めつける

 のは失礼ではないですか? 貴方の人間性を見誤らせる発言だと思います。     ≫


トモエ

≪同好の士の発見に盛り上がっていた私も軽率でしたが、そもそも、小田氏治のファン

 という女学生がこんな近くに居るものでしょうか。それに、文書が明らかに若者の中に

 紛れ込みたい中年の文書です。申し訳ございませんが、個人的な不審感は払拭しがたく、

 今日は平にご容赦頂ければと存じます。                     ≫


ミサト

「なっ……この……コイツ……!」


 もはや容赦は無用、フルパワーでミサトはキーボードを入力し続ける。友達から荒っぽいと

止められていた、普段口調のメールで。


ミサト

≪ふざけんじゃねえ! あった事もねえくせに人の事決めつけやがって。おっさんぽさなら、

 お前の方が数段上じゃねえか! 何だそのかったい文章、どこのお爺ちゃんだよ!   ≫


トモエ

≪この文章は、感情が伝わりにくいインターネット上で誤解が生まれないよう

 そうしているだけです!                       ≫


ミサト

≪どうだか。大方会いたくねえのも、かわいい子と会いたかったのにおっさんが釣れたと

 思ったからだろ? 何が不審感だ、てめえがおっさんなのバレたくねえだけだろ。  ≫


トモエ

≪会った事も無い癖に、勝手なこと言わないで!≫


ミサト

≪どの口が言ってんだよ? どの口がぁ!≫


 いよいよ最後と、ミサト獲物を前にした狩人のように片頬を歪ませる。


ミサト

≪そこまで言うなら顔見せてみろよ。コッチは逃げも隠れもしないぜ≫


トモエ

≪何でそうなるんですか! 私しかリスクないじゃないですか!≫


ミサト

≪こっちは既に被害被ってんだよぉ! 逃げたらてめえがネカマ野郎だって

周りに触れ回るからなぁ!                      ≫


 ただ仕返しがしたい、その一心でミサトはタイプを続ける。必ずこのおっさんに

詫びを入れさせる。絶対に。


 だが事態は、彼女が想定していた方向を大幅に逸れていった。


トモエ

≪今、どこに座っていますか≫


 肝を冷やすその一文に、ミサトは得意の虚勢で乗り切る。


ミサト

≪窓際9番席だ! 来れるんなら来てみやがれ!≫


トモエ

≪私、その後ろの席です≫


 返信が来るや否やミサトは立ち上がり、後ろにいた人物を回転椅子ごと回して

自分の方に振り向かせた。


ミサト

「そこかあ!」


 回転いすに座っていたのは、ベレー帽に白いフェルト生地のコートを着たゆるふわ系の、

いかにも女子大生であった。呆気にとられる両者。ゆるふわ系が、先に口を開いた。


トモエ

「私が……神崎トモエです。あの……貴方は……」


 内心気恥ずかしさに震えながら、ミサトは毅然として言って除けた。


ミサト

「……佐城ミサト。おじさんメールの、佐城ミサトです。よろしく」


トモエは立ち上がると、美しき所作で頭を下げた。


トモエ

「再三の失礼な物言い、返す言葉も御座いません」


ミサト

「ああ、うん。普段もそんな感じなんだ……」


 とりあえずこの場はトモエの驕りと言う事にして、二人は手を打った。


  

Hornisse-410

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登場人物紹介

ウエイトレス
喫茶店「エブリシング」の店員。

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