少女Aがいる街

文字数 1,114文字

平日とはいえ、14時台ということもあり、車内は空いていたが、N駅に近づくにつれ、次第に乗客が増えていく。
 手前の駅に着く頃には、どっと人が雪崩れ込んできた。
 膝の上に乗せたサッチェルバッグを、左右の人の邪魔にならないようにぎゅっと抱き寄せる。
 まさか自分が、今世間を賑わせている少女Aに会いにいくことを知っている人間はこの電車内にはいないはずだ。
 それなのにーー誰かが見張ってるようなーーまるで映画みたいな妄想が膨らんでしまう。
 きっと気を引き締めなさいという自分からの忠告なのかもしれない。
 やがて深紅の列車は、M鉄N駅ホームへ滑り込む。
 ドアが開くと同時に、人々が流れ出る。
 列車を降りる。
 途中、人に軽くぶつかられるが、この人混みなら仕方あるまい。
 シロタは、サッチェルバッグのズレたショルダーストラップを直す。
 N駅からさらに地下鉄を乗り継ぎ、Nドーム前で下車し、さらに徒歩15分。
 学校みたいな外観のN少年鑑別所が、聳え立っていた。
 少年鑑別所とは、非行少年・少女が少年審判を待つまでの間、留置される場所である。
 成人が勾留される留置場に代わる刑事収容施設だ。
 成人の犯罪者には罰を与えるだけだが、未成年は精神的にも身体的にも未熟なため、良くも悪くも成長する可能性に溢れている。
 そのため、未成年には、更生の機会と成長のチャンスを与える意義がある。
 少年鑑別所は、少年たちを留置するだけではなく、医学、心理学、教育学、社会学その他の専門的知識及び技術に基づき、鑑別対象者ーー少年たちーーについて、その非行又は犯罪に影響を及ぼした資質上及び環境上問題となる事情を明らかにした上、その事情の改善に寄与するため、その者の処遇に資する適切な指針を示すものとする施設である。ーー鑑別所法16条1項ーー
 とはいえ、何の罪もない通りすがりの人間を複数で取り囲み、なぶり殺しにする少女に、更生の可能性などあるのだろうか……?
 罪を犯した人のこころの声を聴いてあげないとーー。
 でも。
 今まで、暴行罪、傷害罪を犯した人の弁護を務めたことはある。
 だが、無辜の通行人をなぶり殺しにするほどの大罪をした人間の弁護は、はじめてである。
 私には荷が重すぎたーー?
 今回、弁護士としての好奇心から、勢いで引き受けた案件の大きさが胸に迫って押しつぶされそうになってきた。
 世間では、少女Aをもはや人ではなく「化け物」扱いしている。
 弱視のシロタはネットニュースを音声で読み上げて「読む」。
「リンチ事件のクソガキは即刻死刑にしろ」といった辛辣な「コメント」が耳に飛び込んできて慌てて消音にした。
 少女Aの「こころ」はいまの段階では知り得ない。
 
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