Film№12蘇る悲劇とクロース・ド・グラント
文字数 1,782文字
ー6月21日木曜日(二回目)ー
「姉が…失踪…しました。」
粗く息を上げて事務所に駆け込んできた彼は、息を吸うのも惜しいほどに、焦っていた。
「…美來さんが…失踪?!」
だが、それが何故か、俺にはわからなかった。
「…パンドラの箱は?」
「…え。そんなの知りません…が。でも…姉は…こんな手紙を残していったんです!」
びしょ濡れの手で渡されたその紙には、俺が時間軸転移(タイム・リーピング)する前と同じ内容が書かれていた。
そこで俺はあっと声を上げた。
彼女は自ら失踪したのではないと今頃になって後悔する。
「ここは…『エクストラ・フィルム』…か。」
何故だ。
何故それを忘れていたのだ。
元々、彼がここに以来に来たのは、周りの人からあるべき美來さんの記憶が無いことが原因だったはずだ。
なのに、いつしか俺は、彼女の不可思議な人柄に甘えていた。
きっと彼女の勘違いだろうと、全てを受け止めてやれなかった。
「すまない…」
「えっ。何故あなたが謝るのですか?」
「俺は…彼女が『エクストラ・フィルム』に呑まれることを知っていたよ…」
彼は俺の俯いたままの目をじっと見つめてこう言った。
「いえ…そんなことはありませんよ。あなたは今まで、最善を尽くされてきたと思います。」
きっと彼には分からないだろう。
俺がこの時間軸に来る前のことなんて、彼の能力でも計り知れない。
ヘスティアさんは手にお盆を持ったまま、彼の駆け込みから始まった一連の流れを一通り確認してから一言。
「んー。何が何だかわからないけど、カイトくん、また依頼をひとりで勝手に進めてたわね。今回の事件のこと、私たちにも最初から聞かせてちょうだい。」
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「…そうなのね。でも、なんで彼女なんでしょうね。」
「きっと、姉が能力を持っていたからだと思います。」
過は俺の能力と前の時間軸のことを把握した上で、俺の失態を受け入れた上で、冷静に話を前に進める。
「姉は自分が能力を持っていることに、高校に入った時に初めて気がついたんです。そして、それが特定の個人が必要としているものを与える能力、第三者恩恵供与(クロース・ド・グラント)であると知りました。姉は高齢者施設などを回り、ボランティアとしてたくさんの人に笑顔を与えてきました。でも、それが時には、世界のルールさえも破る力を持つことに、姉は常に戸惑っていました。そして、僕がパンドラの箱を姉に見せた時は、彼女はとても悲しい顔をしていました。」
「そう。でも、あなたは何故、姉が失踪したと気づいたの?私達みたいに普通の人ならそんな手紙があってもイタズラだと思うけど…」
「いや、彼もまた、能力者だからだろう。実際、俺は『エクストラ・フィルム』に影響されないからな。」
だが、問題はここからだ。
「ロスト・フィルム」と共に排除されてしまった彼女をどうやって元に戻すか。
俺の時間軸転移(タイム・リーピング)は使ったばかりで、クールタイムが必要だ。
今は、ほんの数時間程度も戻せなくなっている。
「こんなの、初めてだな…」
「そうねぇ、時間軸転移(タイム・リーピング)使って解決できなかったことなんて今まで一度もなかったわね。逆に私達が知らないところでたくさんの事件を解決してきたんじゃない?ちゃんとレポート書いてくれないと…こちらも報酬の手続きがただでさえ面倒なんだから。」
「金はいりません。みんなが幸せでいてくれるなら、俺はそれでいいんです。」
「またまたぁ。良くないわよ、私は!」
「ところで、フォルティーナは?」
「まだ奥で寝てるわ。また、起こしてきてくれない?」
「はい…」
俺がフォルティーナを目覚ましに行っている間、ヘスティアさんは過の接待をしてくれていた。
「おい、またそんなだらしないカッコで寝てたのか…」
「ん〜…もぅ…なにぃ?」
彼女はだらしなく腹を出して、掛け布団をどこかに蹴飛ばして、汚らしい部屋の真ん中で横たわっていた。
「依頼人、来てるんだ。今回は失敗した。どうすればいいと思う?」
だらしなく俺はそう聞いてしまった。
俺は帰ってくるはずのない答えを彼女に求めていた。