女がいた。こじゃれたカフェの窓際の席に、安物のジーンズに革ジャンという出で立ちの、
奇麗な顔をむくれさせた女がいた。
ミサト
「遅いな……三十分も何をやってるんだ。まさか事故に遭ったとか……」
ミサトという女はこの日、この店にSNSで知り合った人間とオフ会なるものを開くため
やって来ていた。しかし、肝心の待ち人がいつまで経とうがこない。
ミサト
「しょうがない、もう一回連絡とってみるか。このまま帰るのも勿体ない」
見てくれの割に、ミサトは案外世話焼きであった。
ミサト
「……待ってます……よし、送信」
ただ一つ欠点があるとすれば――
ミサト
≪トモエさん(✿✪‿✪。)ノコンチャ♡
こっちはもう着いたけど、トモエさんはまだ掛かりそうかな???
寒いので早く会いたいでぇす! ≫
メールがおじさん構文である事だった。
ミサト
「さあて……早く返してこい」
メールの着信音
ミサト
「お、メールは早いな。なになに……」
トモエ
≪メールの方受け賜わりました。
私事によりご不便お掛けしますこと、ここにお詫び申し上げます≫
ミサト
「う……読みずらい」
ミサト
≪そんなことより、今どこら辺に居るのかな?
近くなら、もう料理頼んじゃおうと思うんだけど
教えてくれない(;'∀') ≫
トモエ
≪ミサト様には大変申し訳ないのですが、今日の会食は
一旦、延期と言う事に出来ませんでしょうか。 ≫
ミサト
「はぁ? なんだそりゃ……ふざけんなよ!」
怒鳴り声を上げたミサトに、周りの客が一斉に振り返った。
赤くなり、背を丸めて顔を隠すミサト。
ミサト
「くそ……兎に角その気にさせないと……」
ミサト
≪どうして? もしかしてお腹壊しちゃった?
私すごく楽しみにしてたから、出来れば集まりたいなぁっテ(__)≫
トモエ
≪申し訳ございません。ですが私、どうしても決心のほどが付かないもので≫
トモエ
≪こういった、ネットでのやり取りであれば良いのですが。
ミサトさん。貴方女学生とおっしゃっていますが、本当はおじさまですよね?≫
ミサト
「おじ……!」
最早オフ会どころではない。自身のプライドをかけて、ミサトはスマホに向きなおった。
ミサト
≪すみませんトモエさん。打ちづらいのでここから簡潔な文で失礼します。
トモエさんが恐れる理由はなんとなく分かりましたが、では一体、どんな理由で私が
おじさんであると証拠は何処にあるのでしょうか?まだあった事も無いのに決めつける
のは失礼ではないですか? 貴方の人間性を見誤らせる発言だと思います。 ≫
トモエ
≪同好の士の発見に盛り上がっていた私も軽率でしたが、そもそも、小田氏治のファン
という女学生がこんな近くに居るものでしょうか。それに、文書が明らかに若者の中に
紛れ込みたい中年の文書です。申し訳ございませんが、個人的な不審感は払拭しがたく、
今日は平にご容赦頂ければと存じます。 ≫
ミサト
「なっ……この……コイツ……!」
もはや容赦は無用、フルパワーでミサトはキーボードを入力し続ける。友達から荒っぽいと
止められていた、普段口調のメールで。
ミサト
≪ふざけんじゃねえ! あった事もねえくせに人の事決めつけやがって。おっさんぽさなら、
お前の方が数段上じゃねえか! 何だそのかったい文章、どこのお爺ちゃんだよ! ≫
トモエ
≪この文章は、感情が伝わりにくいインターネット上で誤解が生まれないよう
そうしているだけです! ≫
ミサト
≪どうだか。大方会いたくねえのも、かわいい子と会いたかったのにおっさんが釣れたと
思ったからだろ? 何が不審感だ、てめえがおっさんなのバレたくねえだけだろ。 ≫
トモエ
≪会った事も無い癖に、勝手なこと言わないで!≫
ミサト
≪どの口が言ってんだよ? どの口がぁ!≫
いよいよ最後と、ミサト獲物を前にした狩人のように片頬を歪ませる。
ミサト
≪そこまで言うなら顔見せてみろよ。コッチは逃げも隠れもしないぜ≫
トモエ
≪何でそうなるんですか! 私しかリスクないじゃないですか!≫
ミサト
≪こっちは既に被害被ってんだよぉ! 逃げたらてめえがネカマ野郎だって
周りに触れ回るからなぁ! ≫
ただ仕返しがしたい、その一心でミサトはタイプを続ける。必ずこのおっさんに
詫びを入れさせる。絶対に。
だが事態は、彼女が想定していた方向を大幅に逸れていった。
トモエ
≪今、どこに座っていますか≫
肝を冷やすその一文に、ミサトは得意の虚勢で乗り切る。
ミサト
≪窓際9番席だ! 来れるんなら来てみやがれ!≫
トモエ
≪私、その後ろの席です≫
返信が来るや否やミサトは立ち上がり、後ろにいた人物を回転椅子ごと回して
自分の方に振り向かせた。
ミサト
「そこかあ!」
回転いすに座っていたのは、ベレー帽に白いフェルト生地のコートを着たゆるふわ系の、
いかにも女子大生であった。呆気にとられる両者。ゆるふわ系が、先に口を開いた。
トモエ
「私が……神崎トモエです。あの……貴方は……」
内心気恥ずかしさに震えながら、ミサトは毅然として言って除けた。
ミサト
「……佐城ミサト。おじさんメールの、佐城ミサトです。よろしく」
トモエは立ち上がると、美しき所作で頭を下げた。
トモエ
「再三の失礼な物言い、返す言葉も御座いません」
ミサト
「ああ、うん。普段もそんな感じなんだ……」
とりあえずこの場はトモエの驕りと言う事にして、二人は手を打った。