第84話シャルルの旅立ち (完)

文字数 2,300文字

アッティラがビザンティンに到着する朝になった。
シャルルは、いつもと同じようにメリエムを抱いた。
メリエムは、泣きながらシャルルの求めに応じた。
そして自らも必死にシャルルを求めた。

「行為」の後、着替えを始めたシャルルを後ろから抱こうと思った。
しかし、出来なかった。

声にはならなかったけど、お礼を言った。
「シャルル・・・今まで・・・ありがとう・・・」
「ミラノに行っても・・・元気で・・・」
おそらく、シャルルは聞き取れないだろうと思った。
それでもいいと思った。

「言えないこともある・・・言わなければならないことだけど」
「でも、こんな、孤児の私なんて・・・一緒に居てもシャルルの迷惑になるだけ」
「シャルルはもっと立派な御家柄のお嬢さんを娶るべき」
「それが、シャルルにとってもご実家にとっても大切なことなの」

頭では理解していた。
しかし、心と身体は、全く理解していない。
心も身体もシャルルが目の前から姿を消すとなると、どうなるのか全く分からないのである。

突然、シャルルが振り向いた。
メリエムを真っ直ぐに見つめて来る。

「え・・・シャルル・・・私、まだ・・・裸・・・」
「朝だし・・・そんなに見られると・・・」
メリエムは真っ赤になってしまった。

「メリエム」
いつものシャルルの柔らかい顔である。

「うん・・・」
メリエムは、その顔に恥ずかしいと思う気持ちは、無くなった。

「頼みがある」
シャルルの目が必死さを帯びた。

「うん」
メリエムは、シャルルに一歩近づいた。

「ミラノへ一緒に帰ってくれないか」
「心配はいらない、メリエムのことも両親に話してある」
「両親も納得している」
「既に、メリエムのご実家の名誉回復の手続きも済んだ」
「幸い、ヴァレンティウス帝も失脚、妨げる要素もない」
「メリエムのご実家も、実は僕の実家と古い付き合いさ」
シャルルの腕は、メリエムを強く抱いた。

「ずっとミラノから旅を続けられたのは、メリエムの笑顔と助けがあったからさ」
「メリエムと抱き合って旅を続けたんだ」
「きっと、メリエムは僕のために生まれてきたんだ、僕もメリエムのために生まれてきた」
「だから・・・」
シャルルがそこまで言った時、メリエムはいきなりシャルルの唇をその唇でふさいだ。

「うん・・・シャルルと一緒だったら、どこでもいいの」

ようやくメリエムは、その唇をシャルルの唇から離した。

「じゃあ、服を着て」
シャルルの笑顔でメリエムは服を着る。

「うん、じゃあ、行こうか、僕の花嫁」
シャルルはメリエムの手を取った。
「はい、旦那様」
メリエムは、頬を少し赤らめ応える。

部屋の外に出ると、テオドシスス帝、ハルドゥーン、ヨロゴス、ソフィア、ペトルスが並んで待っていた。
まず、ソフィアが走り寄って来た。
ソフィアは、メリエムの手を握った。
少し涙顔である。

「メリエム・・・負けました」
「本当は、あのことは、わかっていたよ・・・でも、私もシャルルが好きだった」
「離したくなかった・・・でも、シャルルはメリエムを選んだの」
ソフィアは泣き出している。
「お願い、シャルルをずっと大切にして、長生きさせて」
「あなたたちのためにも、アテネのためにも、ビザンティンのためにも・・・」
「そして、私のためにも・・・」
ソフィアは泣き崩れた。
そのソフィアをメリエムが無言で、しっかりと抱える。
メリエムも泣き出している。

「そろそろかな」
アッティラが、シャルルとメリエムの前に来た。
アッティラも珍しいほどの盛装である。
「何しろ、テオドシウス帝直々の護衛命令さ」
「それに、人としての名誉で、シャルルを送り届ける」
「ああ、付け加えて、我が民は、お前の子孫が絶えるまで、護り続ける」
そこまで話し、素晴らしく豪勢かつ堅固な馬車に二人を案内する。
その馬車を守るため、数百騎のアッティラ軍団が控えている。

シャルルはいきなり振り返った。
そして、聞いたことのないような大声で叫んだ。

「ありがとうございました!」
「また、ビザンティンに来ます!」
「立派な商人になります!」
「このビザンティンとも、たくさんの取引を行いますので、絶対皆さん、元気でいてください!」
本当に見たことのないような、明るい笑顔である。

いつの間にかビザンティン市民も出発場所に集まっていた。
シャルルの大声に、万雷の拍手を持って応えた。
そしてシャルルとメリエムは笑顔で手を振り、ミラノへと旅立っていった。


「ああ、シャルルの商売も面白いかもしれんな」
ハルドゥーンの目に光が宿った。
「お互いを活かす商売をするだろうな、我々にしたように」
ヨロゴスは、何か計略を練っているようだ。
「さて、海賊船を貿易船に改造だなあ」
ペトルスは、フフンと鼻を鳴らした。

テオドシウス帝が最後を締めくくった。
「シャルル君には、神がついている、平和と愛と繁栄の神だ」
「それで、その根源は、相手を思いやる彼自身の謙虚にして賢明さだ」
そこまでつぶやき、テオドシスス帝は、市民に向き直った。
大音声で、命令を発した。

「さあ、恩義を受けたシャルル君の希望に応えるよう、立派で平和な商都を作ろう!「さあ、ビザンティン市民よ!立ち上がれ!」
ビザンティン市民から、凄まじいほどの鬨の声があがった。

ビザンティンの都から少し離れ、静かになった馬車の中で、メリエムはシャルルの両手を突然握った。
そして、そのまま、メリエムのお腹にあてた。

シャルルも、ようやく気付いた。
「うん、ここに僕たちの神様がいる」

シャルルは、メリエムが呆れるまで、その両手をメリエムのお腹にあてていた。

                               
                                   (完)
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