第46話アテネ・ピレウス港でのシャルル

文字数 2,142文字

既にアテネが近づいている。
アテネと言えば、誰もが知る旧跡である。
また、世界の覇権が西のローマや東のビザンティンに移ったとはいえ、未だに一定の人口がある。
また、ピレウス港という港もあり、各国からの異邦人も多い。
あれこれと対策を練り、実施はしているものの、油断が出来る状態ではない。
ハルドゥーンは、陸上の警護に関しては、責任がある。
甲板に立ち、その目も厳しさを増している。

そんなハルドゥーンにシャルルが珍しく語り掛けた。
「アテネでは、当地の教会ではなく、別の権威のお方の所へお邪魔しようと考えています」
「何しろ、ここはイエス様より前からの地、その古くからの知恵を是非学んでみたいのです」
相変わらず、柔和な笑顔である。
ハルドゥーンは一旦頷き、言葉を返す。

「しかしですな、シャルル様、それですと、その二の次にされた教会が、どのように思われるのか、彼らにとって、人目や面子は教義より重い」
「場合によっては、ローマの時以上の、危険が起こります」
ここで、ハルドゥーンはますます、その表情を厳しくする。

しかし、シャルルは、その意思を変えないようだ。
厳しい顔をするハルドゥーンに臆することもない。

「ハルドゥーン様、私は、そもそも、街の人に歓待を受けたいために、遍歴の旅を始めたのではありません」
「心の中で、ここで修行をしようと思ったところ、そこには主なる神のご意思が働いている場所だと思うのです」
「もし、ハルドゥーン様がご心配なら、その教会のお方に私の出向くところに、一緒にお連れしてもかまわないのでは」
「それが、主なる神にとって、罪ならば、それを考えた時点で、私は罰せられています」
シャルルは、全く意見を変えない。
それどころか、ますます混乱を招くようなことまで、言い出している。

ハルドゥーンは、ここであきらめた。
「何を言ってもしかたがないか」
「アテネには、潜伏させてある小飼もいる」
「あちこち、適宜、護らせればいいか」
・・・これ以上話を聞いていると何を言い出すのか、わからない。
本当に近くに見えてきたピレウスの港を見るシャルルを、ハルドゥーンは黙って見守っていた。


とうとう、全く無事にアテネ、ピレウス港に到着した。
ハルドゥーンは陸に降りるなり、即座に部下を街に走らせ、警護の段取りをつけている。

「さて・・・お出ましだ」
陸に最後に降りたペトルスがハルドゥーンの脇をつつく。

「ああ・・・また、大勢で」
ハルドゥーンも驚くばかりの、聖職者集団が、シャルルをめざして歩いてくる。
それも、おそらく「金銀財宝の類」なのか、それぞれの従者が重そうにきらびやかな箱を担ぎ歩いてくる。

ただ、シャルルはそんな聖職者集団をまるで見ていない。
陸におりた時点から、港で働く商人より話を聞いている。
商人もあちこち、手ぶりで示していることから、どうやら道を尋ねているらしい。
少し、それが気になったメリエムが、シャルルと商人の間に割って入った。

「ねえ、シャルル、教会に泊まるんじゃないの?」
「目の前に、もうお迎えの集団が来ているよ」
「どうする?すごい数だよ」
メリエムは、心配している。
しかし、シャルルの関心が、「聖職者集団」に向かない。

そんな状態で、「聖職者集団」がシャルルの前に立った。
ますは、うやうやしく、大仰にシャルルに頭を下げる。

「これはこれは、ご高名なシャルル様」
「お噂では、本当に気高いご行為、このアテネ教会にも伝わっております」
「是非、ここでも、その御力を・・・」
「はい、十分なお気持ちを包ませていただきます」
聖職者の代表であろうか、金袈裟であちこちに宝石をちりばめた男が、慇懃に言葉をかける。

しかし、シャルルには何の反応もない。
それどころか、目も合わせない。
それには、ハルドゥーン、メリエムも顔をしかめた。
ペトルスも、どう対応していいのかわからない。

シャルルのところに、道を聞かれていた商人が戻って来た。
目の前の豪勢な僧衣を着た聖職者集団に驚きつつも、シャルルの何かの耳打ちをした。
そこで、シャルルの口元が少し緩んだ。

シャルルは、やっと聖職者たちに、正対する。
「はい、ご高名な教会の指導者のお方たち」
それでも、シャルルは軽く頭を下げる。
しかし、いつになく顔が厳しい。

「まことに残念ですが、ありがたいお申し出、即座には応えることができません」
「私のような未熟な者にも、予定というものが、ございます」
「それが、すみましたら、お伺い出来るかもしれません」
「その節は、よろしくお願いします」
やんわりと、聖職者の申し出を、断ってしまった。

「いや・・・それは・・・」
聖職者たちにとって、予想外のシャルルの反応である。
ここでシャルルを連れ帰らねば、市民の前で大きな失態になる。
何しろ、アテネは悠久の哲学の地、議論の地である。
まだまだ「新参者」のキリスト教会など、財産はともかく、旧来の「知識階級」からの評価は低い。
かろうじて、東ローマ皇帝の隠然たる政治力、軍事力をバックに知識階級の仲間入りしているだけであり、こんなところで「権威」を否定されれば、今後の活動や資金集めに障害が発生しかねない。

「仕方がない・・・何でもいい」
ついにシビレを切らしたか、聖職者の中から、ひとりの大男が姿を現した。
そして、厳しい目でシャルルを見据えている。
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