澪の顔（ｐｃに澪が非行してる姿が送られるシーン）
文字数 2,331文字
離婚の相談を終えたシロタは、事務所のデスクに戻り、色とりどりの法律書籍が並ぶ中から、『新人弁護士のための家事事件処理マニュアル』を抜き取った。
付箋がビッシリ生えたマニュアルを、ぱららららと開く。
夫が不貞行為を働いているに決まってるんです。
でも決定的な証拠は、なくて。
ラブホテルの領収証がスラックスのポケットから出てきたんですけど、これは証拠になりますか？
司法試験にこんな問題は出ない。
だから、市販のハウツー本に頼らざるを得ない。
専門職とはいえ、半年目は皆、こんな感じで法律ズブの素人向けの書籍をガイドにするのだ。
結論から言って、ラブホテルの領収書の証拠能力はかなり低い。
事件の当事者ではない第三者が見ても明らかに“不貞”がわかるものでないと、事実を争うことはできない。
弁護士になってから一番多く受任している案件は、刑事事件よりも民事のとりわけ家庭に関するトラブルだ。
離婚、親権争奪戦、親族争い、土地の取り合い等。
だから、澪には悪いけれど今回の少年事件には、かなりのやりがいを感じている。
夫の不倫で悩める女性に今後の対応策を伝えるために、ノートパソコンのメールボックスを開く。
他のクライアントから届いたものに混ざって、沢山の文字通りのジャンクメールが届いている。
DMのようにかわいらしいものではない。
そのどれもが、誹謗中傷。
ーー死刑確定のクソガキの弁護するなんてどういった神経ですか？ 先生は野獣の弁護をするんですか？
耳に嵌めたイヤフォンから、ブレイルセンスの合成音声が流れ込んでくる。
感情がこもっていない分、いくらかストレスは軽減される。
しかしながら。
軽く頬杖をつき、軽くため息をつき、未開封のメールを次々開封していく。
ーー少年法は甘すぎると思いませんか？ やっぱり。私だったら、コンクリート詰して報復してますよ。
ーーあなたに弁護士は向いてないと思う。何故なら弁護する人間を選び間違えていることに未だ気づいていないから。
ーーそもそもメクラだったら被告人の顔見えないだろ
どうやって自分が少女Aの弁護士を務めていることを知ったのかは知る必要はない。
大量に送られてきた迷惑メールを削除はせず、別フォルダに保存したとき、また知らないアドレスからメッセージが届いた。
さっきのクライアントからかも知れない。
急ぐあまり、シロタは知らないアドレスのメッセージを開いた。
ーー棚橋澪の本当の姿を
教えてあげるーー
「え！？」
どうして。
少女Aの本名が割れている。
ただそんな疑問をゆっくり挟んでいる暇はなかった。
ブレイルセンスの音声が不器用にそう告げるや否や、何もしていないのに勝手に別サイトにアクセスされた。
一番に聴こえたのは、
“何かをすする音”
だった。
スープやジュースではない。
言うなれば、「じゅるるるっ」だとか、「じゅぷ」などの何かが摩擦する破裂音と、大量の液体を欲張って口内にすすり入れようとする音。
ーーミオ、ほんとにフェラ好きだな。
ーーほらこっちもちゃんとシゴけよ
悪寒が身体中を走り抜けていく。
ミオという単語が聞き間違いであることを確かめるまで、パソコンを閉じることは、できない。
ーーん〜だってぇ、こんなにいっぱいチンポがあるんだもん、最高で5本までしか奉仕してあげられないよ？
くぐもってはいる。
シロタは、暴れ出す胸を抑える。
まさか、そんな。
動画から流れる澪そっくりの声音が、ベタつくほど甘ったるく下賎な男どもに媚びている。
動画はそこで終わった。
が、今度は次の動画が始まる。
きゅぅぅぅぅぉぉぉぉ。
