Film№9 謎と謎とワールド・ルール
文字数 2,024文字
「『パンドラの箱』?」
「そう、弟がもらってきちゃったんだけどね。」
そう言って彼女は、箱を手でコロコロ転がす。
「私は今まで…与える仕事をしていたんだよ。」
「与える仕事?」
話の内容もコロコロ変わる。
「そう、私は人助けが好きなの。いろんな人に色んなものを与えてきたわ。貧乏な人には職を、ご老人には杖を、弟には能力を…ね。」
「………!?」
彼女が能力を与えた?
どういう事だ?
全く話が掴めない。
彼女の発言は、一つ一つの問題を一撫でするだけで、俺の中の疑問だけが増えていく。
だが、とりあえず今は慌てて問いただすことはせず、落ち着いて、彼女が話しやすいように促す。
「なんでまた…そんなことを?」
「私はね、『何か』が必要な人には、その『何か』を自力で揃えられる力をあげることが一番の人助けだと思っているの。ただ単純にその『何か』を与えるのではなくてね。」
「はぁ。」
「そんな時、私は弟に能力を与えたわ。困っている弟を助けるのは、姉の一番の仕事じゃない?」
彼女の顔から笑顔が消える。
「でも、それはしてはいけない事だったの。世界のルールに反していたわ。」
「世界のルールとは?」
彼女は深く息を吸い、話を続けた。
「能力って言うのはね、唯一、世界の物理法則だったりなんだりに反することが出来るんだよ。だからね、この世界では罪なんだよ、それを持つこと自体。それなのに、そんなものを一般人に与えるなんて、罪深いことだと思わない?だって、罪人を増やすことと同じでしょ?」
そうなのか。
過の能力:第三者経験掌握(パスト・グラスプ)は確かに一般法則では説明ができない。
だが、世界を恐怖に貶めるようなレベルのことは出来ないだろう。
というか、俺の時間軸移動(タイム・リーピング)の方は、もっと罪深い、物理法則なんかはガン無視レベルじゃないか?
というか、彼女は何故、能力についてそんなに知っているんだ?
「では、一般人のあなたがどうしてそんな能力を与えるなんて、世界のルールに反するようなことが出来るんですか?」
「そんなの決まってるじゃない。それが私の能力だもの。」
「……!」
俺はその瞬間、確信した。
「ふふっ。驚いた?」
「……え、ええ、まぁ。」
そう、予想できなかった訳でもなかった。
弟が能力を持っているなら、姉も能力を持っているというのは物語では当たり前の展開である。
しかも、俺以外にも能力を持つ人がいる可能性はずっと前から考えてきた。
だから全く不思議なことではなかった。
だが、過がもし仮に、『何か』を必要としていて、それを彼が自力で得るために美來さんが彼に第三者経験掌握(パスト・グラスプ)を与えたなら、彼は一体何を望んでいるのだろうか。
「彼、過は何を望んでいたのですか?」
「過はね、本当の姉を…いや、なんでもない。」
「?」
「そんなことより!私を止めに来たんでしょ?失踪!」
「あー。そーだった、そーだっ…て、ええ!やっぱり失踪する気なんですか!?」
「え、ええ、まぁ、そ、そーよ?」
さっき彼女が玄関前で何やら失踪だの弟だの言っていたことを思い出す。
「いや、やめてくだいよ、そんなこと!」
俺はふざけてそんなことを言う彼女を見てこちらも軽めに対処した。
だが、その対応に急に彼女は真顔になった。
「どうして?事情も知らないあなたがなんでそんなこと、簡単に言えるの?」
と、彼女は真剣にそう言った。
俺はヒヤリとした。
俺は彼女の家に入る前に、彼女の失踪の理由を考えていた。
もちろん、一番に、過の能力の発現と関係があるのだろうと思っていた。
だが、その中に、もしかしたら何らかの精神的ストレスが原因にある典型的タイプの失踪しれないとも、考慮していた。
しかし、今の俺の発言は、そのようなことを全く配慮していなかった。
「す…すみません。」
「え?なんのこと?」
「い、いやぁ…失踪するくらいだから、もしかしたら精神的ストレスとかでこの世からいなくなりたい…とか思ってたら困るなぁ…ていうか…その…なんて言うか…。」
俺はまずいことを言ってしまったと後悔していた。
すると突然、彼女は大爆笑し始めた。
「はっはははははは、そ、そんなわけないじゃない!ちょっと、笑わせないでよ!」
「え、えー!ち、違うんですか?なんかいきなり真剣になったから、もしかしたらと思ったんですけど…」
「そんなわけないじゃない、この箱だよ〜!弟が持ってきちゃったから、私は逃げなきゃならなくなったの!」
「あー。なんだ、そんなことです…か?」
あ?
逃げなきゃならなくなった?
今、サラッととんでもないことを聞いたんだが?
それに、その箱のせいで?
どういうことなんだ?
まだまだ彼女の話は真相にはたどり着きそうにない。