第48話想定外の資金使途

文字数 2,489文字

シャルルのあまりにも想定外の言葉に、まず聖職者たちが頭を抱えた。
ここで、シャルルに目の前から去られたとなれば、アテネ市民からの尊敬どころか寄付も集まらなくなる。
寄付が集まらなければ、既に経費がかさむ典礼中心に傾きつつある教会の運営そのものが成り立たない。
ますます、歴史の浅いキリスト教会としては、立場が弱まるのである。

「少なくとも、ここに持ってきた献上の品だけでも」
集まった聖職者たちの中で、相談が始まった。
確かにここで去られてしまえば、何らシャルルとの接触がないということになる。
そうなると、ビザンティンの教会にも、その旨を報告しなければならない。
報告を怠ることも出来ない。
何しろ、猛将軍にしてテオドシウスの寵臣ハルドゥーンが同行しているのである。
ビザンティンにつけば、必ずアテネの状況も報告の対象となるし、その席にビザンティンの聖職者が同席していれば、責任問題はますます大きく発展する。
そんな相談も、さすが議論の国、アテネにしてなかなかまとまらない。
しかし、それも限界が来た。
シャルル自身が歩き出しているのである。

聖職者たちは、もう、どうにもならなかった。
「申し訳ない!」
「シャルル様!」
一人の聖職者がシャルルの前に、身を投げ出すように進み出た。
「まことに無礼を働き、申し訳ありません」
「シャルル様のご都合に沿って、かまいません」
「それでも、是非、ここのアテネの教会の善意による寄付を受け取っていただきたいのです、そうでもないと・・・」
その聖職者は、それ以上言葉が続かない。

「そうですか・・・」
シャルルは、歩き出した足を止めた。
少し、考えている。
おもむろに、口を開いた。

「いや、シャルル自身は、寄付は要りません」
静かな語り口である。
「富は、心の中に積むものです」
「富が多い者に、主なる神の癒しがもたらされるとは思えません」
「地上の幸福を、目指すのなら、それは必要でしょうが」
「少なくとも、シャルルにとっては、全く価値のないものになります」
「それは善意ではなく、船に積む重荷にしかなりません」
「嵐が吹けば、全て捨てなければなりません」
「そんなものが、富としての価値があるでしょうか」
「それよりなにより、なぜ、あなた方はそんな宝物を多く必要としない、宗教者であるシャルルに渡そうと思うのですか」
「シャルルには、それが疑問でならない」
シャルルの言葉は、静かで優しい。
しかし、聞いているアテネの聖職者たちにとって、まさに胸を刺す言葉である。
とにかく、信者から寄付を募り、教会やその「内部を贅沢に飾り付ける。
ある意味、飾り付けることにより、「神の栄光」を示し、その栄光により信者を導くことが、神の正義にかなうものだと信じていた。
それを、真っ向から、巧妙に否定されてしまったのである。
しかし、ここで引きさがれば、ますます市民の軽蔑を浴び、自らの活動の正当性も否定されてしまう。
身を投げ出した聖職者は、再びもとの集団に戻り、議論を始めること以外に術がない。
しかし、議論を始めると、アテネ人の悪弊、なかなか決着はつかない。

「ねえ・・・シャルル・・・」
呆れて見ていたメリエムがシャルルに声をかけた。
「いいかげんにしなさい、私、お腹減った」
「ほら、あっちから、お魚のいい匂いがしてくるしさ」
確かに、メリエムの言う通り、魚介類の煮込みだろうか、食欲をそそる匂い漂ってくる。

「そうだね、メリエム」
「何とかする」
不機嫌だったシャルルはようやく笑った。
そして、再び聖職者集団に向かい合う。

「わかりました」
「せっかくですから、その善意の品々、受け取ることにします」
今まで、否定していたシャルルは、真反対の言葉を発した。
これには、再びシャルル以外の全員が、驚きに包まれる。

「それから、ここの行政の長官か・・・すぐに来られなかったら、ハルドゥーン様でも」
シャルルはまた意外なことを言い出した。
行政の長も、騒動を聞きつけていたのか、すぐに顔を出した。


「ありがとうございます」
「ところで、いただいた善意の品々の使い道は、シャルルが決めてよろしいですか」
シャルルは、再び聖職者に問いかける。
無論、議論好きなアテネ人聖職者とて、反論が出来ない問いである。
誰もが、頷いた。

「それでは、ここで使い道を決めさせていただきます」
「善意の品々の中から、バルク様の借金と当座のお金を支払います」
「それから、余りましたら、その分は港湾の整備にお使いください」
「出来れば旅人に、ここの海産物やヨーグルトを美味しく食べていただき、安く清潔な宿泊施設を」
シャルルの口から、またしても思いもよらない「解決策」である。
奴隷の身分を解放されたバルクは涙を流し、聖職者たちは当初は口を開け、ポカンとした状態。

少しして、取り巻いていた市民たちが拍手を始めた。
つられて、聖職者たちも拍手、ついには港全体が拍手に包まれてしまった。


「ふう・・・どうなることかと」
騒動も終わり、アテネ名物魚介類の煮込みを頬張るメリエムがシャルルの足を蹴飛ばした。
「そう?変?」
シャルルはメリエムの足をかわそうともしない。
そのまま蹴られて少し痛そうな顔。
シャルルは後ろで泣いているバラクに声をかけた。
「ねえ、バラク!いろいろしたくないことも、あったんだろうけどさ」
「今までのことは、シャルルが神に謝る」
「だから、これからは、シャルルを護って欲しい」
「ハルドゥーン様も忙しくなるからさ」
その言葉で、バラクは跪いた。
頭までつけてシャルルの足にすがって泣き出している。


「ふ・・・すごい・・・」メリエム
「一銭も金を使わず、厄介者のバラクを子分に」ハルドゥーン
「それどころか、教会の金を港湾整備に使い、観光振興と旅行者の保護」ペトルス
「ただ、もらうより、よほど聖職者の顔も立つ」ハルドゥーン
「行政だって、港湾整備で失業者対策になる」ペトルス
「誰も困らせず、アテネの問題を解決・・・」メリエム
「これは、ますます、評判だなあ」ハルドゥーン
「早くビザンティンにつかないと」ペトルス

ビザンティン入りを急ぎたいハルドゥーン、ペトルス、メリエムではあるが、当のシャルルは、何かを考え込んでいる。
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