第66話計略

文字数 2,062文字

「ふ・・・それで収まるのものか・・・」
ハルドゥーンのつぶやきとほぼ、同時に群衆が騒ぎ出した。

群衆にも、皇帝テオドシウスの招待に応じて、はるばるミラノから長旅をしてきたシャルルに対し、法務長官トリボニアヌスが難癖をつけ、取次謝礼を暗に要求したことが伝わってしまったのである。
そのうえ、それに呆れたシャルルは、アッティラの集団に入り、ビザンティンから姿を消そうとしているらしい。
群衆の間から、宮廷人を非難する声が聞こえだした。

「皇帝が招待したシャルル様に何という無礼なことを!」
「トリボニアヌスは皇帝より偉いのか?」
「そもそも、皇帝船でビザンティンの港に着き、他の誰もがシャルルと認めるあの男をシャルルではないと疑うなんて・・・」
「ハルドゥーンが諌めても、まだわからないのか」
「ハルドゥーン様、ペトルス様、ヨロゴス様まで、感服させたシャルルを、自らへの謝礼が無いからと言って、拒絶したのか」
「取次謝礼など、招待者に対して、そもそも必要なのか?」
「こっちがお出でいただいたんだ、それを何故、謝礼を要求する?」
「そのシャルル様や皇帝船の無実の人々を捕縛するとまで、言ったらしい」
「あきれた男だ!これが法務長官か!」
「宮廷の名誉を護るべき法務長官が、宮廷の名誉を汚している」
「こんな話が他の街に広がってみろ!大恥だ!」
「それに、シャルル様のご実家は、かなりな貿易商らしい、これでビザンティンへの投資や商売を止めるかもしれない」
「いや、シャルル様のご実家が他の商人に働きかけ、もっと大きな被害だってあるぞ」
群衆の間からの声は、ますます大きくなる。

既に、宮廷に戻っていく宮廷人を取り囲み、詰め寄る者さえ出て来ている。

「おい!どうやってテオドシウス様に報告するんだ!」
「まさか、シャルル様が来なかったとか言わないだろうな!」
「謝礼が無いから、お引き取り願ったとでも言うのか!」
「謝礼だって、お前たちだけの都合だろうが!」
騒ぎは、ますます大きくなった。
宮廷人たちは、取り囲まれてしまい、一歩も動けなくなっている。

これでは仕方がないとあきらめたのか、ようやく法務長官トリボニアヌスは、ハルドゥーンに声をかけた。
その声も震えている。

「おい、お前が鎮圧しろ!それはお前の役目だ」
「多少の死傷者は、俺が許す」
トリボニアヌスは、必死にハルドゥーンに懇願した。

しかし、ハルドゥーンは、すぐには応じない。

「俺は、戦場で敵を殺すことはする、ビザンティンのためにだ」
「だがな、ビザンティンの港で、ビザンティンの民に攻撃するなど、それは俺の役目ではない、だから俺の軍隊は一切協力しない」
「お前が、この騒動を引き起こしたんだ」
「お前の好きな命令とやらで、収めるんだな」
「それじゃあな!」
ハルドゥーンと、その軍勢は、「宮廷人グループ」から離れてしまった。
そして、そのままビザンティンの宮廷まで、進んでいく。

港には既に血気盛んとなってしまった膨大な群衆が、法務長官トリボニアヌスを中心とした宮廷人を取り囲み、糾弾の声を上げ、中には石を投げつける者さえ出て来ている。


「ふ・・・俺には関係のないことだ」
うそぶくハルドゥーンの所に、ビザンティンの警護長官アタナシウスが寄って来た。
「このままにするんですか?」
アタナシウスは、もともとハルドゥーンの集団にいて、ハルドゥーンに徹底的に警護を仕込まれた男である。
それ故、ハルドゥーンには決して頭を上げられない。

「ああ、俺は、見たままのことを言う」
「シャルルについて」
「ミラノ、フィレンツェ、ローマ、アテネ」
ハルドゥーンは、そこで少し笑った。
「それから、ビザンティン市民から糾弾を受けているトリボニアヌスと、その取り巻きたちの言動」

「・・・そんなことをして・・・」
アタナシウスは、少し心配そうな表情である。

「あはは、心配か・・・お前もまだまだだなあ・・・」
「それで、よく警護長官が務まる」
ハルドゥーンは大笑いになった。

「・・・意味が・・・」
アタナシウスの顔は、今度は疑問だらけの顔になった。

「まだ、わからんか・・・」
「港にトリボニアヌスとその一派を釘づけにするのも」
「シャルル様が、アッティラの集団に入るのも計画通り」
ハルドゥーンはここでニヤリと笑った。

「え・・・もしや・・・」
アタナシウスは、宮殿の方向を見た。

「やっとわかったか・・・修行不足め!」
「既に、シャルル様とアッティラの集団は、テオドシウス様の前にいるだろうな」
「ちょこっとな、道を迂回させたのさ」
「全ては・・・ビザンティンの港に着く前からの計画」
「アッティラも、芝居が上手になった」
「血を流さず、相手を倒すこと、シャルル様との約束を守っている」
ここで、ハルドゥーンはケラケラと笑っている。
「しかし・・・」
アタナシウスは港を振り返った。
断末魔の叫びのような声が聞こえて来る。

「ああ・・・これでトリボニアヌスもおしまいだ」
「もともと、ワイロだ、それも多すぎる、死罪でも足りないぐらいさ」
「ほら、さっさと始末に急げ!」
ハルドゥーンは厳しい顔で、港の混雑と暴行を見つめていた。
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