11.。.:*♡ いぬづか

文字数 2,695文字

段ボールの中に入っていたのは、丸い石だった。


純白の大理石が、薄汚れたウエスに包まれて雑に置かれている。

イシュタルは石を手に取り、状態を確認した。

これは!

南総里見八犬伝だよ!

何?

まさか……。

8つの文字が?

南総里見八犬伝?

どんな話だっけ?

南総里見八犬伝は分かりづらい話だよね。


無理矢理結婚させられた伏姫と八房。

伏姫は結婚相手の八房との契りを嫌がっていたんだけど、何故か気合で妊娠させられちゃったんだよ。

伏姫は大層嫌がって、割腹までして自らの潔白を証明するの。

その時に8つの光の玉が飛び出して、それが有名な犬の剣士になった、という所から物語はスタートする。

その後は?
複雑過ぎて面倒臭くなるストーリーさ。

ガンダムとか銀河英雄伝説的な、訳の分からん重苦しいだけのくだらん人間関係の軋轢が繰り広げられるのみ。

確かに。

犬塚信乃しか分からない。

犬の字を崩して、ヽ大(ちゅだい)とする、という時点でストーリーは終わっている。

犬塚は死ぬべきなんだよ。

死ぬだと?

キバを剥いても?

そうだ。

ツメだのハナだのヒデェ話でさ。

センスないよな。
まあ、そこはね。

兎に角、八正道と8つの玉が色々関わってくる。

しかしこれらを照らし合わせるのは面倒極まりないね。

泣けてくるよ。

気に入っていたのに。

不遇キャラだよね。
あれが気に入っていただと?

正気か?

いや、うん。

イデアを見て。

イデアねえ。

素直でよろしい。

さて、この石ころだが……。

段ボールから入ったそれぞれに仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字のある数珠の玉(仁義八行の玉)を拾い集めると、イシュタルは一つ一つ丁寧に確認していく。
例によって、南総里見八犬伝はスマル次元の不完全な物語であるため、ストーリーは誤りだ。

伏姫の自害をハッピーエンドにする時点で終わっているの。

つまり不正解ルートね。

信乃の人生も、仁義を貫ききっていないから参考にしては駄目だ。

これもモーホーの餌食にされていたねえ。

うっ。

辞めてくれ。

ゲイ妄想されやすいタチなんだ。

分かる。

腐受けが良いのは自慢にならない。

物語の最後に牡丹のアザが消えてしまったでしょう?

彼らは試練に打ち負けたの。

死ぬまで牡丹を背負わねばならなかったのに、それが出来なかった。

全く持って残念だねえ。

牡丹のアザは名誉だったのかな?
そうなるねえ。

高貴なる血筋の現れだった筈だよ。

嫁さん貰って、浮かれちゃったんだろうねえ。

耳が痛い。

そこからの挽回が出来なかったと?

そうなるね。

まあ、南総里見八犬伝の婚姻は全て取ってつけたような感じだから、別れて当然というか。

全体的に愛がないよね。

牡丹とは……猪かな。
そうです。

伊之助だぞ!

伊之助……。

また鬼滅……。

そうだね。

鬼滅はやたらと神霊に食い込んでいる。

そうして民衆はイデアを見て、鬼滅を支持した。

そういう背景は確かに存在する。

それもいいが……。

南総里見八犬伝とは本来どのような物語だったのか、詳しく説明してほしい。

分かった。

チャットでざっと説明するね。

モテない男の代名詞・里見 治部大輔 義実。

字は八房。

八房は八房だが、普段は里見の名で通っている。


里見くんは玉梓という美女に迫るものの見事にフラれてしまった。


「畜生にも劣る、犬以下の存在」


玉梓に言われた言葉が胸に刺さる。

八房は犬であると思われているが、畜生を意味する里見くんのことであった。


そんなある日、彼は戦の褒美として伏姫を娶ることとなる。

げっへっへ!

我は里見 治部大輔 義実!

