Film№1 いつもの朝とカウンター・ショック
文字数 1,990文字
ー6月21日日曜日(1回目)ー
「せめて靴ぐらいはちゃんと履いてくれ。」
「あい。」
そう言って彼女は短いスカートと、白を基調としたピンクがかった、真っ直ぐな長髪をひらつかせながらしゃがみこみ、両手で両方の靴のかかとに指を入れる。
俺は玄関の扉を大きく開き、彼女が靴を履き終えるのを待つ。
「履けたか?」
「履けたし。」
彼女は立ち上がる。
「財布は持ったか?」
「持ったし。」
「日記は?」
「あるし!」
何故そんなことでいちいちドヤ顔を見せられなくてはならないのか。
人間の常識だろうに。
「だいたい、毎回忘れ物するのはフォルティーナの方だろう?
なんだってそんな『いちいち確認しなくても分かってますよー』的な返事をするんだよ。」
「むー。」
と、彼女は頬をあざとく膨らませる。
ぶっきらぼうな彼女との会話はいつも通り、必要最低限の単語と若干コントじみた清々しいまでの奇行で俺を日に日に、ダメにしていく。
彼女はフォルティーナ・フェイト。
純外国人かどうかはしらないが、純日本人ではないことは確からしい。
3年前、彼女は交通事故にあった。
ただの車との衝突事故。
運転手に悪気はなかった。
その事故に俺は偶然にも居合わせてしまった。
救うしか、なかった。
俺はギリギリのところで彼女の命を救った。
幸い、外傷としては俺も彼女も軽傷で済んだのだか、彼女は事故のショックで記憶を失ってしまった。
で、今は俺が通っている刻ノ神(クロノスタ)探偵事務所に彼女を預けて、日中は彼女の面倒を見ているという訳だ。
彼女は短気で、強欲で、意地っ張りで…と七つの大罪は少なくとも制覇しているであろうお方だ。
そんな彼女にいつも俺は迷惑している。
日頃の感謝を込めてイタズラでもしよう。
そう思い、俺はニヤリとした。
いつもなら首から紐を通してかけている(忘れ防止用)ケータイを彼女は掛けていないことに気づいて。
俺はさっそく意地悪を発動する。
彼女が自分で自分の準備ができることなどないと、解らせてやる。
「それじゃあ、ケータイは?」
と。
服を着て、財布を持って、靴を履いた彼女の最大の盲点をここでたたく。
すると彼女は一瞬首元を確認してから声を漏らした。
「あっ、ぶ!ん〜、もうなんでぇ〜?」
そう言って彼女は、泣きそうな顔で廊下の奥へと飛んで行ってしまった。
彼女の今朝から積み上げてきた「自分はできる子プライド」は一瞬のうちに砕かれた。
それを見て、得意になっている俺は気づいてしまった。
彼女の足にはまだ靴が残っていたことを。
「あっぶ、じゃねーよ!靴ぐらいはせめて
彼女は今履いたばかりの靴を脱ぐのが面倒なのだろうか、それとも一気に込み上げてきた感情を抑えるのに必死で忘れているだけなのだろうか。
どちらでも有り得る。
が、どちらにしても、彼女が俺ん家の床の木のタイルを傷つけながら走って行くことは確かだった。
こうして俺は、思わぬカウンターを食らって、はぁ、と、ため息、それも心肺の底から出た大きな空気が自分の中の幸せを鷲掴みにして持っていく。
だが、思えば、いつもなら、そんなもの(ケータイ)要らないだの、後で買えばいいだの、おかしな強情を貫いてくる。
「少しは素直になったのかな。」
と、自分がおかしくなってきていることに気づきつつも、少しにやけながら彼女を見ている。
が、彼女は奥のリビングの扉に手をかけて何かを思い出したらしく、そのまま颯爽と帰ってきた。
「あ?どーしたの?」
「ケータイ、どこ?」
「はぁ?俺に聞かれてもわかんねぇよ…探せばいいじゃん。」
「やだ。というわけで…じゃあ、ん。」
そう言って若干萌え袖気味のムカつく右手を差し出す彼女は、どうやら俺のケータイをご所望のようだ。
いつも通り、俺のケータイから発信して、着信音を頼りに彼女のを探そうとしているらしい。
というか「ん」という言葉だけで通じるとでも思ってるのか?こいつは。
仕方なくジーパンのポケットからスマホ取り出して彼女にやる。
何故か嬉しそうに慣れた手つきで俺のケータイのパスワードを開く。
そして、電話アプリを押して連絡先から「フォルティーナ」のアイコンをタップするだけでいいのだが…。
そこで、毎回、何故か俺の通話履歴をいちいちチェックしてくる。
そして不信な通話履歴(だいたいはへスティアさんが公衆電話から掛けてくる非通知番号なのだが)を発見すると直ぐに問い詰めてくる。
だが、今回は何も無かったようで彼女の顔は嬉しそうにニコニコしてケータイを握りしめていた。
「いいから、早く行くぞ。」