少女Aにストーキングされ、コンビニによって一人でご飯を食べる白田

文字数 2,434文字

このシーンの意義
澪と暮らす前のシロタの“乾いた”日常の演出 伏線的な

 夜7時過ぎ。
 仕事がひと段落がし、家路に向かう途中、いつものようにシロタはコンビニに寄る。
 コンビニから溢れる光が、煌々ととても眩しい。
 思わず目を細めるのは毎度のこと。
 夜だというのに手で庇を作り、入店する。
 遮光メガネは緑色で髪色と相待って目立つから、掛けずに我慢する。
 1500〜2000ルクス。
 一般家庭のリビングの蛍光灯ですらとても眩しいシロタにとって、コンビニの灯りは15倍と凄まじい。
 料理は得意ではない。
 覚える時間もない。
 混雑するスーパーを避けた結果、コンビニが、彼女の夕飯を調達する場と化している。
 どこにお酒が置いてあり、どこに食べ物が置いてあるかは暗記してある。
 ただ、入れ替わりの激しいコンビニの商品の中身を知るには、印字された商品名を読むしかない。
 鼻先がくっつくんじゃないかってくらいに、商品のパッケージを近づけるが、全て読めるわけではない。
 認識できた文字から大体の商品名を想像し、カゴに入れる。
 ササミ入りゴマだれ和えサラダに、鮭のおにぎりと鱒寿司、そして牛乳、板チョコレート。
 コンビニから出ると、一息つくことができる。
 大半の女性は夜道を嫌がるものだが、羞明を持っているシロタにとっての夜道は一息つける場所なのだ。
 暗闇に1500ルクスの光の残像が、瞬き、前方がよく見えない。
 白杖を伸ばし、左右に振って、石突をアスファルトに叩きつける。
 白杖から伝わる反響音を頼りに、慣れた道でも、昼よりも慎重に歩く。
 帰り道、たまにカレーや揚げ物の匂いがすることがある。
 そんなとき、コンビニで買った商品を入れたビニール袋の揺れる音が、対比的に際立って夜道に響く。
 オレンジ色の灯りのついた住宅街から、子どもの賑やかな声が聞こえる。
 自分が、“家庭”を持ってるビジョンが思い浮かばない。
 大学の頃、付き合っていた男性がいた。
 シロタと同じ、眼皮膚白皮症(アルビノ)の患者だった。
 だが彼の見た目は、限りなく“普通”に近かった。
 栗色の体毛に、薄褐色の目。
 体内のメラニン色素が一般人より少し少ないだけの軽度のアルビノだったのだ。
 彼は長身で、顔面を含めた全体的なルックスも恵まれていたらしく、どうやらそれに、西洋と日本にルーツを持っているようなエキゾチックな見た目も相まって、女によくモテた。
 シロタという彼女がいたにも関わらず、だ。
 彼とシロタ、ふたり並んでキャンパス内の広場のベンチに座っているにも関わらず女子が寄ってくる。
彼女たちは、シロタの存在をわざとか無意識的に無視した。
「あたしもホワイトブロンドにしたいケド、元々髪が黒いからどんなに頑張っても金髪にしかならないんだよね~」
本能からくる優越感と女子特有の妬みを含んだ声を向けられる事もあった。
 仕方ない。
 白く生まれてしまった自分の宿命だ。
 死ぬまで逃れることはできない。
 いつしか、自分自身の恋愛模様を当事者側から外れ、傍観する側に回っていた。
 それでもある日、心はまだ彼の元にしがみついていたようで、付き合ってるのか付き合ってないのか分からない曖昧な状況に耐えられなくなり、
「私よりも、普通の見た目の人とお付き合いした方がいいと思うな」
半分本心、半分は引き止めて欲しいという思いだった。
 彼は慌てて走り去るシロタを追いかけた。
「普通の見た目って何だよ! N駅行ったら“髪”とかフツーじゃないやつがいっぱいいるだろって!」
 手首を掴まれても、彼への愛情や罪悪感から振り解くことができなかった。
結局、アルビノ同士で繋がった縁は呆気なく切れた。
 何故、彼と別れたのか。
 もしかすると、軽度のアルビノの彼に対する“嫉妬”が降り積もった結果だったのかもしれない。
 雲間から月が顔を出す。
 コンビニでは出せなかった遮光メガネをかける。
 遮光メガネのお陰で他所の家のリビングの灯りもなんとか目に入ってもある程度は平気である。
 そんなリビングから
「お母さん」
 幼い子どもの声が聞こえてきた。
 母に言われたことも思い出した。
「結婚するのは別にあんたの勝手だけど、子どもを持つのだけはよしときなさい。あんたを育てるのにどれだけ苦労したことか」
 孤独が迫るのが、夜だ。
 自傷行為の後の高揚感のように、悪いものではないが。
 唯一、足元だけは暖かい。
 親友で同期の弁護士、ヤシロが去年の誕生日プレゼントにくれたトゥシューズ風のぺたんこなパンプス。
 この靴の底を引き摺るように歩きながら、白杖では感知できないアスファルトのひび割れや小石の転がり具合を足の裏で感じるのだ。
 このパンプスはあと数ヶ月ももたないだろう。
ヤシロに会って、沢山話したいことがある。
同じく弁護士になって半年のヤシロは、実務を積むことで毎日精一杯だろうし、会える暇などお互いにない。
寂しいだなんて、誰かにこぼせる歳でもない。
早く家に帰って、湯船に暖かい湯を張ろう。
その時――。
地面が、一瞬、白く光った。
 ここは歩道なので車が侵入できるはずはない。
  ついでシャッター音が聴こえた。
背筋が冷たくなり、後ろを振り向く。
 むろん、夜間なうえ、弱視のシロタには人影を認識することはできなかった。
 よっぽどの時しか使わない懐中電灯で、今歩いてきた道を照らすが、眩しすぎて見えない。
照度を下げると、羞明はマシになったが視認できる情報量が少なくなり、何も見えなかった。
確かにシャッター音が聴こえたし、後ろでストロボが炊かれた。
シロタは小さくため息をつく。
恐らく、記者に付けられていたのかも知れない。
プライベートにまで押しかけてくるなんて、どういった神経なのだ。
近くの住宅の敷地内で、猫が草木をかき分け走り去っていく音がした。


 



 




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