嫁さん貰っちった!

ヤッキー!

超可愛いマブじゃんね!

ゾゾッ!

キモい男!

お父様に言われるがままに無理矢理結婚させられたけど、絶対に身体を許すもんか!

あんな男と一緒になるくらいなら死んでやるから!

でっへっへ!

やろーぜ!

やろーぜ!

私は厳格なキリシタンなので!

必要以上の性行為を許しません!

あなたとは必要性を感じないので、性行為も許されません!

んだとぉ?

この!

西洋かぶれがよぉ!

ほれっ!

踏み絵!

踏み絵!

このっ!

なんて奴!

畜生にも劣る輩め!

恥を知れ!

うわーん!

玉梓も、俺のことキモいって言ってた!

なんで!

それがずっと心に残って、恨みが尽きないよー!

玉梓の呪いとは、普通に

「お前、人間的にキモいから寄るなよな」

それだけであり、それ以上もそれ以下もなかった。


それが里見くんの霊魂に深く刻み込まれ、逆恨みの末に里見くん自身が呪なるものを生み出していたのである。


そこから軟弱なる精神性の持ち主・里見くんの大いなる旅が始まっていた。

しかし本人は全く気づくよしもない。

お前に足りないのはな!

仁義礼智忠信孝悌

この心だ!

私は出家して引きこもるからな!

もう二度と顔を見たくない!

なっ!

キリシタンじゃなかったのかよお!

アホタレ!

宗派の違い如きで惑うような輩に未来はないわ!

主なる神は主なる神!

仏は仏!

全て敬う事の何が悪い!

うわーん!

女の子!

女の子!

嫁さん欲しいよー!

幸せな家庭築きたいよー!

里見くんは

「結婚して家庭を築くことが最高の幸せ」

という社会的意識に洗脳され、自分が本当に求めているものを理解出来ないでいた。

他者の真似事を自分も同じように行うことで、幸福を得ようとしていたのである。



しかし、彼はモテない男なので無理もなかった。

人並の人生を手に入れてからの、本当の自分の人生。

とりあえず、真似事でも結婚生活くらいは満喫しておくべきではある。



ところが、彼は煩悩が強過ぎる故に未だその次元に届いていなかった。

結婚しても幸せにはなれないのである。


人間的な成長を求められていたものの、何も出来ずにいた。

そして世を恨むだけに終わり、朽ち果てていった。


彼の怨念とされる8つの霊魂はとりあえずの良心となりて、それぞれの道を模索し旅に出ることとなる。


しかし、倅とされる彼らもまた道に惑っており、父に倣って母を逆恨みするような精神性の持ち主ばかりが揃っていた。


幸福次元への到達はまだまだ先に……。

わかったかい?
涙が出そうな話だ。

刺さる。

痛い。
伏姫もね。

受容の心が欠けていた、とも見えるけどね。

しかし嫌なもんは嫌なのよ。

出来ないものは出来ない。

どんなに金を積まれてもね。

うっ。

無理矢理嫁がされるのは辛いものな。

経験があるのか?
女に転生してみろ!

よく分かるから。

ぼくは女性への転生を禁止されている。

食い物にされるだけだからって。

ドナドナだもんね!
そうか。

女の子だと、男の子にドナドナされちゃうのか。

男の子ならまだいいけどね。

相手は脂ぎった、洗濯物の生乾き臭が酷いオッサンだろうよ。

ゾゾッ。
シールックはチャットを何度も見返し、肩を落とした。

過去の自分も里見くんに似たような所があったのかもと考えるだけで、既に嘔吐しそうになっていた。

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登場人物紹介

シェル

ファクトリーの少女

タールル

ファクトリーの支配人

シールック

影の人

アーネトルネ

魔王

修業の姿

イシュタル

闇のパピヨン

スタアト

スクナヒコナ

アーネトルネ

魔王

解脱の姿

エドガー

イナンナ

エカテリーナ

解脱の姿

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