喉の奥から搾り出すような悲鳴、そして低くくぐもったうめき声。
背骨を掴んで思い切り揺らされるほどの寒気がして、シロタは両腕を抱いた。
身体が硬直し、軽くめまいがして、パソコンを閉じることができなかった。
カメラが何度もズレる耳障りな音割れ。
衣擦れの音、何かが振りかぶる不規則な雑音。
わざわざルーペを取り出す気力はなかったが、理解した。
誰かが暴力を、受けているのだ。
複数名に取り囲まれて。
やがて、啜り泣く音が、聴こえる。
一定の間隔を、置いて。
極度のストレスから、シロタの瞳は、振れ始め、パソコンの画面も左右に揺れる。
被害者は、泣いてるのではない。
死戦期呼吸だ。
心停止し、死の間際にいる人間がする、最後の呼吸。
ーーどう？
とっても凶悪じゃない？
棚橋澪は、人をこうやって殺しまくってる。
殺したあとは、デザートを貪るように乱交に明け暮れてる。
こんな人間のクズを、弁護しようとしている自分が、
恥ずかしくないの？
ねぇ？ どうして、こんな不毛なことをするのかな？
ヒューマニズム？
それとも弁護士として、嫌々？
法律事務所のプロフ見たけど、先生は目が殆んど見えないみたいだね。
動画に映ってるのは、棚橋澪だよ。
今頃、収容所的なとこで「少女A」がどうしてるかはわからないけど、ちゃんと拡大ルーペを使って「真実」とやらをしっかり自分の目で確認した方がいいよ。
あたしは、澪には中学時代、散々いじめられてたからさ、あの子の凶暴性はまだ治ってなかったんだってがっかりしたよ。
でも警察に捕まってざまあみろって感じ。
どうせ1年くらい児童保護施設にいて娑婆に出てくるんだろうけど。ーー
バタン。
シロタにしては珍しく乱暴にパソコンを閉じた。
「シロちゃん、どしたー？」
所長の高橋が、目を丸くしている。
「いえ……ちょっと疲れが溜まったのかな」
特に目は疲れていないが、眉間揉むふりをしてごまかした。
後で、確認しなければ。
動画に、澪が映っているのかを。
付箋がビッシリ生えたマニュアルを、ぱららららと開く。
夫が不貞行為を働いているに決まってるんです。
でも決定的な証拠は、なくて。
ラブホテルの領収証がスラックスのポケットから出てきたんですけど、これは証拠になりますか？
司法試験にこんな問題は出ない。
だから、市販のハウツー本に頼らざるを得ない。
専門職とはいえ、半年目は皆、こんな感じで法律ズブの素人向けの書籍をガイドにするのだ。
結論から言って、ラブホテルの領収書の証拠能力はかなり低い。
事件の当事者ではない第三者が見ても明らかに“不貞”がわかるものでないと、事実を争うことはできない。
弁護士になってから一番多く受任している案件は、刑事事件よりも民事のとりわけ家庭に関するトラブルだ。
離婚、親権争奪戦、親族争い、土地の取り合い等。
だから、澪には悪いけれど今回の少年事件には、かなりのやりがいを感じている。
夫の不倫で悩める女性に今後の対応策を伝えるために、ノートパソコンのメールボックスを開く。
他のクライアントから届いたものに混ざって、沢山の文字通りのジャンクメールが届いている。
DMのようにかわいらしいものではない。
そのどれもが、誹謗中傷。
ーー死刑確定のクソガキの弁護するなんてどういった神経ですか？ 先生は野獣の弁護をするんですか？
耳に嵌めたイヤフォンから、ブレイルセンスの合成音声が流れ込んでくる。
感情がこもっていない分、いくらかストレスは軽減される。
しかしながら。
軽く頬杖をつき、軽くため息をつき、未開封のメールを次々開封していく。
ーー少年法は甘すぎると思いませんか？ やっぱり。私だったら、コンクリート詰して報復してますよ。
