コンビニかーらーのー帰り道

文字数 1,425文字

 シロタが一人暮らしする1LDKの部屋は6階だてのマンションで、ごく普通の見た目、無機質なドアが並んでいる。
 ただ、彼女の部屋のドアだけは、目がチカチカするほど鮮やかな青色のビニールテープが名前の代わりに表札の上に貼り付けてある。
 間違えて違う住人の部屋に鍵を差し込まないためだ。
 本当は好きな色であるショッキングピンクのテープを貼りたかったが、住んでいるのが女だと知られるのは末恐ろしいものがある。
 自宅の証である「青色」を確かめると安心する。
 部屋の鍵をシリンダーに差し込むと、日弁連のマスコットキャラクターのストラップが揺れる。
 慣れた自室の匂いを嗅ぎ、灯りをつけると、どんなことがあってもいつも心が一旦は、落ち着く。
 今日も擦り減ったパンプス脱ぐ前に、下駄箱の上に置いたカゴに、折り畳んだ白杖と、遮光メガネを片付ける。
 こうすることで、どんなに忙しい朝でも忘れることはない。

 右に曲がると、脱衣所がある。
 洗濯機の横に置いたカゴに、フットカバーを落とし入れる。
 そしてスーツのジャケット脱ぎながら、リビングの灯りをつけラジオのスイッチを回した。
ーー3000万円を横領したとして、会社員の〇〇容疑者が逮捕されました。
 ドサっと、コンビニ袋の中身がテーブルの上に倒れ込む。
 スーツのジャケットをハンガーラックにかけ、サッチェルバッグからノートパソコンを取り出す。
 あの動画に、澪が本当に映っているのか確かめないといけない。
 ある種の開き直りをして、例の動画が送られてきたメールを開いた。
 ルーペを取り出し、再生され始めた動画を舐めるように確認せざるを得ない。
 もし澪が、万が一有罪ーー少なくとも事件に少しでも関わっていればーーだったら、弁護方針も大幅に変わってくる。
 ルーペでアップすると、確かに、栗色のボブヘアの少女らしき人間は確認できた。
 しかし、動画の質が粗く、カメラがしきりにブレるため、それ以上は確認のしようがなかった。
 栗色の髪のボブヘアの若者など大量にいる。
 自分とは違って。
 確かに声は澪に瓜二つだ。
 しかし声が似ている人間もまた大量にいる。
 メールの送り主は、澪に中学時代いじめられていたと言っていたし、澪の本名を知っているあたり、事実ーー。
 否。
 自分は弁護士だ。
 それに、初めて澪に会った時の直感や印象は今でも強く残っている。
 澪は人をいじめるような人間ではないーー。
 また面会に行けば、きっと答えはより鮮明になるはずだ。
 匿名の中傷メールなんかより、頼りはなくとも自分のカンを信じたい。
 コンビニの袋を片手で漁り、おにぎり見つけ出す。
 何味かはわからないけどとにかく腹が減っているからさして問題じゃない。
 もう片方の手で、ブレイルセンスを操る。
 昼間、法律相談を受けた、夫に不倫された(?)女性から返事が来てた。
 メールを開いて、シロタは唖然とした。
ーー弁護士なのに、役立たずですね。
  不倫を認めさせろ? それを録音しろ?
  あの人が認めるわけないじゃないですか。
  そんなとんとん拍子に事が進んだら、
  そもそも1時間5000円も払って相談しに行ってません。
  私の立場に、ちゃんと立ってくれてます?ーー
 一体、何度目だろう。
 この手のことを依頼人から言われるのは。
 本当は、依頼人のニーズに素早く応えた法律対応がしたい。
 しかしそれをするにはまだまだ勉強が必要で、実務でもって傷つきながら覚えていくしかない。
 
 
 




 
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