2.。.:*♡ まどいは

文字数 2,501文字

イシュタルはアーネトルネの手を引き、街を抜け山を越えて小さな湖のある秘境まで歩いていった。


すっかり夜が更けた頃に目的地に到着し、糸のように細い滝の水が注ぐ泉の前に立った。

ここは?

既視感しかないな。

そろそろ帰らないと、シールックが泣くぞ。

シールックにいさんには電報を打っておいた。


デマエ タノミナサイ


これでOKだ

電報とはまた……。

出前くらいで納得するか?

銀のさらも頼んでOKにしたから。
それは甘やかし過ぎでは?
まあ、いいでしょう。

アーネちゃん、泉に来て。

龍を付けたげるね。

え?

ぼくには既に金龍が……。

銀龍も必要だよ。

金銀クリスタル、コンプリートしよう。

クリスタル?

それはどこに……。

金と銀が揃えば、自然に水晶龍が付くから。

さあ、来て。

水晶龍?
イシュタルは複雑に手を組むと、アーネトルネの胸に両手を押し当てた。


彼女の赤い瞳が妖しく光り、周囲から光の粒が幾つも幾つも舞い上がる。

エディット・フレア。

ゼクロム・アクア。


遥かなる地より生まれし最高の銀の龍よ!

彼方なる暁をめがけ、ここに産まれん!


いざ!

海底の騎士よ!!

……!

ル、カッ!!

次の瞬間、アーネトルネの頭上に銀白に輝く稲妻が彼を撃ち抜いた。


暫くの放心の後に、アーネトルネは静かに意識を取り戻す。

うう……。

今度は黒焦げにならなかったな。

アーネちゃん!

元の緑っぽい感じに戻ったね!

緑っぽい感じに?
アーネちゃんの究極の姿は銀髪だけど、完全に六次元を超越するまではその姿でいるべきみたいだね。

修業ver.ってことで。

アーネトルネは水面に映る自分の姿を確認し、小さく頷いた。
なるほど。

この姿でいるべきなのか。

詰まれないように気を付けてね。
詰まれない?

どういうことだ。

赤くなったらアウトだよ。

それがアーネちゃんというものだ。

本名ネタだね。

分かった。

気を付けよう。

二人は頷き合うと、そのまま魔の谷へと向かった。


時計の針が0時を回る頃に、とても豪華な屋敷へと辿り着く。

玄関ドアを開けた途端、シールックが飛び出してきた。

おかえり。

どこに行っていたんだ!

物凄く心配したぞ!

すまん。

修業していた。

あれ?

アーネ、元の緑っぽい感じに……。

緑っぽいとはなんだ。
ただいま。

ごめんね、シールックにいさん。

出前は何を頼んだかな?

銀のさらなんて頼めないから、ガストにしたよ。

3000円頼むのに苦労した。

ウーバーは使わないんだね。
ウーバー?

全く信用していないよ。

デメリットしかない。

出前館はここまで来てくれないし。

そういえばそうだな。

魔の谷まで来てくれるガストの配達員、何者だ。

ああ。

なんだか強そうな感じの人だったが……。

凄いね!

今度出前パーティーしよっか!

それは良いが……。

そろそろソーマ転換を教えてくれ。

少し学びたいんだ。

ソーマ転換とは??
あれ?

アレキサンドリアートが扱えないかな?

すぐに覚えると思うけど。

アレキサンドリアートとはなんだ?

タテヨコ十字と聞くが。

ん?

教えてなかったっけ?

感性球の発生となる意識のことだけど。

八幡の力のことね。

意識の火

意識の水

包む土

その組み合わせの意志だよ。

意識の火?

意識の水?

揶揄だらけで分からない。

火と水の意識がそれぞれあるってこと?

そうだけど。

チャッカマンの点火みたいな意識。

たゆたう水の記憶の顕現。

まさか、これを理解していなかったとは?

いや、銀の龍を付けてから急に……。
銀の龍の背に乗って??
銀の龍の背に乗って、か。

あの歌はフワッとしすぎて真理追求には向かない。

羅針盤が大事、ヒトは非力だ、としか。

らしんばん!

やはりここでも、らしんばんなのか。

ああ。

らしんばん座ね……。

しかし彼女は高次の認識しか導けないというから、ろくぶんぎ座も必要だと……。

そうだった。

基礎の基礎だな。

むー。

リーマン球面問題に於いて突如として現れる半球面を天球のフラクタルとして扱い、そこからの認識の照らし合わせによる自己精神球の持続からなる反核質もとい対象極からしか自己の世界は現れない、という。

何を言っているんだ?
対象極の反転の先にあるのがケプラー次元だったよな?

すまんが、本当に分からないんだ。

どうしてかな。

自分の後ろは、鏡に映った世界の背景。

反射することで前面に見えるようになる。

ぼやけた見えにくい世界だよ。

これはあくまでも例え話だけどね。

本当に説明が難しいようだ。

ぼくには何となく分かるよ。

鏡の世界が後ろの世界。

鏡の国のアリスだね。

そう。

思い込みが混ざりやすいようで、実は真実を映すものなんだけど。

そもそも人間の認識なんぞ最初から信用してはいけない、という前提があってね。

見えた世界が全てだよ。

まるで詩のようだが、これがスピリチュアルにして物理領域なのか?

まるで絵空事のようで。

む?

アーネちゃん。

アーネちゃんはもしかして象徴界が歪んでいるのでは?

またシェーマRSI?

象徴界とは……。

まさか、解脱が足りない?

そゆことになるね。

PNSEだ。

これを起こすには……期待を捨てるしかない。

全てに絶望するんだ。

期待?

そもそも世界に期待なんてしていないよ。

ううん。

アーネちゃんはどこか甘いところがあるんだよ。

まだ世界に希望を見出しているの。

そのせいでシンボリックなあれやこれやが、自分に何かを与えてくれるものだと信じてしまう部分があるのさ。

なんだって?

絶望が足りないってこと?

そうなるねえ。

アーネちゃんは、人より相当苦しい人生を送ってきた筈なんだけど。

まだ優しさで世界をみようとしているよ。

なんという甘さだろうね。

イシュタル、きみは厳しすぎやしないか?

なんというか……厶だね。

厶かもね。

いや、本当にね。

アーネちゃんは優しすぎるよ。

……厶。
なにもないんだね。

イシュタルは虚空蔵菩薩か何かだろう。

そういうシールックにいさんは、普賢菩薩でしょう。

人間道の最高ね。

ぼくは不動明王だと聞いたが。
うん。

今日、ボタン工場でカーンを見たもんね。

後でまたあの工場へ向かおう。

何か分かるかもしれない。

普賢菩薩って初めて聞いたぞ。

梵字?

巽だね。

なるほど……。

☴震……。

また八卦が。

そんなに重要とは思わなかったぞ。

暫く話し込んだ後で、三人は早々と寝床についた。


その様子を、小さな影が見下ろしているとも知らずに。

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登場人物紹介

シェル

ファクトリーの少女

タールル

ファクトリーの支配人

シールック

影の人

アーネトルネ

魔王

修業の姿

イシュタル

闇のパピヨン

スタアト

スクナヒコナ

アーネトルネ

魔王

解脱の姿

エドガー

イナンナ

エカテリーナ

解脱の姿

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