ーーあなたに弁護士は向いてないと思う。何故なら弁護する人間を選び間違えていることに未だ気づいていないから。
ーーそもそもメクラだったら被告人の顔見えないだろ
どうやって自分が少女Aの弁護士を務めていることを知ったのかは知る必要はない。
大量に送られてきた迷惑メールを削除はせず、別フォルダに保存したとき、また知らないアドレスからメッセージが届いた。
さっきのクライアントからかも知れない。
急ぐあまり、シロタは知らないアドレスのメッセージを開いた。
ーー棚橋澪の本当の姿を
教えてあげるーー
「え！？」
どうして。
少女Aの本名が割れている。
ただそんな疑問をゆっくり挟んでいる暇はなかった。
ブレイルセンスの音声が不器用にそう告げるや否や、何もしていないのに勝手に別サイトにアクセスされた。
一番に聴こえたのは、
“何かをすする音”
だった。
スープやジュースではない。
言うなれば、「じゅるるるっ」だとか、「じゅぷ」などの何かが摩擦する破裂音と、大量の液体を欲張って口内にすすり入れようとする音。
ーーミオ、ほんとにフェラ好きだな。
ーーほらこっちもちゃんとシゴけよ
悪寒が身体中を走り抜けていく。
ミオという単語が聞き間違いであることを確かめるまで、パソコンを閉じることは、できない。
ーーん〜だってぇ、こんなにいっぱいチンポがあるんだもん、最高で5本までしか奉仕してあげられないよ？
くぐもってはいる。
シロタは、暴れ出す胸を抑える。
まさか、そんな。
動画から流れる澪そっくりの声音が、ベタつくほど甘ったるく下賎な男どもに媚びている。
動画はそこで終わった。
が、今度は次の動画が始まる。
きゅぅぅぅぅぉぉぉぉ。
喉の奥から搾り出すような悲鳴、そして低くくぐもったうめき声。
背骨を掴んで思い切り揺らされるほどの寒気がして、シロタは両腕を抱いた。
身体が硬直し、軽くめまいがして、パソコンを閉じることができなかった。
カメラが何度もズレる耳障りな音割れ。
衣擦れの音、何かが振りかぶる不規則な雑音。
わざわざルーペを取り出す気力はなかったが、理解した。
誰かが暴力を、受けているのだ。
複数名に取り囲まれて。
やがて、啜り泣く音が、聴こえる。
一定の間隔を、置いて。
極度のストレスから、シロタの瞳は、振れ始め、パソコンの画面も左右に揺れる。
被害者は、泣いてるのではない。
死戦期呼吸だ。
心停止し、死の間際にいる人間がする、最後の呼吸。
ーーどう？
とっても凶悪じゃない？
棚橋澪は、人をこうやって殺しまくってる。
殺したあとは、デザートを貪るように乱交に明け暮れてる。
こんな人間のクズを、弁護しようとしている自分が、
恥ずかしくないの？
ねぇ？ どうして、こんな不毛なことをするのかな？
ヒューマニズム？
それとも弁護士として、嫌々？
法律事務所のプロフ見たけど、先生は目が殆んど見えないみたいだね。
動画に映ってるのは、棚橋澪だよ。
今頃、収容所的なとこで「少女A」がどうしてるかはわからないけど、ちゃんと拡大ルーペを使って「真実」とやらをしっかり自分の目で確認した方がいいよ。
あたしは、澪には中学時代、散々いじめられてたからさ、あの子の凶暴性はまだ治ってなかったんだってがっかりしたよ。
でも警察に捕まってざまあみろって感じ。
どうせ1年くらい児童保護施設にいて娑婆に出てくるんだろうけど。ーー
バタン。
シロタにしては珍しく乱暴にパソコンを閉じた。
「シロちゃん、どしたー？」
所長の高橋が、目を丸くしている。
「いえ……ちょっと疲れが溜まったのかな」
特に目は疲れていないが、眉間揉むふりをしてごまかした。
後で、確認しなければ。
動画に、澪が映っているのかを。
